第47話 シェアハウスに夏が来た①

 さあ、夏休みだ!


 夏は好きだ、大好きだ!


 理由は……学校へ通っている人ならわかるだろうが、時間にとらわれない生活ができる。それによって、開放的な気分になる。


 どうしてか? 


 皆が薄着になることにも関係しているのだろう。薄着になると気分が軽くなる。そう、夏は薄着の季節、自由で開放的で情熱的な季節。だから夏が好きなんだ。


 

 シェアハウスの面々も、気温の上昇とともに一枚また一枚と衣服を脱いでゆき、今ではTシャツ一枚、あるいはタンクトップなどをを着ている人もいる。


 萌さんの身に着けているものなど、服なのか下着なのかわからないような代物だ。本人は、目の前に僕という男性がいても全く気にかけていない。だからこんな会話が交わされる。


「もっ、萌さん、下着のまま部屋から出ちゃダメじゃないですか?」

「ああ、これえ~~、れっきとした服よ。タンクトップっていうの。だから、心配しないでいいのよ、夕希君」

「そうなんですかあ? ならいいんですが……」

「まったく、こういうの見たことないの? 田舎ものねえ」

「田舎ではそういう格好をした人がいなかったもんで……」


 てへっ、田舎者かどうかが問題じゃないと思うんだけどなあ。ほんの数ミリしかないような細~い肩紐でやっと止まっていて、見ている人がいつ切れるのかと気が気じゃなくなるような服、実家の近くでは見たことがなかった。切れてしまったら、すっと下に落ちて丸見え! もう、ハラハラする!


「肩ひもばっかり見てないで……こっちが気になるじゃない」

「どこを見たらいいのか、迷います」

「顔を見てればいいんじゃない?」


 言われて顔を見ると、髪の毛をくるりと丸めてお団子にして上の方で止めている。少しでも涼しくしようということなのだろう。うなじの産毛に汗がほんの少しかかったりしていて、こちらも目のやりどころに困る。だけど、夏は好きなんだよな。 


 紐の下には筒状の布が申し訳程度にくっついて胸から下を覆っている。それもふわふわしてるから、風が吹いたらめくれ上がりそうで不安だ。風が吹いてくるたびにそんな服を着ている萌さんのことが心配で気が気じゃない。だがそんな心配は無用なのだろう。萌さんの場合大きな胸があるので、決して落ちたりはしないから。


 萌さんは常にこんな感じなので、もはや夜カーテン越しに彼女の下着姿をちらちら見る必要はない。廊下でもキッチンでも裸に近いような姿を堂々と見られるからだ。


 


 夕方涼しくなったので外をぐるりと散歩して戻ってくると、みのりさんがベランダから手招きした。


「何ですか?」

「ちょっとこっちへ来て?」


 部屋の真下まで行くとショートパンツにピンク色のTシャツ姿のみのりさんが、口元を両手で覆いながら小声で言った。


「ちょっと……話があるの。私の部屋へ来て」

「は、はい、今行きます」

「あ、それから誰かに会っても私に呼ばれたって言わないでね」

「了解しました」


 何の用かな、ここで言えないことだ。部屋へ呼ぶとは……。


 そして誰にも見られないように彼女の部屋へ入った。


「ねえ、夕希君お願いがあるの。真剣なお願いだから、笑わないで聞いてね」

「はい、僕は笑ったりしませんよ!」

「えっと……」


 口元に力を入れて、笑わないようにしよう。


「お願いというのは……」


 みのりさんは膝頭をそろえて、両手をその上にのせて話し始めた。真剣そのものだ。一言一言かみしめるように話す。


「ということで、一日だけ彼氏役をやってほしいの」

「一日彼氏……ですか……」

「ああ、夕希君に迷惑はかけない! 本当に一日だけだえし、それもほんの数時間彼氏の役を友人達の前で演じてくれればいいの」


 お願いというのは、みのりさんにも彼氏ができたことを見せつけて、合コンのときに見事彼氏をゲットした女友達の美人の真紀さんとセクシーな恵利さんの鼻をあかそうということだった。


「で、場所はカラオケ、みんなお酒を飲んで酔ってるし、暗くてあまりよくわからないから、絶対にばれない!」

「面白そうですね。いつもお世話になっているみのりさんの役に立つためなら、やってみます!」

「わああ~~~、恩に着るわああ、夕希君。こんなこと頼める人、ほかにいなかったのよお」

「それは、ここにいる男は僕だけですから」

「カラオケの中だけのことだから、ほかの人の目には触れない! 絶対迷惑はかけないわ!」

「大丈夫です。その二人とは普段全く接点がありませんから。これからもないと思いますし」


 彼女がこんなことを頼むなんて、よほどのことなんだろう。案の定、二人からはたびたびのろけ話を聞かさて今ではストレスになっているのだという。彼女は僕の手をしっかり握り、僕に強い意思を伝えた。


 彼女のために一肌脱ごう!


 といういきさつで、僕はみのりさんの一日彼氏をやることになった。彼女は僕に似合い何歳か年上に見える大人っぽい服を買ってきて入念に準備を進めた。


 これも夏の思い出かなあ、みのりさんのためにしっかり演じようと決意した。

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