第63話 香月さんと会う①
夏真っ盛りで、僕はだらけた生活をしないように心がけることを目標に毎日を過ごしていた。バイトを始めたのが規則正しい生活をするのに一役買っていた。多少時刻が早まったり遅くなったりすることはあったが、収入になるのが大きな励みになった。
バイトで品出しをしているときに、スマホが震えた。
画面を見ると香月さんからだ。お見舞いに来てくれた時以来だ。
「今忙しい?」
香月さんの声を聴くと、スマホ越しでも懐かしさがこみあげてくる。
「そうでもないけど……実は今バイト中。駅前のスーパーでやってるところ」
「退院してから、バイト始めたんだったね。後でかけなおした方がいいかな?」
「いや、ちょっとなら大丈夫」
「そう? 友達とちょっと遊びに行ってきたの」
「へえ、どこへ?」
「実家へ行ってから、高校の友達と大阪のテーマパークへ行ったの。初めて行ったわけじゃないけど、楽しかったわ。お土産買ってきたから渡すね」
「わっ、ありがとう。今日のバイト終わりは……五時だ」
「そう。じゃ、そのあとはどう?」
「ちょうどいい。喫茶店かどこかで待ってる?」
「うん、柿木にいるね」
旧い街並みにある隠れ家的な喫茶店「柿木」は、香月さんと歩いていて見つけた店だ。
電話を切ってからは、香月さんとの待ち合わせの時刻が気になり、午後の仕事は上の空になっていた。まあ、体を動かすのがメインの仕事だったので、それ程支障はなかったが、時折ぼんやりしてしまい、リーダーにぼうっとしてるね、と注意される場面もあったが。
仕事が終わり、急いで「柿木」へ駆けつけた。バイトの指定の服装である、ブラックジーンズに白シャツだが、それは仕方がない。着替えている時間はない。
ドアを開けると、からんと心地よい音が室内に鳴り響く。
香月さんが振り向き、こちらだと合図した。
涼しげなTシャツにスカート、足元はサンダルを履きだ。
「毎日暑いねえ。バイトお疲れさま。こう暑いと大変でしょう」
「まあ、でも店の仲はクーラーが利いてるから涼しい」
「そうね。いいバイトを見つけたわね」
「そう、僕にはうってつけ、適度に体を動かせる」
「夏の研究の方はどう?」
「一人作家を選び、夏休み明けにレポートを出すという課題」
「そう。何人か候補を挙げていろいろ調べてたんだけど、やっと一人に絞り込めた」
香月さんはノートパソコンを取り出し、表示した画面をこちらへ向けた。
「ここまで調べてるんだ。それに資料もずいぶんたくさんできてる」
「経歴を調べて列挙するだけじゃ、研究にならないから、その時代にどういう背景でどの作品ができたのかって、関連つけてみてる。できる限りプライベートなことも探ってね」
「僕はもっぱら、ネットと本で調べてた。大学の図書館が定期的に空いてて助かる」
香月さんは、パソコンを開いたままバッグの中から箱を取り出した。
「行ってきました、大阪へ!」
「わあ、お土産、ありがとう!」
「どうだった、テーマパークは?」
「思っていたよりも人が多くて、待ち時間が長くて大変だったけど、楽しかった。ゲーム感覚で楽しめるアトラクションがあったり、映画の世界を体験できたり、ショーもあって盛りだくさん。一日じゃ、とても全部見らきれないぐらい」
「そっか、僕は言ったことがないんだ。今度案内してよ、大阪へ行ったこともないんだ」
「あら、そうだったの。まだまだ見たいところもあるから、一緒に行こう!」
その一言で、疲れた体に活力がよみがえってくる!
「絶対一緒に行こう!」
「はい、そんなに強調しなくても行けるわよ。実家にも久しぶりに帰ってきて、みんなに会ってきた。両親も親元を離れてちゃんとれてるのかって、しょっちゅうメールをよこしたんけど、顔を見て安心したみたい。食べるものも食べないで、やせてたらどうしようかと思ったって。オーバーでしょう?」
「香月さんでもそうなんだ。僕も超心配されてる。今回入院したことでますます信用を無くしたみたい」
「ちゃんとバイトもしてるよって、連絡したでしょ?」
「うん、何なら元気な顔を写真に撮るよ」
「じゃ、そうしてもらおうかな」
僕は喫茶店で写真を撮ってもらい、実家の母親へ送った。すると、すぐに元気そうでよかったという返事が来た。
「さて、今日は夕希君の全快祝いってことで、好きなものを食べよう!」
「わっ、うれしいなあ。といってもメニューは、パスタかピザ」
「どっちでもいいわよ。さあ、久しぶりに食べよう!」
二人で顔を突き合わせてメニューを見た。顔が近くて、ドギマギするくらい。エアコンの風がちょうどよい具合に吹いている。
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