第74話 秋は人恋しくなる季節①

 タツヒコという嵐が去り、いつも通りの日々が戻ってきた。だが、僕はいつもの僕ではなくなっていた。もちろん外見が変わったわけでも、中身がそれほど変わったわけではない。体中にパワーがみなぎっているような不思議な気持ちになってきたのだ。


 ベッドから起きた時から気分が違う。朝の空気がさわやかだ。風も心地よく頬を撫でる。


 もの思う秋、読書の秋、食欲の秋。


 そして……人恋しくなる秋だ。


 何を思っているのか、笑われてしまいそうだが、僕は秋になるとセンチメンタルになる。何を見ても感情が揺さぶられるようになるのだ。ススキの穂が揺れている様子、真っ赤な夕焼け雲。暗くなった畑の間から聞こえてくる虫の声、すべてがノスタルジックだ。


 秋だなあ~~~。田んぼの稲が重みを増してくる。いいなあ~~~。もうすぐ柿や栗や蒲萄や梨、様々な実がなる。おいしいものもたくさん食べられるぞ~~~~!


 と、一人感慨に浸りながら歩く。


「ねえ、夕希君今日の授業一緒に出ましょう」

「いいよ。あれ、今日は服装が変わったね。そのスカートもよく似合うな~~」

「涼しくなってきたから変えたの。もう夏物じゃ寒いものね」

「いいなあ、素敵だよ。それに、風が気持ちがいいね」


 香月さんと会った時も、自然に誉め言葉が出る。以前ならどぎまぎしてなかなか言えないセリフだったなあ。


「秋になって夕希君の雰囲気が変わったわね」

「どんなふうに?」

「ちょっと大人びてきたみたい……それにさっきみたいなことは以前は言わなかったじゃない」

「ああ、そうかな。あんまりほめるとわざとらしいかなと思って言わなかったんだな。特に変わってはいないよ」


 彼女の視線が熱い。大人の魅力が出てきたのか、髪型が決まってるのか……。勝手に想像して、口元がほころぶ。


「何か想像してる?」

「いや、別に」

「いま、笑ってたような気がした」

「気のせい、気のせい」


 このままさらにいい雰囲気に持ち込めるかな。道の前にも後ろにも誰もいないことを確認する。


「ちょっと待って?」

「な~に?」

「背中に髪の毛がついてる」


 香月さんが立ち止まる。


「どこかな?」


 僕は後ろにぴったりくっつく。背中に手を触れる。


「これかな? あれ、違ったかなあ。ただのごみだったのかな?」

「何がついてるの?」

「取れた!」


 僕はそれを地面にぽい、っと投げ捨てるしぐさをする。


「何がついてたんだろう?」

「小さなごみ」


 振り向こうとしたので、そのまま背中から両腕を回した。両腕で挟まれたので、彼女は身動きができなくなった。でも、怒っている様子はない。


「あんまり背中が可愛いかったから……」

「えっ」


 香月さんは一瞬体を固くした。


「ちょっとだけ、このままで……ねっ」

「ああ……」


 そのまま二人とも沈黙した。香月さんが体の力を抜くのがわかった。逃げたりも、嫌がったりもしない。


 口元に彼女の髪の毛が絡みつく。風が吹くとそれがさらりと流れていく。秋の風のせいでこんなことをしたくなったのだ、と心の中で言い訳をする。涼しくなってきたから、ぬくもりが欲しいのだ! 肌が触れ合っている部分から体温が伝わってきて暖かくなる。


「あったかいなあ」

「私も、背中があったかいわ」


 さらに密着面を増やすため、体全体を彼女の背中にぴったりとつける。胸の下の方が彼女の背中に、僕のお腹の部分が彼女のヒップに当たる。太もももくっついている。上から見下ろす形で彼女の顔を見つめると、少しうつむいているので前髪が顔にかかっている。風が吹くと、髪の毛がさっと流れ彼女の顔が見える。彼女も秋になって大人びてきた。


「もう少しだけ……」

「あとちょっとね」


 誰かに見られたくない。同じサークルで付き合うのは難しい、というタツヒコの言葉が頭の中でぐるぐる回る。こんな時に現れるとは何だ、とは思ったが心に止めておいた。


 僕は両手を今度は彼女のお腹のあたりに移動させた。少しだけ力を込めてから両手を離した。じんわりとした感覚が体全体に溢れるのがわかった。少し距離を開けた位置でお互いを見つめる。


「つい、こんなことをしちゃった」

「驚いちゃったわあ」

「そうだよね、こんなところで」

「う~ん、場所が問題ではなくて……」

「親愛の情ってやつ」


 薄暗い畑の真ん中だ。農作業をしている人がいなくてよかった。自分の行動は理屈では説明がつかない。衝動的に手が伸びて、体が反応したのだ。


 もちろん好きだからなのだが、親愛の情なんて言葉であらわしてしまった。


「秋はいいよなあ」

「うん、私も好きよ。あっつ~~い夏があるから、秋がいいのよね」


 触れた時の肌の感触、秋はいいなあ!

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