第64話 香月さんと会う②
久しぶりに「柿の木」に来てピザを食べる。マルゲリータと、キノコとサラミのピザの二種類を注文したが、どちらも美味だ。一切れ指でつまみ、急いで中心部分の溶けたチーズを口の中に押し込む。外側が香ばしく焼け、中心部分はとろりと溶けたチーズの香りが混ざり合い、口いっぱいに広がる。香月さんも一切れつまみながら、中心からこぼれそうになったチーズを、上を向いて急いで口に入れる。
「ふう、熱々でおいし~い。チーズがとろける~~!」
「うん、おいしいっ! サラミとキノコがおいしいな!」
「マルゲリータもいい味よ~!」
僕は指についたソースをぺろりと舐める。酸味のあるトマトソースがチーズの油分を中和する。香月さんの方は手についたチーズを紙ナプキンでふき取っている。
「ピザを食べるときは、手につくのを気にしなくていいよ。気にしてると大胆に食べられないからさ」
「そうお。気にしないことにする」
手掴みで同じ皿から食べていると、親しさが増すような気がする。パリッとした生地も歯ごたえがよく、噛んだ時の感触がよい。
「家では食べられない味!」
「そう、そう。このお店、生地から作っているから違うよね」
生地をこねて、石窯で焼いているようなのだ。高温で焼くから、外はかりっとして中はしっとり焼きあがる。
ピザの味を堪能したあと、香月さんがいった。
「休みは時間が自由に使えていいけど、大学へ行っているときの方がみんなに会えて楽しいな」
「そうだよね、僕もそうだと思う。普段は時間に追われて毎日を過ごしてるけど、それがまったくなくなると無性に懐かしくなる。でももうすぐまたそんな生活が始まるね」
「あと一か月ぐらいあるわよ」
「そうだっ! 研究の方も一人でやってるといき詰まることもあるから、時々会って情報交換をしよう!」
「それがいいかもね!」
これで会う口実ができたし、連絡しても何ら不自然ではなくなる。
「実家の方はどうだったの?」
「うん、みんな元気だった。高校生の妹が将来の進路でだいぶ悩んでた。進学しようか就職しようかって。大学へ行ってもその先が心配だから、就職先があったらもう働こうかな、なんて言ってた」
「そっか、それも一理あるよね。僕も卒業したらどうするか、今から考えとかなきゃな……。まだ、何も具体的なことは考えてない」
「二人とも家を出ると大変だし、進学するとしても家から通えるところしかないって言ってる」
「そういう条件もあるんだよね」
「親は、二人ともいなくなっちゃうと寂しいのかもね……」
「そうだよね、かわいい娘が二人とも出ていったら確かに寂しくなる。卒業後のことってまだ考えたことなかったな」
「私もよ。好きなことをして暮らしていけたらいいけど、なかなかうまく見つからない」
「それが最高なんだけどね」
「う~ん」
唸ってしまった。
「さあ、今はおいしいものを食べて再開を祝いましょう」
「そうだね!」
やっぱり目の前に香月さんがいる、ってことで気分は上々だ。
ものすごくまじめな顔をしていたと思うと、フッと無邪気に笑うところがなんとも言えず魅力的だ。ドリンクを飲むときのストローを加えた口元も可愛い。ストローの周りに唇の模様ができたように見える。ストローに花が咲いている。
「さて、そろそろ帰る時間かなあ……」
「うん、今日は久しぶりに会えたし、お土産ももらった。これ、ありがとう」
外へ出ると暗くなっていた。暗い中で帰宅するのは心細いだろうなと、ふと僕はこういった。
「帰ったらゆっくり食べて」
「うん。えっと……家まで送っていくけど……真っ暗だから」
「本当、ずいぶん暗くなってるね。じゃ~~、送ってもらおうかなっ!」
うわっ、僕の提案を受け入れてくれた!
さて、家まで送るぞ~~!
暗い道を二人で歩くのは、怖いようなワクワクするような不思議な気分だ。夏の湿った空気の中を漂うように駅までの道を行く。この辺りはまだ人家があり、街灯があるから危なくはない。
駅を通り過ぎさらに歩く。
だんだん人家が少なくなっていく。僕の家の周囲と似た風景に変わる。
「周りは……やっぱり畑だ!」
「そうなのよ。ちょっと歩くと田んぼや畑になる。夜は歩いて帰るのはちょっと怖いわね」
だんだん歩みが早くなる。誰かがいるような気がして後ろを振り返るが、誰もいなかった。夏の夜っていうのは、誰もいなくても人のいるような、誰かに見られているような気配がする。
「きゃっ!」
「どうしたのっ!」
「竹藪の中で目が光ってるっ!」
「どこ、どこ!」
畑のわきの竹藪を指さす。恐怖より好奇心の方が勝り、じっと目を凝らす。
「狸かなんかがいるんじゃないの?」
「こんなところに、狸がいるかしら?」
「じゃ、キツネ」
「それもいないと思うけど……確かに目が光ってた。何かがいるのよ!」
香月さんがあまり怖がるものだから、手を差し出した。すると彼女はぎゅっと握ってぶるぶる震えながら後ろをついてきた。
おお、とうとう手を握った!
彼女の手は柔らかくあったかい。喜んでその手をつかんでいたが、汗がにじんでいるしぶるぶる震えているしで、ロマンチックな気分を味わうどころじゃない。
畑の中の道を手を握りながら、時折早足になったり疲れると休みながら歩き、いつの間にか彼女の家の前に着いた。
「ここが我が家なの」
「へえ、いい家だね」
「一階に二部屋と二階に二部屋。家はこじんまりしていてるの。送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。それじゃ」
「あの……」
繋いだ手を香月さんがじ~~っと見ている。
「あっ、手をつないだままだった、またいつでも連絡して!」
「うん、それじゃ」
ようやく握っていた手を離し、香月さんが階段を上り切るまで見送った。
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