第103話 恋愛談義(楓さん)④

 今日は大学へ行き、サークルの二人にもあった。久しぶりにサークル室へ行き、三人で話をした。上村君は、北国出身でこのあたりの寒さは何ともないようだ。


「う~~っ、最近寒くて起きるのがつらいよなあ」

「何を言ってるんだ、うちの実家の方じゃこんなもんじゃないぞ。外を歩いていると、顔が痛くなってくる。濡れタオルなんて、あっという間にバリバリになるんだ」


 関西出身の香月さんも興味深げに話を聞いている。首を傾げた時に、長い髪がはらりと頬にかかるのが、何とも魅力的なんだ。  


「それじゃ、洗濯物は外に干せないじゃないの?」

「当り前だよ! あっという間に凍ってしまうからなあ」

「そうかあ、そんな寒さ一度くらい体験してみたいなあ」

「じゃあ、実家に来てみる?」

「わあ、行きたい!」

「寒さ体験っていうのも、いいなあ」

「面白がっていられるのは、ここでだけだ」


 上村君の寒さ自慢が終わったところで、香月さんが提案した。


「ねえ、ここでしゃべってないで三人で柿の木へ行かない?」

「今日かあ。ごめん、俺バイトがあるんだよ。そろそろ行かなきゃならないんだ」

「へえ、上村君バイト始めたの?」

「まあね、仕送りの額は決められてるから。使いすぎるとすぐ金欠病になっちゃうんだ。それに、時間を持て余すこともあるし。俺にはちょうどいい仕事が見つかったから」

「へえ、何をしてるの?」

「物流倉庫で仕分けの仕事。荷物運びばかりだけど、体張ってやってる」

「そうかあ、それで最近筋肉隆々になってきたのか!」


 僕は彼の肩をつかむ。結構筋肉がついていてがっしりしている。


「そういうことだから、今日は御免」




 彼と別れて、香月さんと二人で喫茶店に入る。柿の木には数組のお客さんがいた。


 窓際の席へ座る。


 すると、壁際の隅の方の席に楓さんの姿があった。夕方の時間帯にこんなところで、何をしているんだろう。彼女は一人スマホの画面を見ている。テーブルにはホットコーヒーが置かれている。


 まあ、一人で喫茶店に入りたいこともある。休憩時間なのかな。


「久しぶりだね、ここへ来たの」

「ほんとねえ」


 二人きりになれる時間はあまりないから、今日はチャンスだ。


「この間は日南ちゃんが一緒だったし……」


 なかなか二人でいる時間がない。


「夕希君……」


 香月さんの手がテーブルに置かれている。そ~~っと、手を伸ばし彼女の手に触れる。


「二人だけで、もっと一緒にいたいな……」


 とうとう、いってしまった。彼女の反応は……。


 その手を握り返した。


えっ、いいのか!


「付き合おうか?」

「……うん」


 えっ、えっ、ええっ、ええええっ~~~~、本当かっ!


 そうなのか!


 上村君に知られないように……そして、ほかの人にも知られないようにしよう。


「誰にも知られないように……ね」

「まあ、それもいいわね」


 ちょっと考えたようだったが、彼女は首を縦に振った。


 そのあとは舞い上がってしまい、手には汗をかき自分が何を言っているのかもわからないような状態だった。


 前方に目を向けると、楓さんが相変わらず下を向きスマホをいじっている。こちらには気が付いていないようだ。


 


 舞い上がった気持ちのまま、シェアハウスに帰った。


 部屋に入りぼ~~っとして机に座る。この気持ちを悟られないよう、一人きりになりたかった。


 


 夜になりキッチンへ行くと、楓さんが座っていた。


 あっ、何か言われるかな。


 いや、大丈夫だろう。


「あれえ~~~~、夕希君……」

「お疲れさま、楓さん」

「もうお帰りなのねえ、デートは楽しかった?」

「えっ!」


 絶句した。


 見られてたのか……。


「私が気が付かないわけないでしょ。警備員は後方にも注意を払わないといけないんだから……甘い、甘い!」

「そうだったのか……」

「大学の同級生でしょ、彼女」

「香月さん。同じサークルの仲間で……」

「君のあこがれの女性!」

「ようやく付き合うことになったんだね。おめでとう」


 全てお見通しだった……。


「私はてっきり、日南ちゃんが彼女だと思ってたわあ」

「ああ、そのことは言わないでください」


 みんなに冷やかされる。


「あの子が本命なの、うんっ?」


 鋭い警備員の目。


「そ……そうです!」

「あたしさあ、夕希君にはほんわかした女の子が合うと思うよ。ああ、あの子が違うとは言ってないよ」

「ほんわかしてますよ、彼女は」

「それから、甘えてくれる子がいい。頼られると、断れないところが夕希君の最大の魅力。甘え上手な子がいいんだよ。それって結構難しい。あんまり無理なお願いだと負担になるから」

「そりゃそうですよ、自分の生活すべてを脅かすほどになったら、もうパンクしちゃいますから」

「ふ~ん、わかってるんだ。時には強引なところもある子がいい」

「おお、そうですか!」


 楓さんは、発泡酒を冷蔵庫から取り出しふたを開ける。


 プシュッといい音がする。


「う~~ん、旨いっ!」

「ところで、あんな時間に喫茶店にいることもあるんですね」

「ちょっと休憩よ、一人で座っていたいこともあるからさ」

「そうですよね……」


 楓さんは僕の二の腕をくいっとつかんだ。


「最近、夕希君逞しくなったわよねえ」

「そうですか?」

「もう、ほれぼれしちゃうわ」


 再び腕をつかむ。


「これなら組み手をしても、十分手応えありそう」

「そ……そういうことですか」

「女の子も、見逃さないよ。私の目にもはっきりわかった!」


 またしても体をほめられた。


「ボディは大事だよ。鍛えなきゃね」

「ハア、その通りです」

「それから、熱い心だなあ、男に必要なのは。冷静沈着な頭脳だけではだめよ」

「そうですね」

「恋は、心でするもの。そして体を張って継続させる!」


 アルコールの入った楓さんの恋愛談義はさらに盛り上がっていった。

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