第88話 日南ちゃんに頼られる①

いつの間にか朝ベッドを出るのがつらくなってきた。ストーブや炬燵が恋しくなる季節になった。


 ああ、寒いなあ……。もう少し布団の中でぬくぬくしていたいなあ。


 だけど、起きなきゃ! 


 大学へ行く時間が刻一刻と迫っている。


 さあっ!


 ッとベッドの上の布団をめくり、体を起こした。窓の外に見える木々は紅葉の時期を過ぎ地面に散ってしまっている。枝までもが寒々しく見える。


 

 キッチンへ行くと、日南ちゃんがちょこんと隅の椅子に座って、食パンをかじっている。僕は寝ぼけた声であいさつした。


「おはよう……」

「あっ……おはよう」

「寒くなったね……起きるのがつら~~い」

「そう、もう冬かな。私は起きてすぐ、ストーブをつけた」

「もうストーブをつけたんだ……僕も買わなきゃな」

「これからもっと寒くなるから、必要かも」

「絶対必要だ~~」


 キッチンは暖房があるので暖かい。日南ちゃんの顔は、ほんのりピンク色になっている。そういえば、彼女、いつもお化粧してないのかな。


「日南ちゃんは、お化粧したりしてるの?」

「えっ、私は……どう見える?」


 どぎまぎして、質問で返された。


「してないように見えるけど……どうなの?」

「してないの」


 道理で、高校の時と同じ顔をしているはず。


「ふ~ん、しなくてもいいかもね」


 素肌のままだった。素肌が綺麗だったことにいまさらながら驚く。


「それなら、このままでいいかな」


 そこへ萌さんが降りてきた。


「あら、おはよう。今日は二人とも早出ね」

「はい、朝から授業で……も~、う寒くてつらい」

「な~に言ってるのよお、若者があ。寒くなんかないでしょう。私ぐらいの年になると寒さが身に染みるけど」

「萌さんこそ、何を言ってるんですか。ふくよかだから、寒さには強いはずじゃ……」

「こらっ! 夕希君。レディーに向かって、ふくよかとは失礼よ! 私が太ってるからって、寒さに強いとか、そういう意味に聞こえるわよっ!」

「そんなあ、深い意味はありませんっ!」


 萌さんの場合は、太っているのではなく、くびれているところはくびれている。と~~ってもメリハリのあるボディー。言うならばグラマーなのだが、それは口が裂けても言えない。寒くなってきたので、露出部分がめっきり減ってしまい、長袖、ロングパンツの上からでなければ、美しいボディーラインを見ることができなくなってきた。


「ねえ、今日すき焼き食べようって、みのりさんに持ち掛けられたんだけど、どうお、一緒にっ?」

「わあ~~、いいですね。すき焼き、食べたいです」

「日南ちゃんも一緒に食べましょうよっ!」

「食べたい、です。でも、食べに行くと高いでしょう?」


 と声が小さくなってきた。値段を気にしている。


「外で食べるわけじゃないのよお。ここで作るのっ! まあ、牛肉や野菜は買わなきゃいけないけどね。私たち二人じゃ盛り上がらないじゃない。ねっ、ねっ、食べよう~~!」

「すると、僕たちを入れて四人なんですね」

「そう、光さんと楓さんは夜勤だから」

「そうなんですか。六人そろったときじゃなくていいんですか? あの二人から、後で怒られませんか?」

「大丈夫よ。なかなか、六人全員揃うことはないから、今回はいる人たちでやってって」

「そうですか~~」


 四人ですき焼き、決めた!


「日南ちゃん、僕たちも参加しようよ!」

「わっ、そう来なくちゃ。日南ちゃんも参加でいいわねっ!」

「あっ、はい……私も参加で……お願いします」

「もう~~、二人とも~~~。一緒に食べられていいじゃない。近頃仲良くやってるみたいじゃない~~~、ねっ」


 仲良くやってるって、なんだよなあ。萌さんが言うと、いやらしいんだけど。


 あ~あ、日南ちゃんが赤くなってる。そうですよ、って言ってるみたいじゃないか。


「日南ちゃんって~~、可愛いんだからあ、もうっ!」

「へっ! そっ、そうですか。それほどでも……」


 両手をくっつけて、もじもじしている。


「さーて、それでは、決まり! 私とみのりさんで買い物をしておくわね」

「ありがとうございます。後で清算してくださいねっ、必ず」

「わかってるわよ」


 食事を終え僕と日南ちゃんは、一緒にシェアハウスを出た。


「さあ、出発」

「うん」


 自分のペースで歩くと、僕がどんどん前を行くことになるのだが、日南ちゃんはそんな僕に早足で追いつこうとしてくる。何やら、一緒に行きたいみたいだな。こちらは少しスピードを緩めた。


「一緒に行く?」


 すると、目を丸くして手を横に振る。


「あっ、そういうわけじゃなかったんだけどっ、なんか急いじゃった」

「まあ、同じところに行くんだから、一緒に歩こう」

「えへっ、いいの?」

「悪いことはしてない」

「マラソンの時以来一緒に走る癖がついた……」


 えっ、走ってたのかっ。


「頼りになりますね、夕希君は」


 へっ、頼りにしてるの日南ちゃん。


「そうでもないよ」

「す~ごい、しっかりしてる」

「それほどでもない……」


 いつの間にか頼られてしまっている。まあいいや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る