第76話 楓さん大変身①

「オースッ、夕希君!」

「はい、楓さん」


 廊下で正面から出会い、声をかけられた。


 今日は休日、楓さんも休みなのだろう。時刻は一時を少し回ったあたり、秋の昼下がりだ。部屋で昼寝をしたくなるような、快適な気温と湿度。窓の外では、木の葉が色付き始めている。


 すれ違いざまに再び声をかけられた。


「あのねえ、夕希くんっ! ちょっと時間あるかなあ」


 昼寝は急遽変更か。


「大丈夫です。特に用事はありませんから」

「じゃあ、部屋へ来てくれる」

「部屋へ?」

「ダメ?」

「何をするんですか?」

「変なことするわけじゃないからさ」

「そんな心配してるわけじゃありませんっ! 行きますよ、もちろん。だけど投げ飛ばさないでくださいね」

「あははっ! それが心配なのね、大丈夫よ!」


 楓さんからも部屋に招かれた。抵抗感はないが。柔道の技をかけられる心配はあった。それ以外のことをされる可能性はないだろう、と部屋へ入る。


「どうぞ、入って!」

「お邪魔します」


 相変わらずビデオ鑑賞はしているのだろうか。テレビのそばにはDVDは置かれていない。


「私ねえ、イメチェンしようと思うの」

「へえ、どんなふうにですか?」

「これから思いっきり女っぽく、セクシーになろうと思う。秋だからさあ。もちろん仕事以外の時間でね」

「秋だから……イメチェンですか……」


 何か目的があってそんなことをしようとしているんだろうか。


「どうしてですか?」

「特に理由はないんだけどね……。まずは手始めに外見から変えようと思ってる。ちょっと着替えをしてくるから待ってて。最初に行っておくけど、驚かないでよ!」


 と言って、楓さんは洗面所へ消えていった。出てきた時には、なんと、なんと、濃いブルーのワンピースを身にまとっていた。


「ううぉ~~~っ、楓さん、本当に楓さんなんですかっ! ワンピースなんか来ちゃって!」

「もう、失礼ねえ。私よっ!」


 ひざから下が露出している。スカートの裾から出ているふくらはぎには、しっかり筋肉がついているが、足首はきゅっと細く引き締まっている。


 ほお~~、楓さんの足首綺麗なんだ……。


 今までスカート姿を見たことはほとんどなかったので、それだけでも驚きだったが、運動で鍛え上げられた彼女の足首は美しかった。


「イメージチェンジするには、歩き方も重要です。ちょっとポーズをとってみてください」

「こうかしら?」


 楓さんは、腰に手を当てポーズをとる。だが、これではせっかくのフェミニンなワンピースが台無しだ。


「ちょっと固いなあ。もっと体をしなやかにした方がいいです。その方が楓さんの魅力が引き立つし、ワンピースがふんわりして見えます」

「う~む、こうかしら? 普段こういう服を着たことがないからついつい固くなるのよね」


 普段は直立不動で、隙を見せないで動いているからだろう。指先までがピンと伸びている。


「指先は、伸ばさないで、力を抜いて柔らかい感じにした方がいいなあ」

「こうかなあ」

「そうです、こうして指を立てて」

「うわあ、こんな指を見たら上司がのけぞるよお!」

「いいんです、これで」


 僕は立ち上がり、楓さんの腕を引っ張ったり曲げたりしながら、ポーズを変えさせる。普段立っているときは直立不動の姿勢で働いている楓さんにとって、滑らかな動きをするのはかなり大変そうだ。


「こんな練習をして、パーティーでもあるんですか?」

「あるともいえるし、ないともいえる」

「なんですかそれは……」

「まあ、いいからっ!」

「それに、このワンピース目的があって買って来たんでしょう」

「えっと……特に目的は。そんなこと、夕希君は心配しなくていいのっ」


 お見合いにでも行くのかなあ。


「そうですよね、気分を変えたくなることもありますよ、女の子ですから。これおニューですね」

「わかる? 最近買ったばかりよ」

「いいですよ、これ。色とデザインが楓さんにぴったり!」

「わお~~~っ、いいこと言うねえ。嬉しい~~~!」


 普段の楓さんだ。

 

 滑らかな生地で、胸元Vに開いている。萌さんが普段切るようなセクシーさがある。そして胸元は、たくましく鍛えられた彼女の胸の膨らみが見える。筋肉の上に張りのあるバストがせり出した感じで胸元がはちきれんばかりだ。


「だいぶ動きが優雅になった?」

「まあ、いいかなあ」

「では、ちょっとダンスを」

「はい、こんな感じですか?」

「そう、そう、いいわね。リズム感あるう~~!」


 これは何のダンスなのだろうか。彼女が両手両足を適当に動かして踊っているので、僕も真似をしただけなのだが、彼女は鼻歌を歌いながら上機嫌で踊っている。


「そうだ、髪の毛もくっつけるんだわ!」


 突然止まって袋の中から、髪の毛の塊を取り出した。


「これをくっつけて、髪の毛をセットするのよ。ちょっと載せてみて」

「はい、こうかなあ」

「う~ん、もうちょっと後ろかな」

「これではどうか」

「そうね。そんな感じ!」


 ウィッグをつけるとロングヘアーに早変わりだ。これは大変身。全くの別人に見える。彼女の望み通り、大変身だ!


 鏡を見た楓さんは大喜びだ。


「わあ~~~~~っ! 変身だ~~~~~!」


 まるで、テレビに登場する「~~マン」の様に叫んでいる。セクシーレディーに変身した楓さんも楽しいなあ。

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