第78話 楓さん大変身③

 映画はスパイアクション系だった。謎あり、冒険あり、アクションありと盛りだくさんな内容だ。


「うわあっほ~~~っ、そこよ、そこ~~~! やれ~~~~!」

「うわっ、怖いっ」


 車が一回転したり、バイクで塀をよじ登りながら渡ったりと、スリルいっぱい、ハラハラしっぱなしだ。ぎゅっと握りしめた手には汗が滲んでいる。


「ええ~~~っ、彼女も敵だったの~~~~っ!」

「こういうのよくあることですよ。美人だから油断させておいて、後でしっぺ返しが来る」

「美人って得ねえ」

「こういう映画には、美女がつきものなんです」


 ストーリーよりもアクションや、美女との心理戦の方に夢中になってきた。楓さんの方は、ドレスアップしていることも忘れ両手を握りしめて、バンバンとテーブルに打ち付けたり、両足をバタバタさせて床を踏み鳴らす。さしずめ、スポーツの応援をしているような様相だ。


「そんなに興奮しないでください!」

「これが興奮しないでいられるっ! 頑張れっ、そうよ、早く逃げて~~~!」

「大丈夫ですよ。映画ですから」

「だけどっ。あああ~~~、捕まるううっ。急いで。うわっ、今度は爆発した。ぎゃああ~~~」


 狭い路地を駆け抜けてバイクを操り、敵に包囲されると、そこらにある車で逃走する。宝の隠し場所だと思って開けてみると今度は爆発か!。手に汗握るとはこのことだ。


「このビデオ見たの初めてなんですか?」

「そうなの、だから、ストーリーは知らない」

「だけど、最後はたいていうまくいくんじゃないでしょうか」

「だったらいいけど」


 今度は建物に入った。ここで敵と対決するのか!


 思った通り、敵はモニターで彼の動きを監視している。敵の兵士に会うたび、バンバン倒す。腕力も並外れている。敵の兵士から武器を奪うと打ち合いになる。


「ああ~~~~、見つからないように、そっちじゃないのよっ!」

「おお、別の通路が見つかったようです。いよいよ、敵と対決かっ!」


 見張りの兵士を倒すと、大きな部屋への通路が開けられた。多分ここがボスの部屋だ。


 部屋の中にはボスがいるのか……と思いきや、声だけが聞こえてきた。この部屋までもがおとり……。


 敵は閉じ込めて彼を倒すつもりじゃ……。どうやって?


「あああ、逃げられないわあ! どうすればいいのお~~~」

「落ち着いてくださいっ、何か逃げる方法があるはずです」

「どうやって!」

「必ず見つけ出しますよ、主人公なんですから」


 と、僕はちょっと夢のないことを言う。そのぐらい楓さんはストーリー、というか主人公にのめりこんでいる。主人公とともに、運命を共にするような形相だ。


 握りしめていた手を、僕の膝の上に置いた。


「ああああ~~~っ!」


 楓さんの目頭には、涙が滲んでいる。


「どっ、どっ、どっ、どっ、どうなるの~~~~~っ!」

「僕がついてますから……」


 心配だから一緒に映画を観ようって誘ったのかなあ。


「楓さんだって、こういう場面に遭遇したことあるでしょう?」

「ここまでは、ないわよ~~~」

「少しはあるんですね」

「そりゃそうよ、酔っ払いに、チンピラに、ヤンキーに、いろ~~~んな人に絡まれてきたわよ」

「銀行強盗とかは?」

「それは……なかった」

「今後の参考になりますね」

「なっちゃ困るわ。あああ~~~っ、まだ脱出できないわっ! おしゃべりしてたから」


 そうじゃないと思うが……。僕はひざをガシッとつかまれた状態だ。最終的に主人公は脱出できるのだろうか。


 そこで犯人からの警告が言い渡された。


 なんだって! 


 時限爆弾が仕掛けられてるって! 


 タイムリミットはどのくらいか! 


 カチカチと時計の音が聞こえてくる。彼はその音のする方を見た!

 

 うわっ、部屋の隅の柵の中に固定されているじゃないか!


「逃げるしかないわっ!」

「早く逃げなきゃ! どこから逃げればいいんだ」

「し~~~っ!」


 話しかけてくるのは楓さんの方なのに、まったく……。時限爆弾を仕掛けてしまった犯人はどうするつもりなのか。ほかの場所から指示を出しているのか……。


「どこかに扉を開けるボタンがあるのでは……」

「どっ、どっ、どっ、どっ、どこにっ? 教えてっ!」

「床あるいは天井?」


 それじゃ、もしもの時に開けることができないなあ。手の届くところにあるはず……多分。


 主人公は窓ガラス、天井、床などへ発砲する。どこかに開けられる場所があると思ったのだ。次に壁をたたく。


 おっ、何かあったのか。彼の動きが止まった。ほんのわずかにくぼみがある。そこへコインを入れグイッとねじると隙間ができくるりと壁の一部が回転した。


 ボタンを押すと……。


 扉が開いた!


「やった~~~~! やった~~~っ!」

「これで助かる……」


 残り時間は……たったの一分! 急げ!


 僕と楓さんは、手を握り合って彼の脱出を祈っていた。

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