第77話 楓さん大変身②
「変身したところで、あのね……」
「なんですか、楓さん」
また何かお願い事があるのかな。
「まだ、帰らないでね」
「もちろん、いいですよ。時間はありますから。今日は休日ですし」
昼寝はできなくなりそうだが、まあいい。彼女のお願いだから、ここでのんびり過ごすことにしよう。
「もう少しここでゆ~~っくりしてね。おしゃべりでもして」
「お安い御用です」
「じゃ、今度はメイクするから待っててねっ!」
楓さんはドレッサーの方を向き、ファンデーションをパフで塗り始めた。するすると肌を表面を滑り、きめが整っていく。
お化粧をする姿を見るのは初めてなので、どんなふうにしているのか注意深く見守った。つぎにブラシを取り出し、頬を刷毛でなでると赤みがさした。顔の印象がずいぶん変わった。
ものすごい、かわいいじゃないか。こんなの、見せるなんて……。
次に、眉毛に細いブラシで色を載せ、目元もくっきりとペンシルで描く。すると、目元がはっきりして、瞳が魅力的になった。瞳の大きさまで変わったような気がする。
へえ、どんどん変わっていく。
後ろから鏡に映る楓さんの顔が見える。次は口紅を出し、くるりと唇を一蹴させると、さらに艶やかになった。
ほおお~~~っ、変われば変わるものだ。
しかも、似合っていて美しい。
「どうかしら、この顔?」
「すごい大変身です! シェアハウスの人たちが見たら、誰も楓さんだってわかりませんよ! どうですか、この姿をみんなに見せたら!」
「まあ、そのうちね。今日は練習だから」
「はいっ!」
「……で、私どうかな?」
「ものすごく綺麗で、可愛いです! それによく似合ってる」
彼女が期待したとおりの反応だろう。
「うわあ~~~~っほ~~~~っ!」
楓さんらしい反応。
彼女は、飛び上がって喜んでから、ソファに座り足を組む。目の前にすらりとした両足が投げ出されている。見えるか見えないかの微妙な位置で、スカートが脚の上に載っている。
「とても……大人っぽいですよ。これなら、合コンでも相手の男性を……」
だませますよ、と言いそうになって言葉を飲み込む。
「誘惑できますよ」
「そう……夕希君はどう思う、こういうの?」
「えっ」
っと、目が点になる。
「いつものきりっとして楓さんも魅力的ですが、こういう楓さんも新鮮でいいです」
「ふ~~ん、そう」
ぼくは、彼女が一つだけ年上だということを思い出した。大人っぽくドレスアップしているが、ほとんど同じ年なのだ。
「秋はこういう服装が似合う季節よね。ちょっと大人になってみたくなったの」
「そういうことって、誰にでもありますね。最近僕も秋だな~~~って実感しています」
「でしょう」
「だから……夕希君を誘ってみた」
「そ、そ、そ、そ、そういうことですか」
なんとも、驚いた。これはデートの誘いか。
「だけど、一緒に暮らしてると弟みたいな気持ちになりませんか?」
「そうね、それが悩みどころ」
秋になって楓さんも人恋しくなってきたんだろう。楓さんが脚を組みなおすたびに、スカートがひらひら揺れる。そのたびに目が太もものあたりに引き付けられる。
「楓さんの場合、普段の服装とのギャップが新鮮なんです」
「そっか~~~! それはいいわ」
「そうだ、時間があるんだったらビデオを見ようっ! いいわよねえ、時間があるんだから?」
「えっ……ビデオですか……それって……」
口ごもってしまった。アダルトビデオを一緒に見る中ではないだろうなあ。
「普通のビデオだから安心して、アクション系だけどね」
「いいですよ。それなら」
「わああ~~~っ、映画デートね!」
「はい、観ます。じゃ、僕お菓子を部屋から持ってきます」
「いいわよ、あるから。ちゃーんとドリンクとお菓子は用意してあるんだ!」
そして、秋の昼下がり、僕はドレスアップした楓さんの隣で映画鑑賞をすることになった。
なぜか、ふんわりとよい香りまでが隣から漂っていた。
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