第39話 深夜に聞こえる不審な物音⑦
大学へ行くと香月さんが興味深げに訊いてきた。
「ねえ、木暮君。夜中の物音の正体は分かったの?」
「それが……まだよくわからないんだ」
「そうなの……ますます気になるわねえ……」
「ああ」
「絶対に突き止めるって張り切ってたけど、なかなかわからないものね」
「もうわからなくてもいいかな……悪いことをしているわけじゃないし」
「あら、おかしいわね。あんなに正体を突き止めるって張り切ってたのに。心境の変化?」
「そういうわけじゃ……」
「あれっ、ひょっとして……私たちも知っている人……」
「違うよっ!」
「そんなに否定するなんて……もしかして朝霧さんじゃあ……」
「いや……そのう……」
「やっぱりそうなのね? 木暮君って嘘はつけないわね。すぐ顔に出るんだから」
「ああ~~、そうかあ、そうなんだ。聞かなかったことにして……」
僕は口元に人差し指を持っていき目で合図した。
「当り前よ。ふ~ん、そうだったのね。だけど何をしてるのかしらね。今度はそれが気になるわ。夜中に誰かとこっそり逢うなんて、今の時代でもあるのかしら。道ならぬ恋をしているのかなあ……なんて、ちょっと考えすぎかな……」
「僕も一瞬そう思った。誰かと逢引きしてるのかなって。人に知られたくない恋」
「う~ん、ロマンチックねえそれも」
「確かにものすごいロマンチックではあるけど、そんな人今時いるかなあ。どんな人なんだろう。畑の中を、しかも深夜に会いに来るなんて大変だ!」
「でも、一人暮らしでこっそり抜け出しても誰にも気づかれないんだったらできるでしょう。家族と同居してても寝静まったころに出かければ誰にも気づかれないわ」
「僕だけが不審に思っていただけで、ほかの住人たちは何も気づいていないようだった」
「その話、ちょっと私に任せてくれる?」
「どうやって」
「いいから……。収穫を待ってて……ね!」
香月さんは意味ありげに笑った。これから何をどう探るつもりなのだろう。
その日の昼食時彼女は一人別行動をとった。昼食は別々に食べようといわれていた。一緒に食事ができないのは残念だったが、何か考えがあってのことだろうと隅の方で目立たないよう本日の定食を食べた。
講義がすべて終わり、待ち合わせ場所であるサークル室へ行く。すぐに部屋へ入ったので、まだ彼女は来ていなかった。少し遅れてから香月さんが入ってきた。
「木暮君!」
「香月さん……何かわかった?」
「まあね」
彼女は満足げに笑顔をこちらへ向けた。
「深夜の外出……目的は何だと思う?」
「もったいぶらないで、教えてくれよ」
こちらは気がせいて仕方がない。
「朝霧さん、秘密のトレーニングをしているようなのよ」
「えええ~~~っ、トレーニングだって! いったい何のために! 彼女運動部に入ってたかな?」
「入ってないわ。だから誰にも見られないように内緒でやっていたようなの」
「こっそりトレーニングして、どうするつもりなんだ。ひょっとしてダイエットか……」
「それがね……クラスの男子に体育の時間にひどく馬鹿にされたらしくて、悔しくてたまらなかったんですって。太ってるから動けないんだだの、動きが鈍いだのって。一緒にバドミントンをやったことがあったでしょう」
「ああ、あったなあ」
「それを見てた連中までもが思わず口走って……その時だけのたわごとだって聞き逃せなかったみたいで」
「結構負けず嫌いなんだな」
「あまり顔には出さないけどね」
そんな一面があったなあと納得できた。亜里沙ちゃんのいいところをほめた後で、聞かれた一言。私のいいところは何って、僕は確か誰にでもいいところはあるなんて一般的な答えをいってスルーしてしまった。無神経だった。
「それでトレーニングして見返してやろうってことか……」
「それだけじゃないのよ。ここからは私の勘だけど、どうやら秋に行われるマラソン大会に出場して入賞しようとしてる!」
「はああ~~~~、本当かよ。出場者のほとんどが運動部のメンバーだろう。ずぶの素人が対抗できるもんじゃないと思うけど」
「いいえ、彼女の意地と根性はすごいものがある。それで秘密のトレーニングをしてるの」
「じゃこれからも、黙って見守ってあげた方がいいってことだな」
「そのようね」
わからないことだらけの日南ちゃんの別の一面を垣間見た! だけどよくこれだけの情報一日で集めたものだ。香月さんはどうやって手に入れたんだろう。
「どこからこの情報を集めたの、僕が何日もかかってもわからなかったことを」
時間も労力もすごいものだった。
「亜里沙ちゃんを昼食に誘ったの。目下のところ彼女が一番心を許せる友達が亜里沙ちゃんのようだから」
「そっか、灯台下暗しってとこか」
「体育の後で朝霧さん涙を流して亜里沙ちゃんに訴えてたらしいわ」
「だけど、その男子連中もひどいなあ。大学生にもなって。先生に言いつけられてたかもしれないだろ」
「それをしないところも彼女らしいわね。確かに運動神経はよいとは言えないから」
「……まっ、まあ。その通りだ。はっきり言うと……かなり悪い方だ」
「これで今日から安心して眠れそうでしょ!」
「ああ、ありがとう。香月さんのおかげだよ」
彼女の観察眼によってすべての謎が解けた。
「お礼に今日は……何かおごらせて!」
「そんなあ、それが目的じゃないのに、私だって気になったんだから」
「でも……ねっ!」
「そんなにいうなら……遠慮なく」
「よっしゃあ!」
僕たちは駅へと二人並んで歩き、喫茶店「柿の木」へ寄った。そこで食べたお汁粉の味は最高だった。
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