第48話 シェアハウスに夏が来た②
さあて、今日はみのりさんとの約束の日だ!
一日彼氏としてカラオケに繰り出す。
みのりさんと友人の真紀さんと恵利さんの三人がすでに集まっているところに、仕事帰りの彼氏が合流するという設定だ。そのためにダークな色のパンツに手持ちの白のワイシャツを着ることになっていた。こんな服装になると気持ちが引き締まるな。
支度を済ませあたりに人がいないことを確かめてから部屋を出る。誰にも見られない方が都合がいい。呼び止められでもしたらどこへ行くのかと聞かれるだろう。
階下へ降りて行ったら……うわっと、光さんがいた!
「あら、夕希君、これからお出かけ?」
「はい、友達と約束があるんで、ちょっと」
「シックな服装で、いいじゃない。似合うわそういうのも」
「まあ……たまには。行ってきます」
わお~、何を聞かれるかと思った。いつもと服装が違うからなあ。だがそれ以上は追及されなかった。
僕はカラオケが始まってから一時間後に合流することになっていた。そのころには二人ともお酒が入りだいぶ出来上がっているだろうという思惑だった。
店に入りドアを開ける。
すると三人の視線が一斉にこちらを向いた!
みのりさんは小さく手を挙げて合図している。打合せ通りにやってよね、ということだ。
「こんにちは!」
「わあ~~、来てくれたのねえ。耕一さん」
みのりさんが手招きする。名前は打合せで耕一ということにしてあった。
「お待たせしました」
するとグラマーな方がすかさずそばへ寄ってきた。恵利さんだ。
「わあ、こんな素敵な彼氏がいたのねえ」
「そんなことないです」
もう一人の方も質問してきた。こちらが真紀さんだ。特徴を聞いているので、どちらがどちらかは分かる。
「わあ、素敵な人。今日はよろしくお願いします。私はみのりの友人の真紀です」
すると、グラマーな方も言った。
「私は恵利です。よろしくお願いします」
「何時もみのりがお世話になっています。こちらこそよろしくお願いします」
よかった、カラオケだからかそれ以上は質問をしてこない。年齢は聞かれた時のために少し年下ということにしておいた。二人とも5~6歳は年上に見える。年上の女性に慣れてきたとはいえ、三人いると緊張する。ぼろを出さないようにしなきゃ。
「さあ、せっかくカラオケに来たんですから僕のことなんか気にしないで好きな歌をどんどん歌ってください!」
「さあ、また歌うわあ!」
二人に挟まれてしまったので、みのりさんに合図して彼女の隣へ行った。
「みのりさん、一緒に座ろう」
「ええ、耕一さ~ん」
仲のいいところを見せつける。二人は悔しそうにそれを見ている。この二人、合コンで彼氏ができたんだったよなあ。
「僕も何か頼んでいいかなあ」
「あらっ、私ったら。気が利かなくてごめんなさ~~い。何がいいかなあ?」
「いつものでいいよ」
「そうお、じゃいつもの頼むわねえ」
みのりさんは慣れた感じで会話をする。いつもの、というのは檸檬サワーのことだ。彼女は受話器を取り注文する。
「オーダーをお願いしたいのですが……檸檬サワーと唐揚げをお願いします。アッ、それから焼きおにぎりとフライドポテトもお願いします」
居酒屋のメニューみたいだ。
「ありがとう、僕の好きなもの頼んでくれて」
「いいのよ、だってお腹すいてるでしょ」
「よくわかったね、お腹ペコペコだったんだ。うれしいよ」
隣同士で話していると、真紀さんが言った。
「わあ、しょっちゅうデートしてるみたいでいいですねえ」
「そうなんだ、仕事が終わるとしょっちゅう逢ってるんだ。僕の好みを知り尽くしてる」
「そんな、知り尽くしてるだなんて。言い過ぎよお」
「そんなことない、本当によくわかってくれてる」
言いながら指で軽く彼女の頬に手を触れる。恵利さんが先ほどよりもさらに悔しそうにこちらを見ている。刺激しすぎたか。
「あら、耕一さんもみのりのことをよく知ってるんでしょう?」
「どうかな。わからなことも多いいと思うけど」
「紘一さんに聞いてみようかなみのりの事、いいでしょうみのり?」
「恥ずかしいわあ、でも、いいわよ。答えられるといいなあ。頑張って、耕一さんっ!」
「よ~し、頑張るぞお!」
「みのりの得意料理って何かしら?」
「彼女の得意料理は……たくさんあるけど、ずばりオムレツです。それからたこ焼きも上手ですよね」
当たってるはずだが。
「当たりのようね、オムレツはよくお弁当に入れてくるもの」
「よかったわ、当ててくれて! ありがとうっ」
「それじゃ、普段のみのりの話し方は?」
「語尾を伸ばすところです。ちょっと甘えたような話し方をする」
「あああ~~~、それも当たり!」
本当の彼氏かどうか確かめてるのか。このくらいで終わりにしてほしい。
「それじゃあ、みのりが大切にしてるものってな~んだ」
「目に見えるものですか?」
「そう、持ち物で」
「それは、もうクマのぬいぐるみしかない。寂しい時は抱きしめて寝てるって聞いたことがある」
「そそそ、そんなことまで知ってるのお~~~。わあ~~~」
これも部屋で打ち合わせしたときに聞いた話だった。実物も見せてもらった。
「もうこれくらいにしましょう。お二人の美声を聞かせてください」
「は~い! どんどん歌いましょう」
質問はここまでで、二人は競って歌を歌い始めた。
二人が歌っている間、僕とみのりさんはばれなかったことを喜び合い、目の前の食べ物をせっせと食べた。空腹だったので食が進んだ。
「みのりさん、今日は二人の鼻を明かすことができてよかった。ミッションが達成できてほっとしました」
「本当、ありがとう。いつものろけ話を聞いてて悔しかったから、一日だけ優越感に浸れた。こんなことは今日だけにしとく」
「はい、うまくいってよかったです」
歌の方が佳境に入ったころで、僕は三人にいった。
「そろそろ失礼しないと」
恵利さんがいう。
「あらもうお帰りになるの?」
「まだ仕事を残してきたもので。会社に戻ってやらなきゃいけない仕事があるんです」
「お仕事大変なんですね。それなのに、わざわざ抜けてきてくれたんですね」
「みのりさんのためですから。じゃ、三人で楽しんでください。みのり、じゃまた! 電話するね!」
「ええ、ありがとう、耕一さ~~ん」
見せつけるだけ見せつけて、僕は素早くカラオケルームを後にした。二人に見えるように、五千円札をみのりさんに渡すことは忘れなかった。
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