第79話 楓さん大変身④
部屋を出ると外で待ち構えていた兵士たちを打倒し、出口へ向かってひた走る。
頑張れ主人公!
「あああ~~~、もう少しよっ!」
「あと少しで脱出できますよっ! 頑張れっ!」
こちらも真剣になってくる。主人公を思い切り応援したくなる。
身を隠しながらピストルを手に廊下を進む主人公。楓さんの手は汗びっしょりだ。お菓子を食べることも忘れている。
建物の外へ出た! すると、目の前には水路が……ここを通って外へ逃げるしかない!
すると、うまいことに……一艘の船があった。やっぱりお決まりだよなあ。ちゃんと船があるんだから、なんてことを考えていると目の前に兵士が現れた。
危機一髪! これに乗れないと終わってしまう。
「よしっ、あと少しよ。絶対にやっつけて!」
「そうですよっ、やっつけなきゃ」
彼は銃を構え素早い動きで戦いを挑んでくる敵をバッタバッタと倒した。
「やった~~! 強いわあ!」
「これで脱出できます」
船に乗り込みエンジンをかける。即座に動き出す。次の瞬間、ものすごいスピードで水路をぬうように進む。制限時間の一分が刻一刻と迫る!
急げ主人公!
おっ、川へ出た。ここは崖の上の要塞だったのだ。そびえたつ敵陣が小さくなる、と同時にものすごい爆発音が響き渡った。
要塞の上から炎が上がり飛び散った残骸が水の上にも落下する。
危ないっ。落下物はすぐ目の前にも落ち波しぶきを上げる。
そんな火の粉と落下物の合間を縫いぐんぐんボートは遠ざかっていく。
「よかったわあ、助かった~~!」
「大活躍で、かっこよかったですね。彼のファンなんですか?」
「大ファンよ。顔もスタイルもいいし、アクションも最高!」
「ほとんどスタントマンなしで演じてたみたいだし、すごかったですね」
映画鑑賞会は大盛り上がりだった。楓さんの応援と反応もオーバーアクション気味で、観ていて飽きない。
さて、と部屋へ戻ろうかな。と立ち上がる。
「今日はありがとう。これはお礼の印」
「えっ……」
楓さんも立ち上がり、僕の目の前に華麗なドレス姿を見せる。
手はもうつないでいなかったが、彼女の両腕がこちらの体に回される。
「今日の私って……どうだった?」
「楓さん、今日はすごく魅力的です」
「じゃ……」
彼女は回した腕に力を込めた。
筋肉質でいてスリムな体の感触が伝わる。ロマンチックな気持ちになり、僕も両腕を彼女の腰に回した。このままダンスができそうだ。ドレスアップしているし、踊るつもりなのかな。
「シャルウィダンス?」
彼女は僕の目をじっと見つめ返事を待っている。
「イェス」
体を寄せ合ったままだと、ワルツのようなダンスかな。こうなったら最後までデートに付き合おう。
「タラッ、タラッ、タラッ、タラ~~~~ッ。ラ、ラ、ラ、ラ、ラ~~~~~」
歌を歌っている。口紅で赤く塗られた口元が揺れている。手を差し出したので、ぎゅっとつかむ。体を離したかと思うと、くるりと回転してこちらの胸の中へ戻ってきた。回転するたびに、髪につけたウィッグが揺れる。まるで楓さんの髪の毛のように。
「タリララ~~~ン」
口元に髪の毛が触れる。うっとりした表情が僕の気持ちを高揚させる。
上機嫌だなあ。お酒を飲んでいないのに。
「ラララ~~~、ラララ~~~~ラ、ララ~~~ラ」
踊りが終わり、楓さんは立ち止まる。まだ余韻が冷めやらない。
「お嬢様、ほかにお望みは?」
「では、ここにキスを」
右手をこちらへ差し出す。手の平にキスをすると、ひざを曲げて会釈した。いつの間にかお姫様に早変わりしている。
「わあ、お姫様みたい~~~~!」
「ですね」
「もう、今日は、最高だったわ~~~~~! ひゃっほ~~~~!」
と言って、僕の頬に思い切りキスをしてきた。親愛の情かあ!
「このことは、誰にも言わないように」
「もちろんです」
「二人きりの……ヒ・ミ・ツ!」
「はい、わかってます」
「さて、もう着替えようかな」
「じゃ、僕も部屋へ戻ります」
なんだか謎めいたデートだったが、楓さんのナイト役も楽しかった。ドアをバタンと閉め、廊下に誰もいないことを確認してから部屋へ戻った。
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