第69話 高校時代の友人タツヒコが来る①
八月が終わりに近づいてきた。そろそろ新学期が始まるな、と気持ちを切り替える準備をしていた矢先のことだ。最近連絡がなかった高校時代の友人タツヒコから電話が来た。
「お~い、夕希! 久しぶりだなあ。元気でやってるか?」
「まあまあ、だよ」
急性胃潰瘍で入院したことはメールで伝えていた。
「今度そっちへ遊びに行ってもいいか? 新学期が始まる前にさ」
「まあ、いいけど。バイトしてるんで、休みの日にね」
「もちろんそうするよ。シェアハウスの生活ってどうだ?」
「どうって、まあぼちぼちやってるよ」
「本当か?」
「本当だよ。特に変わったことはない」
「そうかよ~~」
完全に疑っている。シェアハウスの生活が夢のようだと勘ぐっている。
日程をチェックして、八月中に来ることになった。
彼がここへやってくる日が来た。
驚くだろうな。この女性だけの暮らし。絶対に羨ましがられるだろう。
時間をかけてくるので、ここで一泊してもいいと提案した。すると、二つ返事で泊まりたいといった。
高校の頃のタツヒコは、もてまくっていた。気になった女子に声をかけては、すぐにデートする。うまくいかないと分かると、スマートに別れててしまう。それでいて、女子からは決して嫌がられない。自分とは全く違っていたが、そんな彼となぜか気が合った。こちらはようやく付き合った結衣には振られてしまい、それを知った彼は苦笑いしていた。彼が言うには、それでよかったのだ、お互いのためには別れるのが一番ということだった。
彼がもてているのを見ても、なぜか嫉妬心は起こらなかった。本当にサービス精神が旺盛というか、女性に優しいのだ。人にやさしい人柄が、彼を憎めない存在にしていた。そんな彼だが、目下のところは彼女がいないらしい。
人の気持ちを見抜く才能が並外れている、と僕は称賛のまなざしで見ていた。
改札口の向こうに彼の姿が見えた。にこやかに手を振っている。
「やあ、こっちだ!」
「オッス! ありがとう、迎えに来てくれて」
「一人で歩いてると心細くなるから、気にしないで」
手には大きな紙袋を下げている。部屋のみんなへのお土産だな。気を遣ってるんだな。
「シェアハウスかあ。興味あるなあ」
「まあ、学生寮の社会人版ってところかな。学生が僕を含めて二人いるけど」
「日南ちゃんか。元カノ結衣の親友……やりにくかっただろ、あの娘」
「初めはね、先入観を持ってたから……でもいまはそうでもない。話をしているうちに、噂とは違うと分かってきたみたいで」
「ふ~ん、ほかの人たちは今日は仕事なのか?」
「みんな休みのようだ。だって今日は土曜日だろ」
「そうだった。夏休みで曜日の感覚がなくなってた」
途中の道のりは、僕たちの地元よりも田舎なので周囲の畑を眺めながら歩く。
「いいところだな」
「そうだろ、住めば都だよ」
竹藪を抜けてさらに歩く。
「ずいぶん歩くんだなあ。に十分ぐらい歩いた」
「さあ、ここだよ、着いた!」
「のどかなところだ……」
「その分家賃が安いからね。しかもシェアハウスだし。さあ入って!」
ドアを開けて玄関からキッチンの気配を感じ取る。誰かいるようだ!
タツヒコの女性センサーが作動するぞ!
「ただいま!」
「あら、夕希君」
後ろからタツヒコが付いてくる。彼の目がきらりと光る。
なんと、キッチンには四人が揃っている。光さんはルーズなルームウェアを着ているし、萌さんは胸元が空いたブラウスにパンツ、みのりさんはキュロットにTシャツ、楓さんは……短パンにTシャツだ!
「こちら高校時代の友人のタツヒコです。遊びに来ました」
「お邪魔します。これ皆さんでどうぞ」
先ほどの紙袋をみのりさんに手渡す。瞬時に役どころを察知するところが鋭い。みのりさんだけがエプロンをつけているのだ。土曜日の午前中のゆったりした時間帯、今日はみな思い思いの休日を過ごすのだろう。
「みんな休みだったんですね」
「そうなのよお、ちょうどよかったわね~~、タツヒコく~~ん」
みのりさんがいう。
「一緒に昼食を食べましょうよ~~。私が用意するわよ」
タツヒコはにこやかにみのりさんに微笑む。
「わあ、うれしいなあ。ありがとうございます」
図々しいぞ、タツヒコ。でも彼が言うと自然に聞こえる。
「日南ちゃんも今日はいたみたいだから、声をかけるわね~~」
「ぜひ、お願いしますっ! 僕たち同級生なので、久しぶりに会いたいなあ」
今日のランチはにぎやかになりそうだ。
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