第42話 初めての合宿③

 興奮も冷めやらぬまま、上村君と二人でぴったりと隣り合ったままひそひそ話をする。


「上村君は付き合ってる人はいるの?」


 今までの発言を聞く限り多分いないと思うが、一応訊いてみる。


「今はいない」

「ということは以前は付き合ってる人がいたの?」

「高校のときはね……だけど受験勉強が大変になってお互いに会う時間が減ってしまって、そのまま別々の場所に住むことになり……自然消滅。また会えたらよろしく……なんて全くわけのわからないことを言われて、それっきり連絡はなし。もう、大学で新しい彼氏を見つけてるだろうな、向こうは。君の方はどうなの? 俺よりずっと恵まれた環境にいるけど」

「恵まれてるわけじゃないよ。シェアハウスでは共同生活をしているだけだから」

「そうか、それで付き合ってる女性はいる?」


 単刀直入だな。


「今のところいない。僕も高校時代に付き合ってる人がいたんだけど、見事に振られた。相手は……日南ちゃんの親友。それで初めは彼女とも気まずかった。友人から話を聞いたのか、悪い男だと思われてたんだ。こっちは振られる理由に心当たりはなかったのだが、自分のことをちっとも理解していないだとか、配慮が足りないだとか、滅茶苦茶言われた」

「まあ、相性が合わなかったのかもしれないな。そういうことはよくある」

「そうなのか」


 女性のことには詳しいな、彼は。彼に質問を続けた。


「付き合ったのはその彼女が最初?」

「まあ……今までに何人か付き合ったことはある。だけど、今は……いない。フリーだ」


 ぼくもフリーだな。ずばり訊いてみようか……。


「今付き合いたい人はいる?」

「んん……、難しい質問だなあ。ってか、答えにくい質問だ」

「だよね。答えなくてもいいよ」

「一人暮らしを始めて、一人って何をするのも自分だけで決められるし、変に気を使わなくていいから気楽だ。だけど、ときどき無性に寂しくなることもある。そんな時一緒に過ごしてくれる人がいると違うんだろうな、と思う。時計の針を見なくても退屈することはないのだろう」

「僕は……結構今の生活を楽しんでいる。一人だけと決めないで、いろいろな人とおしゃべりしたりして、知らなかったことがわかって勉強にもなる」

「そうか、夕希はしばらくその生活を続ける方がいいかもな」


 確かにそうだが、いつ誰かに心を鷲づかみにされて逃れられなくなるかもしれない。その時はその時でいっか……。


 話をしていると女子三人が現れた。三人とも部屋着姿だがそういう服装ってぐっと距離が縮まったような気がする。疑似家族みたい。


香月さんが興味深げに言う。


「あら? 二人でひそひそ何の相談?」

「ほんと、何か企んでるの?」


亜里沙ちゃんが疑い深そうにこちらを見る。その後ろにちょこんとくっついている日南ちゃんは、何を考えているかわからない。


「うん、女子もまだ時間を持て余してるんだったらこっちでおしゃべりしないかなって相談してたんだ」

「あら、じゃあ香月さんも呼んでくる!」


 亜里沙ちゃんがいなくなり、日南ちゃんだけがぽつんと取り残された。すると上村君はいったん部屋へ戻りワインの瓶を片手に戻ってきた。彼は栓を開けながら日南ちゃんに言った。素早くグラスを用意し三つのグラスに注ぐ。


「どうぞ、日南ちゃん、座って」


 男子二人の前に日南ちゃんが座った。


「どうぞ。飲んだことあるでしょ」

「家で少しなら……」


彼女は一口含んで顔をしかめた。あまり飲めないようだ。目の前に座るとルームウェアの胸元が少し空いているせいか、ちらりと胸の間が見える。見たことのないウェアだ。合宿のために新調したのだろう。胸は小さい、が首筋にほくろがあることに初めて気が付いた。上村君が話しかける。


「こういう旅行って初めて?」

「そう……友達と泊るのは……」

「女同士でも行かないの?」

「行ったことないの……」

「初めての旅行だね」

「……うん」


 元カノとはだいぶ性格が違うのだ。彼女は積極的で、どんどんリーダーシップを取るタイプだったが、日南ちゃんは全く正反対だ。日南ちゃんが彼女の親友だというのが不思議になる。


 香月さんと亜里沙ちゃんが来た。


「あら、まだここにいたのね」


どこに座ろうか迷っているが、亜里沙ちゃんが素早く日南ちゃんの隣の椅子に座った。女子は一人掛の椅子二つに日南ちゃんと亜里沙ちゃんが座ったので、香月さんは男子が座っているソファしか開いている場所がない。


「香月さんは僕たちの間に座って!」

「あら、そこに座るの」


 と言いながらも、僕たちの間に座ってくれた。


「もう始めてた、ワイン飲むよね?」


 上村君が誘うが、すでにグラスが二つ置かれている。二人は顔を見合わせてにっこり微笑んだ。それを合図に上村君が二つのグラスにワインを注いだ。やるなあ彼。こんな才能があったなんて。


「じゃ、どうぞ」

「私たちも、いただきます!」

「乾杯!」


 グラスを上げて乾杯した。お酒が入ると皆陽気になってきた。

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