第71話 高校時代の友人タツヒコが来る③
ランチがお開きになり、そろそろ部屋へ戻るころになった。
「今日は泊っていくのね?」
みのりさんがいう。
「はい、申し訳ありません。駅前のホテルじゃ、夕希とゆっくり話ができないので……」
「そりゃそうよ。気にしなくていいから、ゆっくりしてねえ」
「わあ、みのりさんは優しいなあ。最高の料理がいただけでもありがたいのに、感激ですっ!」
「まあ、うれしいことを言ってくれるのねえ~」
彼女が言われて一番うれしい言葉が、すっと出てくるなんて、透視能力があるのか。みのりさんはお皿を拭きながら頬を赤らめている。
「さ~~てっ、私はもう部屋へ戻ろっかなあ!」
楓さんが勢いよく立ち上がった。彼女にもすかさずタツヒコがいう。
「楓さんって、本当においしそうに食事をするんですねっ。食事をおいしそうに食べる人って素敵ですね」
「そんな嬉しそうに食べてた、私ったら。食い意地が張ってるだけよっ」
「すごいパワーを感じます。それに、無邪気な感じが、いいです」
「わはははは……。楽しい人っ!」
お腹を抱えて笑い出したが、ものすごくうれしそうだ。タツヒコも投げ飛ばされればいいのにな。
「そうなんだ。すごいパワーがあるんだ、楓さんは。いつかなんか、彼女に投げ飛ばされて……」
「お~~~っと~~~っ! そんなことがあったかしら、気のせいよ、夕希君!」
それを聞きタツヒコがいう。
「へえ、すごいなあ。僕も投げ飛ばされたいなあ」
「まったく、それは嘘だってばあっ!」
「そうですよね、こんな素敵な女性が夕希を投げ飛ばすなんて、あるはずがないですよね」
「まあ、ねえ。錯覚よ、錯覚……」
どれだけ褒めれば気が済むんだ。だんだん、呆れてきた。
「そろそろ部屋へ戻ろう、タツヒコ」
「ああ、そうだな。その前に紅茶をいっぱいいただいてもいいかな~~。部屋で温かいのを飲みたいなあ」
図々しさがエスカレートしてきた。
「あ~ら、私が持って行ってあげるわよ。部屋でくつろいでて~~」
「そんな悪いですよ、萌さ~ん」
と言いながらウィンクしている。
「遠慮しなくていいのよ~~っ!」
「じゃ、お言葉に甘えさせていただきます。それじゃ部屋へ行こう、夕希」
「おお。じゃ、すいません、萌さん……」
「まあ、いいから夕希君」
僕たちは女性たちの熱い視線に見送られてキッチンを後にしようとした……。すると、背後でみのりさんの声がした。
「朝ごはんもここで食べてね、タツヒコ君!」
「わあ~~、みのりさん、よろしくっ!」
振り返って見たみのりさんの顔はバラ色に輝いていた。
部屋へ案内する途中で、どこの部屋に誰がいるのかと聞かれた。一応教えてあげたが、夜中に忍び込まないように注意はしておいた。
「夜中に忍び込むようなことはしない。大丈夫だ」
「ホント、それだけはやめろよな。出入り禁止になるからな。さあ、一番端のこの部屋だ、入れよ」
「ふ~ん、部屋は普通だな。ベッドに机、クロゼット。日南ちゃんがいってたように、学生寮みたいだ。さて、座ろう」
「ふう~~、見ていてドキドキしたぞ~~。いつものことながら、女性に声をかけるのがうまい、というか早い」
「そりゃあな、女性だけの家だから当然だ。お前の方が鈍すぎる。ああいう場では、瞬時に何を言ったら一番喜ばれるのかを察知し、言ってあげる。それが男としてのマナーだ」
「そうかよ。俺はマナーがなくて悪かったな」
「そうはいってない。俺を見習えば、これからこの生活が十倍、いや二十倍楽しくなる」
「どういうことだ」
「それは……俺が伝授してあげる」
タツヒコはそれから延々話し始めた。途中で紅茶が届いたが、萌さんの瞳は心なしか潤んでいた。
「それで、俺の話はわかったかな?」
「ああ、明日から急に態度が変わったら、みんなあわてると思うから、徐々に実践してみるよ」
「それがいい。まず手始めに萌さんの部屋へ行こう!」
「えっ、部屋には忍び込まない約束だろっ!」
「忍び込むなんて言ってない。堂々とノックしてはいればいい」
「ええ~~っ、初対面のお前を部屋に入れるかよ」
「まあ、見てろ」
廊下を歩き萌さんの部屋をノックする。すると、は~い、と声がしてドアが開いた。
「まあ、タツヒコ君と夕希君、どうしたの?」
「ちょっと萌さんと話がしたくなって……ダメですよね……すいません」
「そうねえ、二人だけじゃちょっと……」
「ですよね。だから、僕たち二人一緒に来ました」
タツヒコは舌を出し、唇を軽く舐めるしぐさをする。すると、首を傾げちょっとだけ考えるしぐさをした。
「何もしませんよ、僕は。紳士ですから」
「それは分かってるわ。二人一緒なら、いいかな。どうぞ」
「わあ、感激! お邪魔します。綺麗な部屋ですねえ。殺風景な夕希の部屋とは大違い」
ったく悪かったなあ。でも、こいつが来たら萌さんのハードルが下がった。
「さあ、座って」
「お言葉に甘えて。わっ、座り心地がいい~~」
「でしょう? 私のお気に入りのソファなのよお」
「萌さん、本当に服装のセンスがいいですね。また別の服に着替えたのですね。それも、とってもよく似合っています」
あっ、紅茶を運んで来た時にも着ていたのはルームウェアで、これはパジャマ。寝るときの服装に着替えている。それなのに、部屋に入れてくれたのか。
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