第86話 秋深まる②
亜里沙ちゃんがしみじみいう。
「日南ちゃんも参加してくれてよかった!」
「うん、真っすぐに帰ってって、これのことだったのね」
「夕希君に伝言しといた。それから……」
「あっ、メールもしてくれたんだ。帰りに気が付いて……慌てちゃった」
やっぱり、日南ちゃんらしい。素直に言うところも。
「さあ、いい火加減ねよ、二人とも。今年のお芋はどうかしらね。丸々と太って、おいしそうよ」
「う~ん、楽しみ~~」
亜里沙ちゃんは、待ちきれないとばかりに火のそばで手を差し出す。僕もつられて手を出す。ほんのりと指先から温まり、じんわり体の中まで温かくなる。日南ちゃんも日のそばへ寄り、次第に頬が赤らんでくる。
「日南ちゃん大活躍だったね、マラソン! 私、見直したよ~~」
「そうだよね、私が走るなんて、みんな驚くよね」
「そういうわけじゃなくて、勇気あるなあって、感心してたんだよ。香月さんやクラスのみんなも」
「恥ずかしいな、だって大したことなかった。ほとんどびりだったから、ただ参加しただけ」
「それがすごいんだって」
「ふうん、そんなものなの。運動してた子は、結果がはっきりわかっちゃうから出られないんだよね。だけど、私の場合、走るのさえ無理だって思われてたから、走りやすかった。」
「そういう考え方もあるんだな。確かに本気で勝負しようとして、今運動部で練習している連中に負けたら、落ち込みそうだ。そう考えると、向井君はどうしてマラソンに出場したんだろう。今は運動をしていないから、彼らとは確実にハンディがあるってわかっていながら」
亜里沙ちゃんが顎に手を当てて、答えを見つけようと火をにらむ。
「向井君かあ、今まで視界に入っていなかった人。同じクラスだったけど。大したものだわ、彼って」
「そう、大したもんだ。走っているときは、お互いライバルなのに助けてもらった」
「クラスメイトだし、これからも一緒だからね」
日南ちゃんも日を見つめながら囁いた。
「向井君は兄弟がいないって、言ってた。だから、友達は大切だって」
「兄弟がいるいないって問題じゃないよ。いてもいなくても、友達は友達だから」
「なんか、一生懸命明るくしてるけど、根は寂しそうな人……って感じだ」
「へえ、そんな風に見えたんだ、日南ちゃんには」
日南ちゃんはどことなく変わっていると思ったけど、人間に対する洞察力が鋭いのだ。彼女独特の感を持っていて、それが武器になり今までの人生を乗り切ってきたのかもしれない。
ふ~ん、誰にも気付かないことに気が付いていた日南ちゃん、今はどんなことに気が付いているのだろうか。
「向井君とは友達になれそうだね」
「うん……私でも……」
私でも、か。謙遜なのか、本心で言っているのかもこちらには読めない。日南ちゃんからは僕はどう見えているのだろうか。
「日南ちゃんから見た僕って?」
「夕希君は……夕希君でしょ。ありのまま」
「はあ、ありのままって、どんななの?」
答えまでが怪しげだ。
「それは……本人を前に言うのは結構難しいけど……」
やっぱり、はぐらかされた。
「夕希君は誰にでも優しくて、本当は誰のことが好きなのかよくわからない……」
「えっ……そんな風に見える」
「それは良いところでもあるけど……」
悪いところでもある、という言葉を飲み込んでいるのだ。
そうか、優柔不断に見えるんだな、この子には。好きな人は香月さん、のつもりでいたが、そうは見えないんだろうか。
「好きな人には、好きだって態度で示すよ、僕は!」
「それも当たってる、みたい……。心が真っすぐな人っていいよね」
それは僕のことだと思っていいのかな。大人になった時に、それは長所になるんだろうか。誰にでも自分の心の内が覗かれてしまうって、損じゃないかな。
「いろんな勘違いが、すっと溶けた気がするね」
「それは良かったよ」
本当に、元カノの親友。
いつまでも、人を色眼鏡で見るなよ!
「ああ、二人とも何をぐずぐず言ってるのお。いいじゃないのよ、こうやってサツマイモを見ながらこんがり焼けるのを待ってるんだから! 向井君ともこれから友達になればいいのよっ! さあ、そろそろ焼けたころよ!」
「あ……サツマイモ……焼けたかな?」
「そろそろだろうね」
おしゃべりをやめて、サツマイモを取り出すという共同作業を行う。火が消えて、余熱で蒸らされた芋はアルミホイルを開けると、外側がこんがり焦げて、いい香りがした。
「わあ~~、よく焼けてる! 美味しいよ~~~」
亜里沙ちゃんが感動の声を上げる。
「ほっこりしてて、甘いっ!」
日南ちゃんの声がいつになく大きくなった。こんな声も出るんだ。
「うんっ、畑のサツマイモ、最高っ!」
「うぐっ、お水っ! くっ、苦しい……」
「日南ちゃんあわてるな、大丈夫だ」
慌てて背中をたたく。本当に世話が焼けるな。当の本人は丸い目をくるくる回して胸をバンバンたたいた。
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