第46話 合宿の朝

 ううう……頭が少し重い……朝かあ……。


 ここは……。


 そうだ、合宿に来てるんだった。


 隣のベッドを見ると、もういなくなっている。そろりと起きだし上村君を探す。もう部屋から出ている。あわてて身支度を済ませキッチンに行くと、朝食の準備が整っていた。


「おはよう!」


 亜里沙ちゃんの明るい声が、朝日の差し込むキッチンによく似合う。


「朝食は女子が作ることにしたでしょ。座って待ってて」

「わあ~~っ、そうだった。ありがたい」


「夕食は俺達がばっちり準備したからね。朝は女子がおいしいものを作ってくれてる。隣に座って」

「ああ」

「眠そうだな」

「ちょっと、眠れなくて……」

「食事をすれば目が覚めるよ」


 オムレツやベーコンのこんがり焼けたいい香りが漂っていて、急にお腹がすいていることに気付いた。


「いい匂いだ」

「だろう。三人とも上手なんだ」


 早く来て作っているところを眺めていたのか。目の前にオムレツとベーコンの乗った皿がすでに並べられていて、日南ちゃんが小皿に盛られたサラダを運んでいる。


「どうぞ」

「ありがとう」


 紅茶を入れているのは香月さんだ。ポーズが様になっている。昨日の喧騒が嘘のようにすまし顔だ。だが、かなり意識しているはずだ。上村君も内心では舞い上がってるはずだが、そんなことはおくびにも出さない。


「さあ、できましたあ~~!」

「食べましょう!」


 トーストが最後に焼き上がり、バターとジャムが真ん中に置かれた。カップに入ったスープも出来立てだ。


「いただきま~~す!」


 僕と上村君が最初に声を上げる。女子も続いて食べ始める。調理実習のときの試食の瞬間を連想させる。さあ味見してみよう、って雰囲気だ。一つ一つ味を確認しながら食べていく。


 日南ちゃんのトーストを食べるところは何度も見ているが、いつもと違う。そのままかぶりつかないで、手で小さくちぎっている。スープを飲むしぐさも心なしか上品だ。口の開け方が小さいからか……。


 亜里沙ちゃんはパクパクと口に運んでいる。一番スピードが速い。日南ちゃんの二倍ぐらいの速さで平らげている。何のためらいもなく、味に対する疑いもなくすべての料理をおいしそうに食べる。


 香月さんは……おっ、ジャムをたっぷり塗っている。それをちぎって口に入れ、にっこり微笑んだ。次に紅茶のカップに口をつける。おお~~~、あの唇が昨夜僕の頬に触れたのだ!


 僕たちだけの秘密……。

 

 と思い、胸が締め付けられる。


 目が合った!


「トースト、おいしい?」

「おいしい! オムレツも上手にできてるわよ、食べてみて」

「誰が作ったの?」

「三人で」

「焼いたのも三人で?」

「そう、順番に焼いたの」


 誰が焼いたものが、誰に配られたのかわからない。オムレツも塩加減も焼き加減もちょうどよくできていた。中がふんわりと柔らかくとろけるような味だった。


 朝食に感動し、フットパス愛好会の本来の活動である街道巡りをして合宿が終わった。


 別れてから香月さんにメールを送った。「楽しかったな、ありがとう」というメールに、「わたしも、最高に楽しかった。一生の思い出だよ」という返事が来た!




 そして……帰ってきたシェアハウス……。キッチンにいるのは楓さんだ。


「おっかえり~~~~っ! 夕希君、日南ちゃん! 合宿はどうだった!」

「ただいま~~。とっても有意義でした」

「そう、よかったわね。顔に楽しかったって書いてあるわ。日南ちゃんも……楽しかったみたいねえ」


 楓さんは僕たちに接近してくる。


「見て……わかりますか。行って……良かったです。どうしようかと迷ったんだけど」


 そうだったんだ。大喜びできたのかと思っていたが。


「楓さん、留守中変わったことはありましたか?」

「そうねえ、特にないわね。面白くないことに」

「そうですか」

「こっちは相変わらずってこと」

「事件がない方がいいじゃないですか」

「そりゃあ、事件はねえ……あったら大変よ!」

「これ、お土産です! みんなに」

「あら、気を使わなくてもいいのに。ありがと! わあ、私大好物なのよ」

「喜んでくれてよかった」


 楓さんはナッツの入ったまんじゅうをひとつ取り、頬張った。合宿ではかなり緊張していたが、一気に気持ちが緩んだ。


「楓さんはいい人です!」

「そりゃ当たり前でしょ。今気が付いたの、遅いよ!」


 彼女は大喜びして、僕の肩に腕を載せ、ガシッとスクラムを組むような恰好をした。


「そんなことすると照れますよ」

「あっ、そうお。友愛の印だよ! お土産買ってきてくれたしね」


 日南ちゃんが笑っている。彼女ともだいぶ気持ちが通じてきた。 

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