第41話 初めての合宿②

 みんなで過ごす夜。外が暗くなり夜が更けてきたが、逆に気持ちはうき立っていった。修学旅行の夜のように、興奮で眠れそうもない。大学生になって枕投げなどするつもりはないが夜通し一緒にいるということだけでテンションはマックスだった。


 女子たちもリビングのソファに座ったりキッチンを行き来したりしている。


「そろそろ順番にお風呂に入ろう。五人いるから最後の人が入るまで時間がかかるでしょう?」


 亜里沙ちゃんが気を利かせていった。誰も風呂のことなど考えもしなかった。


「男子が先に入った方がいいわ!」


 香月さんが言う。


「いいよ。女子が先に入って」


 僕が答えたが、香月さんはこう説明する。


「男子の方が多分時間はかからない。女子が後の方がいいと思う。それから私の事これから花蓮(かれん)って呼んで、合宿を機にね!」

「いいの。じゃあ呼ばせてもらうね、花蓮さん!」


 するとそれを聞いていた日南ちゃんも言った。


「私のことも日南って呼んで、みんな」

「朝霧さんも、いいの?」

「ちょっと恥ずかしいけど……呼んでね」


 それを聞いていたほかのメンバーも言い出した。


「私も亜里沙って呼んでよ!」

「俺は、どっちでもいいけど聡(さとし)って呼んでもいいよ」


 ということで、香月さんの提案が全員に適応されることになった。もちろん僕もその話に乗り、夕希と呼んでもらうことになった。



 風呂は男子が先に入ることになった。


 上村君僕の順に、二人とも間を置かず入り、素早く髪の毛を乾かした。短いから髪の毛を乾かすのも男の方が早い。そのあとでゆっくり女子が入った。時間を気にせず湯船につかり、髪の毛を乾かすことができるから香月さんの提案は的を得ていた。


 女子の最後の一人が風呂に入り終わっても、僕と上村君はソファに座ってくつろいでいた。彼は彼女たちのふろ上がりの様子を見たいので、そこを離れられずにいるのだ。かくいう僕も、同じようなものだ。ちらちらと風呂から出てくる姿を見ては声をかける。


 最初に入った亜里沙ちゃんが出てきた。


「湯加減はどうだった?」

「ちょうどよかった」


 そしていったん部屋へ戻っているとその間こちらへ耳打ちする。


「亜里沙ちゃん、ほんのり頬がピンク色で色気があるなあ。それに肌がきれいで健康的で、いいなあ~~」

「そうだな。活動的で健康そのものだよ。畑で草取りをしたことがあるんだけど、てきぱきやってた」

「おお、羨ましいな。そんなことを一緒にやってたのか。家族みたいだなあ」

「まあ、うちの大家さんの孫だから」


―――羨ましがっている。


 次に入ったのは香月さんだ。入っている間も上村君はそわそわして落ち着かない。僕の方がいつも女性のお風呂上がりの姿を見慣れているので落ち着いているかもしれない。上村君は気を静めるためにスナック菓子に手を伸ばしている。


「いいお湯だったわ」

「……あ、今出たんだ……」


―――言葉が出ない。


 肌は透き通るように白く、その肌が内側から輝くようにほんのり赤く色づいている。僕はかぐや姫を見つけたおじいさんのような表情をしていたに違いない。


「何を驚いてるの?」

「いや、何も」

「目が真ん丸じゃないの」

「……えっ、そんな目をしてる?」

「あんまりじろじろ見ないでね」

「いや、見てない」


 髪の毛もサラサラして、ほんの少し風が吹いたらそれに乗ってゆらゆら揺れそうだ。


「髪の毛がきれいだね、サラサラだ。シャンプーのCMみたい」

「おかしいっ! まあ、洗ったからきれいよ」


―――肌も……綺麗。


 触ったらふわふわで壊れてしまいそう。しっかり服を着ているのに、萌さんの下着と同じぐらい、いやそれ以上にときめいてしまう。


 着替えを置きに部屋へ戻ったすきに、上村君とこそこそ話をする。僕は胸の内をぶちまける。


「すごいきれいな肌だなあ~~! それにすっぴんの方が美人だ!」

「やっぱり香月さんは誰が見ても魅力的なんだな。お前目つきがいやらしかったぞ。それに露骨だった」

「おお、まずい、まずい。風呂上がりって色っぽいんだよな」

「ああ、夕希はいつも女性のふろ上がりの姿を見慣れてるんだろう。羨ましいよなあ」


 上村君、また羨ましがってる。


 いったん香月さんが部屋へ戻ると、交代で日南ちゃんが現れ風呂に入った。男二人の視線に見送られて、日南ちゃんは普段以上に小さくなっている。


 なんか……かわいい……。


「日南ちゃんって、不思議な女の子だよなあ」

「そうなんだ」


 否定しようがない。彼が見ても不思議なんだ。


「ああいう女の子って、付き合うとどうなんだろうな」

「どうって……」

「ほら、デートとかして手なんかつないだら、どういう反応するんだろう。キスをしたら、どういう顔をするかとか、気にならないか?」

「気にはならないが……」


 日南ちゃんとデートするなんて想像したこともなかった。本気で言ってるのか上村君は。


「興味があるなら付き合ってみればいい」

「やめておこう。僕のタイプじゃない」

「そうか」


 しばらくして日南ちゃんが風呂から出てきた。彼女も頬はほんのり上気してバラ色に染まっている。


「お風呂……空きました」

「あ、僕たちはもう入ったからいいんだ」

「えっ、待ってるのかと思った」

「急がせちゃった?」

「それほどでも」


 小さな顔に大きな黒目が印象的だ。彼女が風呂から出てきた姿は何度か見たことがある。普段もほとんど化粧っけはないのだが、風呂に入るとさらに素のままだ。彼女が部屋へ引っ込むと上村君が感想を言う。


「ピュアだなあ、彼女」

「そうだね。いつもあんなだよ」

「ミステリアスでいいかも」

「時々めんどくさくなるよね、ああいう女の子。訳が分からなくて」

「男はそうやって振り回されるのが好きな動物なんだ!」

「そんなもんなのか」

「そんなもんだ。彼女内心、俺たちに見られてときめいてるぞ。ああいう姿を演じているのかもしれないんだ、女性は分からないものだ」

「う~む、そうなのか……?」


 彼の女性論もわからなくはないが……。結局誰でもいいんじゃないのか、上村君は。彼は三人三様のふろ上がりの姿を見てご満悦なのだ。クールなふりをして話を聞いていた僕も、興奮のあまり心臓が普段の1.5倍速ぐらいになっているに違いなかった。

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