第94話 年上パワー全開④

 いよいよ決行の日!


 今日彼のバイトがあることは確認済みだ。


 四時五十分に萌さんが売り場で彼の姿を見つけ、声をかける手はずになっている。


 彼女は勝負服に身を包み、颯爽と出かけた。もちろん胸元が広く開いた透け感のあるブラウス。相手は目のやり場に困ってしまうはずだ。お化粧もばっちり決め、目力は強力だ。


「さあ、行ってくるわよ。二人とも、準備はいいわねっ」

「よーし任せといてえ! ピンチの時は私が出ていくからね。待ってろよ~~!」

「すごい鼻息ね。見つからないように気を付けてね」

「わかってるって、今日はレディな服装で決めてるじゃない。み~んな、萌さんからの借りものだけどね」

「だって、楓さんパンツしか持ってないんだもの。ふんわりしたスカートも似合ってるわよ」

「ふ~ん、そうお。これからイメチェンしようかなあ」

「あのう……僕はこの服装でばれないでしょうか?」


 僕の服装はジーンズにジャンパーだ。


「大丈夫。彼とは絶対に視線を合わせないでね!」

「了解です!」

「あっそうだわ~~、私のサングラスをかけるといいわよ。それからキャップを被れば完璧!」


 僕は楓さんからサングラスとキャップを借り、顔がほとんど見えないように武装した。


 

 

 そしていよいよ計画実行の時刻になった。


 萌さんがスーパーに入っていく。僕と楓さんはカップルを装い離れたところから入り口を監視する。


 五時になった。そろそろ出てくるころだ。


 おやっ、萌さんが一人で出てきた。


「あれ……どうしたんですか……あいつは一緒じゃないんですか」

「今日は七時までなんですって……あ~あ、ついてないわね。だからっ、ちょっと時間をつぶしてからもう一度出直す」


 萌さんはそばを通り過ぎながら、振り向きざまにウィンクした。


「それじゃ、私たちも」

「二時間後に出直して」


 彼女は前を向き離れていった。


 


 そして二時間が経過し……。


 再びスーパーの出口を見張る。おっ、松永さんと萌さん、どうやら彼女の罠にかかったようだ。彼女の色気にかかれば、松永なんていちころ……。


「本当に待っててくれたんですね、ありがとう」

「当り前ですっ。念願かなって、や~~っとデートできるんですもの。いつもお店で見てて、素敵だなって……あら、やだ、私ったら……うふっ」

「それじゃっ、行きましょうか」


 そして入っていったのは……喫茶店「柿の木」


「素敵な喫茶店でしょ! ここお勧めなのよ」

「本当ですね。隠れ家みたいで、しゃれています」

「さあ、こちらの席へ座りましょう」

「おお、予約席ですね! 予約しておいてくれたんですね!」

「まあ、時間があったから」

「俺のために、二時間も待っててくれたなんて……嬉しいです~~」


 二人は予約席と書かれた札のある席へ座った。


 萌さんの正面に座った松永さんの視線は、自然と彼女の胸元にいく。口元がにやけて、止まらない。


「あら、ご迷惑じゃなかったかしら、お誘いして? お仕事お忙しいんでしょ?」

「まあ、毎日働いてますから、忙しいですが、気にしないでください。素敵な方とデートできれば……時間なんて……いつでも」

「まあ、お上手!」

「どうも」


 松永さんは萌さんの胸元から片時も目が離せない。


「それじゃ、本題に入るけど」


 彼がごくりと唾をのみ、萌さんのふっくらした口元を見つめる。期待に胸を膨らませている。


「私の質問に答えてくださるわよね」

「何でも……」


 再び唾をのむ。萌さんは、姿勢を正して、正面から松永の目を見据えた。


「本題に入りますが」

「ハイッ」


 視線が絡み合う。


「あなた、私の可愛~~い夕希君をはめたでしょう?」

「えっ、突然何のことですかっ! もしや、彼の知り合い、彼女さんとか?!」

「いいええ~~~、お友達。詳しく彼からお話を聞いたわ。あなたの質問は脅迫と同じよ。三万円盗んだなんて、言いがかりに過ぎないのに」

「言いがかりだなんて、状況証拠ですよ」

「証拠なんて何もないわっ。私の父、県警の刑事をやってるの。あなたの財布の指紋を採取すれば、結果はすぐわかるわ。彼の指紋が出てこなかったら、どう説明するのかしら!」

「えっ、指紋って!」

「そうよ。証拠はないし、彼が三万円を持っていることは、あなたが昼食の買い物の時にのぞき見したからわかったんでしょう。至近距離にいたことは、防犯カメラを見ればすぐにわかるわよ!」

「えっ、えっ、えっ、防犯カメラだって! そんな物っ」

「あったわよ~~、レジを映す防犯カメラがっ」

「うお~~~っ」

「あなたもいろいろ大変なんでしょ?」

「ま、まあ、そうです」

「バイト掛け持ちしてるんだってね」

「そうしないと、なかなかお金が稼げないので……」


 情けない口調になってる。彼も気の毒な身の上なんだろうな。


「さあてっと、と父に電話しようかな」


 萌さんはスマホを取り出して、電話でコールし始めた。


「ちょっと! やめてください!」

「大きい声を出さない方がいいわ。ほかのお客さんに、聞こえるわよ」

「あああ~~~っ! だめですよっ! 電話だけは~~!」


 すでに全部聞こえている。


「やっぱりそうよね。素直に夕希君に謝ってくれれば、見逃してあげてもいいわ」

「あああ~~~っ、三万円がっ!」

「だってもともと彼のお金でしょ?」

「ううう~~~っ、うっ……」


 絶句だ。

 

 うっかり萌さんの色仕掛けに乗って、ここへ来てしまったことを後悔している。だけど、ばれてよかったんじゃないかな彼にとっては。


 彼は涙ながらに財布を開け、中から三万円をおずおず取り出すと、テーブルに置いた。


「これで、穏便に済ませてください……お願いします」

「やっとわかってくれたようね。それじゃ、出てきて、二人とも!」

「ええっ、なんだって!」


 後ろの席で楓さんと座って一部始終を聞いていた僕は立ち上がり、萌さんの隣に座った。

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