第90話 日南ちゃんに頼られる③
シェアハウスに戻ると、萌さんとみのりさんがキッチンにそろっていた。すでに夕方の6時。これからすき焼きパーティーだ。
先日の焼き芋パーティーに続き、日南ちゃんと一緒だ。最近彼女と一緒に何かやることが多く、そのたびに彼女は頼りにしてくる。
「ただいま。もう準備してるんですね」
「そうよ、買い物もしてきたし、準備万端整ってるわ」
「おお~~、材料も切ってある!」
「今日は、楽しみ~~、ねっ、みのりさん! さあ、さあ、荷物を置いてきて、夕希君!」
「はいっ、萌さん!」
「あれ、あれ、日南ちゃんは? 一緒じゃないのお?」
「もう帰ってるんじゃないんですか?」
「部屋にいるのかしらねっ。呼んできてっ」
「はいっ」
二階へ行き、隣の日南ちゃんの部屋をノックする。だが、音は聞こえない。
まだ帰っていないのかな……。
それならば、と向きを変えて歩き始めたら、ドアの開く音がして声が聞こえた。
振り返ると、ドアの隙間から日南ちゃんの顔が見える。ショートボブの髪型から、どんぐりのような目が光っていた。
部屋の前へ戻った。
「あっ……」
「いたのか……日南ちゃん。これからすき焼きパーティーが始まるよ。階下(した)へいこう」
「うん……これから支度するからあ……」
「あああ~~~~っ、日南ちゃんその恰好!」
日南ちゃんは下着姿のまま、ドアを全開にした。着替え中ならそう言ってくれればいいものをっ! 上はキャミソール姿で、下はなんとっ!
太ももまであるパンティだ。冬用のあったか下着で、なんという呼び名なのか知らないがっ、下着であることには違いない!
キャミソールの下は小ぶりな胸が揺れいる。マラソンで引き締まった足も目の前にさらされてっ!
「開けなくてもよかったのにい~~っ!」
「だって、知らん顔できないから……あわわわわわわわわっっっっ! 見ちゃダメ~~~~!」
「見ないよっ! ドアを閉めるぞっ!」
ばたんと勢いよくドアを閉めると、廊下中に響いた。
驚いたような、焦ったような、そして恥ずかしいような顔をしていたが、恥ずかしいのはこっちだ!
「先に行ってるよっ! じゃっ」
「そんなあ、すぐ支度するからっ! 待ってて~~~! 夕希君~~~!」
「はあ……、ったく、もう……」
早くしろよなあ。
こちらはむっとして廊下で待った。廊下の壁に寄りかかり待っていると、時間が過ぎるのが遅く感じられる。
まだかよ……。
「もうちょっとだから……」
「慌てなくていいよ」
もう遅いなあ。
「あとちょっとだけ」
「急がなくていいよ」
早くしろよっ! 遅いっ!
「……」
「まだ?」
「あと少し」
「オッケー」
ドアをノックした。
「できたっ!」
待ちきれずにドアを開けた。
すると、まだ部屋の中をうろうろ歩き回る日南ちゃんの姿がっ! あ~あ、着替えに何分かかるんだ……。
最後に手提げ袋をガシッと掴んだ。そんな物要らないのに……。
「遅くなって……ごめん」
「まあ、気にするなって」
「先に行ってもらった方がよかったかな」
そうだよ、そのつもりだったのに、待っててくれって言ったのは誰だったっけ。
「別にいいんだ」
怒りを悟られないよう、先に廊下を歩きだした。
「楽しみねえ、すき焼き、久しぶりだなあ」
後ろから能天気な声が聞こえる。
「そうだなっ!」
「あれ、夕希君うれしくないの?」
「うれしいに決まってる!」
フンッ、とばかりに真っ先にキッチンへ入った。
「あ~ら、どうしたの夕希君、ぶすっとしてえ。日南ちゃんはご機嫌なようだけど」
と、萌さん。
「そんなことはないですよッ。もう、朝から楽しみでした」
「そうよねえ。待ちきれなかったわ。さあ、火をつけるわよ~~」
とみのりさん。やはりここはみのりさんがリードして始まった。
ガスコンロに火をつけ、すき焼き鍋を囲む。油を溶かしなべ底に肉を広げる。結構本格的な作り方だ。肉を鉄板に焼き付け、こんがり焼きあがると、一人ずつに取り分けてくれた。噛むと口の中で広がる肉汁を、しばし無言で味わう。
「おいしいっ!」
っと、萌さん。二枚ほど焼いてくれた。
「よかったわあ~~、さあ、野菜を入れるわねえ」
とみのりさん。白菜、ネギなどの野菜と下地が投入される。
「ふう、美味しいです、ねえ夕希君」
「そうだな、旨いです! やっぱりみのりさんの作る料理は最高です!」
「そうね……やっぱり料理が最高に上手です」
日南ちゃんがまねをする。ショートボブの髪の毛が頬にかかっているが、目を白黒させて食べてることが想像できる。ふうふうという息使いが聞こえる。
「さあ、野菜が煮えるのを待ってね。日南ちゃん、夕希君は頼りになるからよかったわね。マラソン練習にも付き合ってくれて、優しいじゃない?」
「そうなんです……思ってたよりも、いい人で……」
「はあ……」
一言多いんだよ。
「僕、ご飯盛ります」
「あっ、夕希君、私少な目でいいのよ……」
「あら、日南ちゃん。どうしたの? ダイエットしてるの?」
みのりさんが訊く。
「太ってしまうので」
「まあ、そうなの」
「はい、どうぞ」
日南ちゃんの前に半分ほどよそったご飯茶碗を置く。
「あの、もう少し多めで……」
「はい、はい、じゃあと少しね。これくらいでいいよね」
「そう、ね。あっ、ついでに」
「なに?」
「いいかな、頼んで?」
「どうぞ」
「冷蔵庫から、漬物もとってきて」
僕は冷蔵庫の中から、パックに入った漬物を取り出した。
「これかな」
「そう……」
「どうぞ」
「ありがと……」
まるっきり甘えてるな、日南ちゃん。まあついでだからいいけど。
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