第73話 高校時代の友人タツヒコが帰る

 部屋へ戻りタツヒコと今日一日のことを振り返る。


「お前は本当に女性にもてるよなあ」

「そんなことはない」


 ルックスがいいし、いつもにこやかで相手を警戒させない。


「これからもっと楽しく生活したかったら、さっきの忠告をよ~く守ることだ」

「ああ、相手の好みをよく観察すること。そして、何をしてほしいのか内面を察すること」「簡単そうだけど、難しいことなんだ」

「そうだよな。人の心って外面には表れない」

「ところがそんなことはないんだな」

「どうしてだ?」

「相手の方からどんな風に接してほしいか、サインを送っているからだ」

「へえ、そうだったのか。初めて聞いたぞ、そんなこと」

「そりゃ、現役高校生時代にもてる秘訣などほかのやつに教えることはない」

「なんだよ、俺がうまくいってなかったのに見て見ぬふりか?」

「ああ、結衣はお前とは相性が合わないから、黙ってみていた」

「そうかよっ」


 そういえば萌さんは、とてもうれしそうに僕たちを部屋へ入れてくれた。


「萌さんは、なかなか初めは僕には実態がつかめなかったが、やっぱりお前だと違うのかな」

「そうじゃない。夕希と彼女との関係がよかったから、すぐに部屋へ入れてくれたんだ」

「そっか、お世辞でもうれしいよ」

「本心だ。それにしても萌さんてチャーミングだぞ」

「すごいグラマーだよなあ。服を着ていてもわかるだろう」

「夕希はそこばっかり見てるのか。俺はちゃーんと彼女の笑った時のえくぼを見逃さなかった。それに、うれしいときに人差し指をちょっと頬に触れるんだ。彼女の癖なのかな。あのしぐさを見るのは、結構癖になった」

「そうかあっ! すごい観察眼! そういうところを観察して褒めることが大切なんだな」

「まあ、相手をよく見ているだけだよ。それは男女問わず大事なこと!」

「よ~し、明日から僕は変わるぞ~~~!」

「まあ、がんばれよ」


 ただ単に外見がいいのでもてるのだろうと思っていたが、ちゃんと理由があったようだ。いろいろな要素が絡み合って、タツヒコを引き立たせている。


 僕たちは夜中まで語り合い、いつの間にか疲れて横になりぐっすり眠っていた。


 

           🐓


 朝になり、二人で階下へ降りて行った。再び皆がそろっている。タツヒコ見たさで待ち構えていたのだろう。萌さんが真っ先に声を上げた。


「おはよう、タツヒコ君、それから夕希君!」

「おはようございます、皆さん。そろってお食事ですか?」

「そうなんですよ」


 全員が朝食時間にそろうなんて珍しい。まあ、彼は今日帰ることになっているからな。


「皆さんお揃いなので、もうご挨拶しておかなきゃな。お世話になりました。食事をしたらそろそろ帰ります」

「ええ~~~っ、もう帰るのお。折角来たんだから、あと一日ぐらいゆっくりしていけばいいのに」


 すると、楓さんまでが口をとがらせていう。


「そうよお、一人ぐらい増えたってどうってことないから、もう一泊したら。どうせ夏休みでしょう?」

「ありがとうございます。お言葉に甘えるわけにはいかないですよ」


 さすがのタツヒコもここで甘えるわけにはいかない。


「そうなの、じゃあ、気をつけて帰ってね」


 みのりさんがいう。


「さあ、朝食を食べてね」


 テーブルの上には目玉焼きにソーセージなどが盛られた一皿が置かれていた。これはみのりさんが作ったものだ。


「コーヒーを淹れるね。俺のコーヒーうまいよ」


 トーストを焼きながらいった。皆の分も用意する。丁寧にドリップしてコーヒーを淹れるといい香りが立ち上った。


「う~~ん、いい香り……優雅な朝食だな」

「だろ? みのりさんの料理は格別だからね」

「夕希君は、いつも褒めてくれて、本気にしちゃうわよ」

「本当ですから」


 これは、昨日タツヒコから伝授されたからでも何でもない。本心からだ。


 皆の熱い視線を受けながら、シェアハウスを後にした。駅まで送り、別れ際に一番気になっていたことを相談した。


「なあ、香月さんと僕はうまくいくかな?」

「そんなこと人に相談することじゃないだろう。自分の気持ちはどうなんだ?」

「付き合いたいけど……」

「ためらってるなら、やめておけ。それほどでもないってことだから」

「だって、お前恋愛の達人だろ?」

「俺は達人なんかじゃない」

「そうかよ~~?」

「同じサークルの中って難しい……人間関係が崩れないようにするのがね。だけど、素敵な人みたいだからもう少し接近するのもいいかもな」


 彼は僕の肩をたたき、ふっと笑った。


「そっか」

「じゃ、こっちへ来たら遊びに来いよ!」


 シェアハウスの面々をキュ~~ンとさせて、彼は風のように去っていった。


戻ってみると、まだ皆キッチンにそろっていた。


「夕希君、楽しかったわあ!」


 萌さんがいった。きっとみんな残念がっているのだろうな。


「あいつ、かっこいいからもてるんですよ」

「そうねえ。でも、夕希君のが素敵よ」


 みのりさんも言った。


「彼はゲストだから、みんなでおもてなしをしたのよ」

「えっ、そうですか……」

「確かにイケメンだったけどねえ」


 手を組んで夢見るような表情をした。


「やっぱり……」

「でも、夕希君の方がかっこいいわよ」


 みんな、先ほど以上の笑顔で僕のことを見ていた。僕はちょっと髪を後ろへ流し、ポーズをとった。


「コーヒーのお替りいかがですかっ!」

「わお~~っ、もう一杯! こんなおいしいコーヒーを淹れてくれるの夕希君以外にいないもんっ!」


 楓さんが勢いよくカップを差し出した。僕はちょっと顔を赤らめて、コーヒーを淹れ始めた。皆の視線を背中に感じながら、僕はスターになったような気持ちで、かっこよくコーヒーを淹れていた。

    

          ☕

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