第97話 三角デート②

 入るなり、香月さんが感嘆の声を上げる。


「素敵なお店ねえ!」


 日南ちゃんもそれに合わせて、手をたたく。


「そうね……おしゃれなお店っ!」


 僕は三本指を立てて、人数を店員さんに告げる。この組み合わせ、どう見えるだろうか。


 案内されたのは四人席。僕一人の前に二人の女の子が座る。この座り方も、何とも奇妙だ。


 差し出されたメニューを見る。十一時から二時まではランチをやっている。セットになるので、これがよさそうだ。パスタやピザに飲み物とサラダがついている。


「さ~って、何を食べようかなあ」と僕がつぶやくと、


「私はこれがいいな……おいしそう」と日南ちゃんが指さしたのは、スパゲティボロネーゼ。別名ミートソースだ。


 珍しく決断が速い。あまりいろいろなものを食べたことがないのかな。


「他のは、どんな味だかよくわからないから……」


 やはり……そうか。


「私は、シーフードのトマトソース」


 香月さんのチョイスはなかなかいい。


「それでは、僕は……ペペロンチーノ」


 すると日南ちゃんが、僕の顔を見据えて言う。


「そんなのでいいの? 辛いだけじゃないの?」


 それのどこがいけないのだ。


「シンプルでピリ辛の味がいいんだ。今日はそんな気分だから」

「そんなもんなの……」


 ドリンクは……。


「私は……オレンジジュースがいいな」


 香月さんはヘルシー志向か。


「えっと……私は……アイスティー」

「じゃ、僕は……ホットコーヒーにしようかな」

「えっ、辛いのに、熱いのを飲んで、大丈夫なの!」


 またもや心配された。


「そうだな、じゃ、アイスコーヒーにする」

「ほっ……そうだよね……それにしても、都会だよねえ……歩いている人達が違う……」

「そうかなあ……みんなどこから来てるかわからないよ」

「そうよ、日南ちゃん。私たちだって、ここに住んでいる人に見えるかもよ」

「香月さんならそう見えるだろうけど……私は……」


 日南ちゃんは気弱そうに言う。日南ちゃんの服装はジーンズにダウンジャケット。日本中どこでも通用する冬の服装だと思うが……。香月さんの方はスカートに黒のタイツ、茶のウールのコートを着ている。どちらが都会的かどうか判断できない。


「日南ちゃん、服装でどこから来たかはわからないよ。それでわかったら逆にすごいよ」

「そうだね……」


 運ばれてきたドリンクで乾杯をして、のどを潤す。目の前には二人の女の子。右側にはオレンジジュースを飲む香月さん、左側にはアイスティーを飲む日南ちゃんがいる。三角形だ。当然二人の顔を交互に見ることになる。


「夕方までだいぶ時間があるから、ゆっくりしていこう、ねっ」

「そうだね、それからのんびり街歩きをして、またどっかで休憩かな」

「近くに公園があるから、行ってみない?」


 スマホの画面を見ながら香月さんが言う。隣から日南ちゃんがのぞき込む。


「わあ、いいわねえ。賛成」

「歩いてから休憩にしよう。そうじゃないと、休憩ばかりになっちゃう」

「はい、それがいいで~す。一緒に来られてよかったあ。ひとりじゃ、心細かった」

「それは私のセリフよ。提案したのは私だから、一緒に来てくれて心強かった」

「あっ、そうだった。私はおまけ……かな」


 日南ちゃんが舌を出した。グラスを置いたまま口をすぼめて飲むしぐさは、リスのようだ。ちらっと眼だけを上にあげたりするので、そのたびにはにかむような顔をする。


 香月さんは、グラスを両手に持ち背筋を伸ばしてストローに口をつける。ほんのり赤い口紅がつかないように意識しているのか、軽く口をつけている。絵になるなあ。長い髪が揺れてドラマの一シーンのようだ。口元がちょっぴりセクシーだ。ついつい唇に目がいく。


 僕は目の前の二人がドリンクを飲むのを交互に見る。


「どうしたの、夕希君は飲まないの? 全然減ってない……」


 日南ちゃんがいう。二人の顔を見てばかりで、全く減っていなかった。


「ああ、僕は食事と一緒に飲もうと思って、取っておくんだ」

「そ、そっか。私も、あんまり飲まない方がいいかも……」


 唇をストローから離した。この状況、学食で食事をする時と似ているのだが、気分はかなり違う。


「夕希君……」

「何?」


 日南ちゃんがさみしそうな顔で名前を呼んだ。なんだ次の質問は。


「香月さんの顔ばかり見てる……よね」

「えっ、そうだった」


 焦った。


今度は、香月さんが日南ちゃんの方をちらりと見て言う。


「そんなことない。夕希君、日南ちゃんのことばかり見てるよ」


 香月さんは凛として言う。


「えっ、嘘っ。香月さんの方を見る方が多い!」

「違うよ。日南ちゃんのことが気になってるわ、夕希君は」


 なんだ、この状況!


 二人で何をいうんだ! 両方を交互に見ていた僕は、こう断言した。


「二人の顔を順番に見てたっ! 見とれてたんだよっ!」


 すると、香月さんが吹き出し日南ちゃんは、ゲホゲホした。これって三角関係、だと思ったのは僕だけ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る