第44話 初めての合宿⑤

「男女で対戦するなら、はじめは夕希からやったらどう? 夕希対女性三人、いいよな」

「ああ、いい。負けないぞ!」


 勝てばキスをしてもらえる。負けたら……キスをする!


「さあ、準備して。初めは日南ちゃんがいいかな?」

「……ええっ! 最初にやるの」

「勇気を出して」

「……そうね、やってみる。……私、頑張る!」


 顔が真っ赤になっているが、これはお酒を飲みすぎたせいだ。僕が上で日南ちゃんが下の方に手を伸ばし構える。上の方が速度が遅いが、素早く反応しなければならない。下は時間はあるが、落下速度が速くなるので掴むのが難しくなる。どちらが難しいとはいいがたい。


「さあ、行くぞ!」


 勝負は一瞬だ。上村君が持ったペンが予告なくさっと落下した。

その瞬間手をグウの形にする。が遅かった。


 素通りした! 下で待ち受ける日南ちゃんも、多分取れないだろう。


 と思ったが、ぎゅっと握ったこぶしにはペンが握られていた。


「あっ、日南ちゃん。取れたのかああ」

「わああっ! やったー!」


 ってことは、僕が日南ちゃんにキスをするのか。


「じゃ、ほっぺに……」


「本当にするの~~~~っ、えっ、ほっ、本当に~~~~っ」

「そういうゲームだからね」


 固まって手をバタバタさせているうちに、頬にキスをした。


「わっ、キスされた! あっ、きゃああ~~~~!」


 すごい反応。 


「もしかしてわざと……負けたの……」 

「そんなことはないっ、本気でやったよ。上の方が掴むのが難しいんだ。早く反応しなきゃいけないから」


 僕は言い訳をする。キスをしたかったからわざと負けたと思われたのか。まだ手足をばたつかせたり、頬を手でさすったりしている。軽く唇をつけただけのキスだが日南ちゃんにとっては驚くべき体験なのだ。さりげなく提案したが、こんな罰ゲームは高校時代にやったことはない。負けた方はたいていしっぺをされるだけだ。


「じゃ、次の女子は……」

「私がやる」


 審判の上村君の前に、亜里沙ちゃんが進み出た。


「じゃ、用意」

「今度は勝つぞ」

「私だって掴むわよ!」


 掴むとキスをされるんだけど、その方がいいのか。


 構えているが、なかなか落ちてこない。上村君焦らすつもりか。集中力を持続させなきゃ。


 落ちた! 素早く手を握る。


「今度は僕が取った~~!」

「ああ~~~、残念……」


 手でしっかりペンを握りしめていた。上村君の指をじっと見ていたのだ。指を開いた瞬間……手を握った。


「あたしがキスするの~~~っ」


 キスされるより、自分からキスをする方がハードルが高い。アクションを起こす方が何事も勇気がいる。


じっとしてその瞬間を待つ。


 亜里沙ちゃんが顔を近づける。それだけでも胸が熱くなる。こんなに接近されたことはない。


 頬に、温かくて柔らかいものが触れた! そんな感じだった。


「わ~~っ、キスされた」

「もうっ、これは罰ゲームだからね」

「わかってま~~す」


 彼女はテレまくっておどけている。


 

 さあ、いよいよ相手は香月さんだ。


「私は……負けないわよ」

「集中しよう」

「さあ、二人とも頑張って!」


 上村君の声が遠くに聞こえる。見ている二人の女子も興味津々で成り行きを見守る。僕は手を伸ばしてペンの動きを待った。ここは勝って香月さんにキスしてもらいたいところだ。絶対に取るぞ!


 さっとペンが落下して……。


―――僕の手の間をすり抜けた!


 しまった! 取りそこなった。


 香月さんの勝だ。


 と思ったが、彼女の手の間もすり抜けて床に落下した。


「あっ……」

「……あっ……」


「もう一度だ」


 再び同じ体制をとる。


 集中して落下の瞬間にぐっと手に力を入れる。手には何も握られていない。またしても取れない。僕は焦ってきた。


「わっ……」

「あ~~~っ……」


 またしても二人とも取れない。


 三回目だ。だが、またしても取れなかった。香月さんは困ったような表情をする。


「二人とも鈍いなあ」


 上村君が呆れたように言う。そんなことはないはずだが、緊張しているのか。


「さあ、もう一度やろう」


 集中する。今度は絶対取って、彼女にキスするぞ!


 っと思い切り手を握った。が、ペンは僕の手をすり抜けて……。


 香月さんの手に握られた。


「あっ、取れた~~!」

「……うう……残念」


「じゃ、夕希がキスする番だ」

「そうだな!」


 残念がるポーズは取ったが、実際のところあまり残念ではない。


「じゃ」


 香月さんは、恥ずかしそうに少しだけ下を向いて頬を出した。髪の毛が少しだけ頬にかかっていて、それを中指でくいっと掬い耳にかけた。素敵なしぐさにうっとりする。


 唇に全神経を集中させてキスする。ファーストキス……をした気分。


 その瞬間脳天から足の指先まで電流が走った。痺れるとはこういうことを言うのか。


 頬はすべすべで柔らかった。


「罰ゲームとはいえ恥ずかしいわね」

「仕方ない」


 先ほど飲んだワインのせいか、キスをされたせいか頬がほんのり赤く染まっている。

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