第92話 年上パワー全開②

「そっか……いつでも会えるし、どっちかにしろなんて聞かれたって、答えられないよね。あっ、いいの、いいの、気にしないで……」

「そんな、あああ~~っ、僕なんかでいいのかなって……もっとふさわしい人がいるような気がするし……」

「まあ、冗談よ。冗談っ」


 無理をして笑っているのがわかる。


 気まずい雰囲気だ。


「さてっ、と……。もう部屋へ戻るねっ。明日は早いから」

「……あっ、ああ」

「夕希君は、明日は?」

「休日ですけど、バイトに行きます」

「そう、バイト続けてるんだね。頑張って!」

「お金になりますから……」


 いつもの萌さんに戻り、微笑んでから僕の頬に軽く触れた。柔らかい手のぬくもりに包まれ、胸がきゅんとする。


 ああ、驚いた。だけど、本気で付き合うって答えてたら今頃どうなっていたんだろうか。体が熱くなってくる。


 部屋に戻り鏡を見ても視線が定まらず、ポーっとしている。


 だけど、あとで冗談だって言ったんだ。気まずくはなったが。


 これでよかったのかどうか、答えがないままベッドに横になりいつの間にか朝になっていた。


 


 さて、今日はバイトに行く日。開店から午後5時までの勤務だ。重いものを運ぶこともあれば、レジの仕事もある。それなりに神経を使う仕事だが、ようやく慣れてきた。


 男子更衣室でユニフォームを羽織り、ロッカーにバッグを押し込んでから店に出た。今日の仕事は開店の準備から始まる。


「おはようございます、店長」

「おはよう、今日もよろしくっ、木暮君!」

「よろしくお願いします」

「いつもよくやってくれて、助かるよ。頑張って!」

「はいっ、ありがとうございます」


 店長は社員やバイトに目を光らせ、仕事が順調に進んでいるか常に気を配っている。当たり前のようだが、難しい仕事だ。


 今日も品出しを中心に始めた。忙しい時間帯にはレジに入ることもある。野菜を運んでいると同じアルバイト仲間の松永さんがすでに仕事を始めていた。僕よりは年上だ。アルバイトを掛け持ちしなが一人暮らしをしているらしい。更衣室で何度か話をしたことがある。休日に仕事をすると、彼と一緒のシフトということがよくある。この店でのバイトは、彼の方が長いから先輩だ。


「あっ、松永さん。おはようございます」

「ああ……おはよう、君か。えっと……木暮君」

「はい」


 彼は、胸につけている名札をちらりと見ながらあいさつした。


 相変わらず、野菜の品出しは重労働だ。大根に玉ねぎ、ジャガイモ、綺麗に見栄えよく並べていく。滑り落ちないように、丁寧に組み合わせる。客がレジに並び始めたので、応援に行った。昼食時刻が近づいてきた。


「忙しいわね、木暮君」

「お客さんが増えてきましたね」


 バイトの女性が、声をかけてくれた。レジではバーコードを読み取らせ、商品の入ったかごをレジの前に運ぶ。それも結構重い。


 そんなふうに売り場とレジの間を動き回っていると、あっという間に昼食時間になった。店で作られている鮭弁当を選び、レジへ持って行く。野菜の煮物が添えられていてヘルシーで気に入っている。レジのそばには松永さんがいた。


「これからお昼休みに入ります!」


 と声をかけ、財布の中にたまった現金を取り出す。


 休憩室でお湯をもらい、持参したティーバッグでお茶を淹れる。ホッとする瞬間だ。弁当を食べ終わり、じっと目をつむる。心地よい疲労感で、眠気が襲って来る。


 一時間の休憩時間はあっという間に過ぎ、午後の仕事をする。ひと時、あまり人の来ない時間があったが、夕方に近づくと買い物客が増え始める。午後からのアルバイトが加わる。


 午後は15分間の休憩があり、再び休憩室で飲み物を飲む。眠気が襲ってきたので、コーヒーを飲むことにした。


 

 5時になった。


 さあ仕事を上がる時刻だ。


 ロッカーでユニフォームを脱ぎ、タイムカードを押す。時刻は5時5分と表示されていた。


「ああ~~疲れた~~~。帰るぞ~~!」


 店のドアへ向かって歩き出す。すると後ろから僕の名前を呼ぶ声がした。


「おいっ、君だろ。木暮君!」

「あっ、松永さん。なんでしょうか?」

「俺のお金を盗んだのはっ、君だろっ!」

「えっ、どういうことですか!」


 怒りに燃えた松永さんの顔を見て、僕はあっけにとられた。

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