第80話 スポーツ大会①

 秋も次第に深まり、次第に肌寒ささえ感じられるようになってきた今日この頃。大学ではスポーツ大会が開催されることになっていた。


 フィールド内では大玉転がしや、パン食い競争、スプーンリレーなどのお楽しみ競技のほか、タイムを競うような真剣な競技なども同時に行われる。男女のマラソン大会も目玉の一つになっている。ここで活躍した学生は一躍注目される、長い間語り草になるらしい。


 日南ちゃんはマラソン大会に備えて、だいぶ前から秘密の訓練をしていた。結局ばれてしまったので、もう秘密ではなくなってしまったが、夜の練習は欠かさないようだ。体形のコンプレックスを克服しようと始めたトレーニングだったが、やり始めたらそんなことはすっかり忘れてしまい、今では気分転換と体力向上が主な目的になっていた。


 構内に貼られたポスターを前に訊いてみた。


「日南ちゃん、マラソン大会は……出るよね」

「出る……けど……」


 何か? いけないの、って表情をした。そんな意味合いはなかったのだが、ついそんな風にとらえてしまうのは、彼女の今までの癖だ。


 体型だって小柄なだけで太っているとは思えなかったが、以前男子学生から太っている、と言われ意地でもスリムになろうとしていたんだった。


「今までトレーニングを続けていたんだよね。じゃあ、出なきゃね。絶対に見に行くから」

「見られるの恥ずかしいけど……」

「結果なんてこだわらなくていいよ」

「そうだよね」


 彼女絶対にほかの人に見てほしいはずだ。日ごろの成果を発揮して馬鹿にした連中をぎゃふんといわせなきゃ。シェアハウスの同居人としては応援したいところだ。


「頑張れよ。絶対完走できるよ」

「できるかな……」

「距離は?」

「十キロもある……普段はそんなに走ってないの」

「いつもの練習では……どのくらい?」

「五キロぐらいかな……」

「少し距離を伸ばしてみたらどうかな」


 そういっては見たが、陸上のことなどあまり詳しくはない。


「運動サークルの連中が沢山出るのかな?」

「そうだと思う……テニスやバレーボールやバスケットボールや、色々なサークルの人たち。強そうだよね」


 やっぱり……急に心細そうになった。あまり目立つことをしたがらない彼女にとっては、相当の決心をして臨まなければならないのだろう。質問しない方がよかったかな。


「自分のペースで走ればいいよ。完走できるだけでもすごいんだから」

「そうだよね……」


 それでもかなり不安そうだ。ここまで来てやめてしまったら、今までの練習と彼女の意地が台無しになる。


「これって誰でも自由に参加できるの?」

「一応そうみたい。予選会はないし、初めて出る人は記録とか保持してないでしょ。自由参加よ」

「だったら……」


 日南ちゃんは、じ~~っとこちらを見ている。不安の極みといった、瞳で見つめてくる。


 この質問もまずかったかな。何か期待されているような予感……。


 一緒に出ない、って言われそうな予感。これは先回りして、矛先をかわそうかな。


「練習に付き合おうか。帰ってから家の周囲を走るの……」

「えええっ! 悪いよお……」


 と言いながら、かなり期待に満ちた目付き。後に引けなくなった。


「いいよ、そのぐらい付き合う。僕も一緒に走れば、運動になるだろ」

「わあああ~~~~、ありがとう」


 へえ、喜んでる。そうか、彼女一人でずっと練習してきたんだ。運動部にも入らないで。


「ペースメーカーになるよ」


 日南ちゃんと一緒だ、走れるだろう。と高をくくったのが間違いだった。練習を始めてみると彼女、かなり速く走れるようになっていたのだ。これはかなりの驚きだった。高校時代の姿を知っているこちらとしては、ものすごい努力をしてきたことが分かった。


 これなら馬鹿にしていた連中は、目を見張ること間違いないな。軽い気持ちで付き合い始めたのが、いつの間にか真剣になりこちらも全力で練習するようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る