第89話 日南ちゃんに頼られる②

 日南ちゃんは、自分の力になってくれる人だと分かると、とことん甘えてしまうタイプなんだろう。元カノに、金魚のフンの様にくっついていた姿を思い出す。


「日南ちゃん、もう大学に着いたよ。それじゃ、もう別行動で大丈夫だよね」

「えっ、もう着いた。ま、まあ大丈夫……でしょう」


 情けない声を出してもだめだぞ。じと~~っとこちらを見たが、下を向いて歩きだした。


 なんか悪いことをしてるみたいに見えるから、やめてほしいなその眼付き。


 

 前を歩いているのは香月さん。


 寒さの中、颯爽と歩いている。


 素敵だっ!


「おはよう、香月さん!」

「あら、おはよう。夕希君、寒くなったわね」

「うん、そのマフラーいいね。すごい、暖かそう!」

 

 さりげなく服装をほめる。チェックの柄がコートによく映える。


「あら、気が付いたのね。今日初めてしてきたの」

「うん、もちろんそうだと思ったんだ」


 女性は、服装をほめられて悪い気はしない。タツヒコから学んだことだ。


 


 教室へ入ると向井君が前方の隅の席に座っていたので、挨拶した。


「おはよう」

「おっ、おはよう」

「後ろ……いいかな」

「もちろんだよ」


 いつもは、ここで一人で座ってたのか。今まで一人で座っていたんじゃ、近くの席に座られて鬱陶しくないといいけど。向井君が後ろを向きいった。


「あのさ……みかん好きかな? 隣の……」

「香月です」

「香月さんも、どう?」

「好きだけど……」


 彼女もうなずく。


「じゃ、明日持ってくるよ」

「どうして?」

「親の実家から送られてきたんだ。おばあちゃんから」

「ひょっとして、ミカン農家?」

「違うけど、産地だから……みんなで食べて、って箱で送られてきた」

「おお、いいなあ。そういうの、うれしいよな」

「それじゃ、持ってくるね、明日!」

「ありがとう」


 香月さんも、微笑む。ミカンの約束をして、向井君は僕たちの方へさらに体を向ける。


「君たちは、よく一緒にいるよね~~」


 一緒の授業の時は、並んで座っていることが多い。


「ああ、フットパス愛好会のメンバーなんだ。といっても、一年生は三人だけだけどね」

「そっか、フットサルじゃないんだね」

「運動するわけじゃない、あちこちを探索する会。それも不定期な活動だ」

「へえ、そうなのか。知らなかったな」


 入りたいのかな。


「向井君も入る?」

「そうだな……僕は目下のところいいかな」


 いいというのは、色々な意味に取れるけど、ここは入らないということだ。


 向井君が、さらに後方を見ていった。


「あれ、後ろにいるのは日南ちゃん。君と一緒に走ってた子でしょ」

「ああ、そうだよ」


 亜里沙ちゃんはまだ来ていないのかな。彼女一人で後方の席に座っている。


「俺ちょっと声かけてくる」

「そう? そのうち亜里沙ちゃんが来ると思うけど」


 たいてい二人で座っているのだ。彼が席を立ち、様子を見に行くと、日南ちゃんを連れて戻ってきた。僕の前の席を指さす。向井君の隣だ。


「ここに座って……いいかな?」

「ああ、どうぞ」


 隣に香月さん、前に日南ちゃんが座る格好になった。


「よかった。亜里沙ちゃんが来なかったら、どうしようかと思った」

「そのうち来るだろ?」


 ところが亜里沙ちゃんが現れたのは、授業が始まってからだった。そのため、彼女は後ろの席で一人座った。


 

 

 授業が終わってから、亜里沙ちゃんがこちらへ来ていった。


「日南ちゃん、ごめ~~ん! 遅れちゃったの、今日は」

「そうだったの……どうしたのかと思って……すごく心配だった」

「それにすごい不安そうだった」


 向井君が言う。すると、日南ちゃんは微笑んでいった。


「でも、大丈夫。夕希君が後ろにいたから、心強かった」

「僕は特に何も知れないけど……」

「だけど、よかった……」


 亜里沙ちゃんがいう。


「最近、頼りにしてるもんね、日南ちゃん」

「うん、ありがとう。えへへ……」


 照れまくって、どうするんだ。


「日南ちゃんって、そういうところが可愛いね」


 向井君までもが、日南ちゃんを甘やかす。


 最近気が付いたぞっ、日南ちゃんの甘え癖。今日のすき焼きパーティーはどうなることやら。


 香月さんが時計を見ながら言う。


「次の授業は、バラバラね。またあとで会いましょうね」

「それじゃ、日南ちゃん」


 と僕が言うと、


「ああ……またあとで……夕希君……」


 香月さんと一緒に歩き出した僕のことを、まるでアイドルを見るように両手をもみもみしながら見ている。


 僕って、いつからそんなに神々しくなったのかな……日南ちゃんにかかっちゃ、誰でもみんなアイドルかな。

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