第93話 年上パワー全開③

「おいっ、戻ってこいよ! 更衣室で俺の財布から万札を抜いたの、君だろ?」

「えっ、そんなことしてませんっ、僕はっ! 何か勘違いをされているんじゃ……」


 松永さんのただならぬ様子に気づいた店長が、こちらへ向かってくる。そして、彼の肩を抱いた。


「こんなところで……どうした。お客さんがいるだろ。休憩室へ行こう、君も来てくれ」

「えっ、僕もですか。何もしてないのに……」

「それもはっきりさせよう」


 えええ~~っ、店長ひょっとしたら、僕が盗んだと思ってるのか。


 断じて僕は他人のお金など盗っていない。きっと信じてくれるはず。


 周囲は、ざわついていた。レジにいるパートの人たちの目、近くにいた客たち。まるで、僕を怪しむような視線。


 いたたまれない……。


 


 休憩室へ入ると、三人だけになった。


「詳しく話してくれないか、松永君」

「はい、今日一日ロッカーにバッグとその中に財布を入れておいたんです。一万円札が三枚入っていました。ところが、帰ろうとして財布の中を見ると、三万円札がそっくり消えていたんです」

「三万円あったというの、確かなのかな? 勘違いではないのか?」

「確かです」

「で、木暮君が盗んだという根拠は?」

「休憩時間にロッカー室へ行くのを見たんです」


 ティーバッグを取りにロッカーへ行き、バッグから取り出した。だが、他人のロッカーには手を付けていない。入っていくのを、彼は見ていたのか。


「えっ、それは」

「そうなのか、木暮君」

「入ったことは確かですが、自分のカバンからティーバッグを取り出しただけです! 断じて、ほかのロッカーなど開けていません!」

「う~む」


 すると、松永さんは顎をしゃくっていった。


「じゃあ、君の財布の中身を見せてみろよ」

「いいですよ!」


 財布を取り出し中身を見せた。何故こんなことをしなきゃいけないんだ。まるで犯人扱いじゃないか!


 僕は財布を取り出して、二人に中身を見せた。小銭がいくらかと一万円札が三枚入っていた。


「これはもともと持っていたお金です。信じてくださいっ!」

「う~む、それは確かなんだな」


 店長が言った。松永さん、なぜ僕が三万円持っていたことを知っていたんだ。


 彼にはめられたんだっ! 


「君のロッカーはカギがかかっていたかい? そのう……」


 店長は言いにくそうに訊いた。


「前もって財布の中身をのぞかれる心配がなかったかってことだが」

「かけていました」


 ますます形勢は不利だ。ああ、どう切り抜けるべきなのか。


「警察に話してみたらどうでしょうか」

「警察ねえ……あまり、表沙汰にはしたくないが……」


 店長としては、自分の管理下で問題が起きたことを本部に知られたくないんだ。


「そうですよね。警察沙汰になって、君の将来に傷がついたらまずいよな。ああ~~~あ、ロッカーのカギをかけ忘れた俺が悪かったのかなあ~~」


 恨めし気に松永さんが言った。ああ、絶対彼にははめられたのに! 


 それとも外部からの侵入者の仕業かっ!


「この部屋ってカギがかかってなかったんだから、外部からも侵入できますよねえ?」

「いやあ、ここは調理場を通らなければならないから、外部の者は必ず彼らに見られる」

「そうか……それもないのか」


 すると、今まで元気のなかった松永さんが言った。


「ああ~~~あああ~~~、これがないと今月は食事もできない。一か月分の食費だったのに、あああ~~~ショックだなあ!」


 本当か? バイトを掛け持ちしている人がっ!


 時計の針だけがどんどん進んでいく。


 三人ともしばし、黙り込んだ。


「仕方ない、これを使ってください」


 僕は、財布の中から三万円札を抜き出し、松永さんに渡した。


 彼は、一瞬にやりと笑い片手で奪うようにとった。


「それでいいのか、木暮君?」

 

 店長が言う。いいも何もない。このままでは、三人固まったまま、時間だけが過ぎていくだけだから。


「これで丸く収まるなら……」

「それじゃ、松永君も今後この話題は一切口にしないということで、いいね」

「はい、誰にも言いませんから! 木暮君!」


 僕は全く釈然としないまま、損をした気分と、自分に嘘をついた後ろめたさで店を後にした。


 


 憤りと、ショックと、むらむらした気分の悪さを抱えたままシェアハウスに戻り、キッチンでぶちまけてしまった。


 そこにいたのは萌さん、楓さん、光さん、みのりさん、日南ちゃん、要するに、五人全員だ!


 楓さんがいった。


「私が決着をつけに行くわよ! 日ごろ鍛えたこの腕でそいつをぎゃふんといわせてやる!」


 日南ちゃんが今にも泣き出しそうな顔をしている。


「夕希君がっ……そんなことするはずないのに……ひどいよ……ああ~~~っ!」


 本気で心配している。


「だからっ、明日私が言って敵を取ってやるよっ! 夕希君が、人の金をとるはず、ないでしょう~~~~! そいつに不正を認めさせるんだっ!」

「僕は絶対盗んでいません! 皆さんに誓いますっ!」


 すると、萌さんが言った。


「楓さんが出ていくと、力ずくになって、そいつも意固地になって、かえってうまくいかなくなりそう。ここは私が一肌脱ぐよ!」


 萌さんが言うと、色仕掛けみたいに聞こえる。


「そうお、大丈夫かなあ?」

「任せといて!」

「う~ん、じゃあ、私は離れたところから見張ってるから。もし襲われたら大声出してね」

「はい、はい、わかったわ。それじゃ、明日の夕方、奴が仕事終わりの時間を見計らって作戦決行だから」

「僕は何をすれば……」

「え~っと、夕希君は楓さんと一緒に敵に見えないところで待機してて!」


 ああ、どうなることやら。


だが、話してよかった。自分を信用して、本気で心配してくれる人たちがいただけで感動だ。三万円は戻ってこなくても、惜しくはない!


……やっぱり惜しいか。

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