第66話  光さんのデートを目撃①

 その日はバイトもなく家でのんびりと過ごしていた。夏の真っ盛り、仕事へ行く同居人たちとキッチンで会うと、何となく申し訳なくなる。


「いいわね、学生は……」


 と羨望のまなざしで見られる。


「そんなことはないですよ。僕も最近はバイトがあるし、勉強も一応はやってますから……」

「そうかしら……。今のうちよ~、いろんなことができるのは。時間を大切にね」

「はい」


 光さんが心配してくれるのがうれしい。


「お腹の方は、元気なようね。それだけ食べられれば大丈夫」

「はい、暑さに負けず、モリモリ食べてます」

「ところで、光さん。花島先生とは、その後どうですか?」

「もう、またその話? 何でもないわよお」

「そうなんですか。ドライブにも行ったのに、進展はないんですか?」

「ないわよ! さあ、仕事に行ってくるわねっ!」

「今日も当直ですか?」

「いいえ、夕方で終わりよ」

「そうですか。行ってらっしゃい!」

「じゃあ、ね」


 本当に進展はないのかな、気になる。


 今日は部屋の掃除をしたり、勉強をしたりして過ごした。パソコンに向かって長時間座っていると目が疲れてきたので、外へ散歩へ出かけた。夏の日差しは強く、直射日光が眩しい。


 強い日光を頭上に浴びて、自転車を走らせる。駅までの道も自転車ならば楽だ。買い物をしたり、エアコンの効いた店などに入り時間を潰す。カフェや書店などは絶好の避難場所だ。カフェに入り、軽い昼食とアイスコーヒーをテーブルに置き、スマホの画面を見た。


 香月さんからは何度かメールが来て、近況を伝えてきた。研究の方は順調に進んでいるらしい。今日も大学に行っているということだ。


 そうだ、電話してみよう!


「香月さん、今大学にいるんだね」

「そうなの、調べ物をしていて」

「僕も駅前のカフェに来てるんだけど、そっちへ行くね」

「わかったわ。まだ当分いるから」


 ということで、カフェで昼食を済ませてから大学へ行った。大学の図書館にはまばらだったが学生の姿があった。調べごとをしに来ている学生もいるのだ。


「こんにちはっ、香月さん!」


 パソコンのキーボードを、軽やかな指さばきで操っている香月さんの後ろへ回りこみ、名前を呼んだ。


「わ~~っ! びっくりした~。急に声をかけないでよ~~」

「ごめん、ごめん」


 熱中してたので、驚かさないように近づいたつもりがかえって驚かせてしまった。動きをぴたりと止めた。


 目を大きく見開いて、微笑んだ。いつもよりちょっと日焼けした肌も健康的で綺麗だ。


「元気だった?」

「まあまあ、さっきは食事するところだったんだ。食べてから来た」

「そうなの~。私もサンドウィッチを持ってきて食べたところ。休み中は食堂が閉店してるから、寂しいわね」

「開店していたら皆食事しに来ちゃうよ」

「その通り!」

「僕もその一人になっちゃう」

「うふふ……」


 再び、パソコンのキーボードを動かす。


「順調に進んでいるようだね」

「まあまあ、かな。作家の私生活ってわからないことが多いから、まだまだね」

「そこを掘り出すのが、研究なんだよな」

「現代では、プライバシーどころか素性を全く明かさない作家もいるわね」

「その通り!」


 キーボードに向かう香月さんの横顔も、きりっとしていて涼やかでチャーミングだ。ここもエアコンが利いているから爽やかでいい。


 一緒に調べ物をしたり、周囲の人の迷惑にならないよう小声でおしゃべりをしたりしてしばらく過ごした。


 そのうち日が傾いてきて、ソファに座り込み小一時間眠ってしまった。その間も香月さんはパソコンに向き合っていたようだ。


「気持ちよさそうに、寝てたわね~~。声かけられなかったわ」

「あれっ、こんなに寝てたんだ」

「時間も忘れて眠り込んでたのね」

「わあ~~、しょうがないもんだなあ」


 いつの間にか閉館になってしまい、図書館を後にした。


 その日の帰りのことだった。自転車で夕暮れの街をシェアハウスへ向かっていた途中、竹藪の横に泊まる一台の車があった。


 どこかで見たことがあるような車。どこで見たんだろう。頭の中の記憶を呼び起こす。


 そうか、見覚えのあるドライバー。あの車は病院に泊まっていたもの。


 そして、隣に座る女性は……光さんだ!


 ということは、ドライバーは入院した時の僕の主治医、光さんの彼氏と思しき花島先生だ!


 やっぱりあの二人デートしてるんだ。付き合ってるじゃないか! 二人で否定しておいて、なんてことだ。別に自分が起こることではなかったが、急に何をしてるのか興味がわき、自転車を脇へ泊めて中の様子をうかがった。辺りは、暗くなっているので僕の姿はもう見えないだろう。


 車の中の二人は……座席がこれでもかというほど、思い切りリクライニングにしている。すると、花島先生の片手が彼女の体に覆いかぶさるように伸びる。


 えっ、見てはいけなかったか……と思い後ずさった。だが、それ以上迫ることはなく、手を離し元の姿勢に戻り二人で寝転がった。


 これ以上見ていないで、帰った方がいいだろうか。と自転車に乗ってもすぐ横を通らなければならないので、見つかってしまうだろう。まずい……。


 行きつ戻りつしていると、急に二人は起き上がり、ぴったりと顔を寄せ合った。


 うわあああ~~~っ、これもまずい! 


 キスしてるんじゃないだろうか……。


 暗闇の中で立っている自分もなんだかおかしい。ここで挨拶なんかしたら、もっとおかしい! どうしたらいいんだ! 引き返そうか~~~!

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