第62話 夏を味わう①

 夏真っ盛り、畑ではトマトやキュウリ、茄子などが実り、トウモロコシの実が大きくなってきた。外へ出るたびに気になって、チェックしていた。


「夕希君、今日は収穫するから畑に来る?」


 亜里沙ちゃんが声をかけてくれた。日南ちゃんにも声をかけたのだろう、と準備をして外へ出ると、畑にいたのは亜里沙ちゃんと大家の吉田さんだけだった。


「日南ちゃんも誘ったんだけど、友達と図書館で待ち合わせがあるって、学校へ行ったの」

「そっか、じゃ二人分収穫するよ」


 吉田さんは孫に会ったような懐かしそうな声で言った。


「あらまあ、元気になった?」


 退院して以来だった。


「はい、もうだいぶ良くなりました。この通り」


 僕は万歳の姿勢を取り、ジャンプして見せた。亜里沙ちゃんが眩しそうに笑っている。太陽の日差しを浴びて、笑顔が輝いている。庭の一角にはひまわりの花が咲いているが、彼女はそのひまわりの花によく似ている。


「あんまり張り切りすぎて、倒れないでね!」

「病人扱いしないでくれよ。もうこの通りぴんぴんしてるんだからさ」


 吉田さんがもぎ方のコツを教えてくれる。


「ひげが黒いものが完熟しているの。根元をぽきっと、傾けて折ってね」

「はい、収穫するの初めてなので、折るときは聞きます。熟してないともったいないから」

「そうね、そうして頂戴」


 僕は二人について畑に入る。家庭菜園として作物を作っているので、数種類を少しずつ栽培している。トウモロコシの畝に入ると、木が自分の背丈ほどに育ち緑色の葉が広がっている。太陽の光を浴びて、すくすくと成長している。


「こういうのが熟してるのよ。採ってみるね」


 吉田さんはぐいっと実の部分をつかみくいっとひねる。皮をむくと、クリーム色に輝く実が現れた。


「おいしそう……」

「よくできてるわね、おばあちゃん」

「さあ、二人もやってみて!」

「はいっ!」


 畝の間を歩き、実の状態を見る。ひげの色だけが頼りだ。触ってみたときの身の付き具合も参考にする。


「これ、どうですか?」

「いいわよ、折ってみて」


 収穫して、皮をむくと黄色く熟した実が出てきた。ほ~~っ、おいしそう。


「私も見つける! これはどうかな、おばあちゃん?」

「それは、まだ熟してないよ。その向こうのが、熟してるから採ってみな」

「これねっ!」


 亜里沙ちゃんも両手でグイッと実をもぎる。皮をむくと、先ほどよりも大きく熟した実が現れた。びっしりと等間隔に行儀よく並んでいる。


「すごい、たくさん実がついてる」

「こっちのが多いわね。ほら」


 彼女は、片手で高く掲げてから僕のすぐ横へ来た。並べてみると、実の数が格段に多い。


 畑をぐるりと一周し、熟した実を二十個余り収穫した。


「ずいぶんたくさん採れたわねえ。こんなにたくさん、三人じゃ食べきれないよ」

「そうね、みんなにも分けましょうね」

「ぜったい喜ぶよ、みんな」


 僕も感激していった。そのつもりで沢山採ってくれたんだ。


 吉田さんは採れたてをバーベキューセットの上に並べ焼いてくれた。香ばしい香りがあたり一面に漂う。冷たい麦茶をコップに注ぎ縁側に座る。そこだけが日陰になっているので、いくらか涼しい。いい具合に風鈴の音も聞こえてくる。


「夏だなあ~~~!」

「本当、おばあちゃんのトウモロコシを食べると、夏って気がする」


 表面がこんがり焼けたトウモロコシと醤油の香りが口いっぱいに広がる。噛むと、甘い果汁がじゅわっと歯に絡みつく。いいなあ、この感触。


「まさに、夏を味わってる、って気がする。実家ではこんなことはできない」

「そっか、都会育ちだもんね」

「いや、決して都会ではないけど、畑はなかったから」

「いいでしょう、こういうの」

「最高!」

「そういってくれると思って、誘ったの」


 そっか、トウモロコシを収穫するのに、二人で十分だったはず。一緒に楽しみたいから、誘ってくれたんだ。日に焼けた彼女の横顔が、さらに輝いて見える。


「また畑の手伝いをさせてください。訊きながらじゃないと分からないけど……吉田さんの弟子になりますから」

「まあ、こんな若い子が弟子入りしてくれるなんて、ずいぶんうれしいこといってくれるね」


 日焼けして皺が刻まれた吉田さんの顔が、笑顔でくしゃくしゃになった。


「おばあちゃん、弟子が二人になってよかったね」

「本当ね、また手伝ってもらわなきゃ」


 吉田さんも両手でトウモロコシを持って、むしゃむしゃかぶりつく。


 三人でひとつづつ食べ終わると、皿を持って家の中へ戻った。


「ところで夕希君、クラス会の相談はまとまったらしいわね」

「あっ……」

「日南ちゃんに聞いたわ」

「じゃ、彼女のことも」

「まあ」


 おしゃべりだな、日南ちゃん。


「勇気あるね、彼女。ここまで会いに来るなんて」

「えっ、そんなんじゃないって」

「だけど、もう、今更元には戻らないよね」

「だから、それは、違うって」

「そうだったわね。クラス会の相談をしに来たんだったわね……」


 ひょっとして、僕に会いにはるばる来たのか? 


 もう知らないぞ、彼女とは別れたんだから!

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