第38話 深夜に聞こえる不審な物音⑤

―――謎が解けないまま数日間が過ぎた。


 キッチンに誰かがいるときは見張りはできないので、部屋で廊下の様子をうかがう。だが、複数の足音が聞こえたり話し声が聞こえたりで、こっそり出ていくのがだれなのかは見わけることができなかった。


 その日もしんと静まり返った部屋の中で一人読書していると、思いがけずその気配がした。


 カタリとドアが開く音だ。しかも深夜に……。


 こういうことは数度あった。だが、なかなか戻ってくる姿が見られず突き止めることができなかった。素早い動作で行動しているのだ。相手も見つからないようかなり慎重になっている。


 よーし、今日こそは正体を突き止めるぞ! と固く決心し、夜更かしが続き寝不足気味の頭をすっきりさせるべくクールな味ののど飴を口に含む。


 少し間をおいてドアをほんの少しだけ開け廊下を見る。


 誰もいない……。後ろ姿すら見えない!


 急ぎ足で出て行ったのだ。


 こちらも廊下を急ぎ足で降り階段を見下ろすが、誰の姿も見えない。階段の途中まで行って玄関をのぞくが、やはり誰の姿も見えない。いやあ、すごい。相当気を付けているんだ。トイレや風呂は真っ暗だから外へ出かけた以外に考えられない。あるいは出かけたというのがこちらの思い過ごしで、まだ部屋にいるのか……。


 前回同様キッチンで過ごすことにする。前に見失ったときは三十分ぐらいで戻って来た。時間としてはそのぐらいなのだろう。


 真っ暗なキッチンで体をテーブルに伏せて待つ。今回は急いでいたから本の用意もしていない。ほかの人に見つかったときは、寝過ごしたことにしなければっ!


 待つこと三十分。そろそろ戻ってくるころだ……。


 じ~っとしていると、玄関の方でほんのかすかな音がした。


 誰かが入ってきた!


 僕はすぐさま立ち上がり身構えた。抜き足差し足で出口の方へ移動していく。そして姿を見られないよう顔だけを壁に近づける。


 そろそろ階段を上るころかな。自らの感で体を移動させていく。姿が見えない! 


 すでに階段に移動している。適度な距離を取るように再び間を開けてから階段に移動する。上に目を凝らすと、昇っていく姿が見えた! 急ぎ足だ!


 見失わないようこちらも急ぎ足で昇る。相手はパンツ姿だ。だがまだ誰なのかはわからない。相手は階段を上り切り廊下を進んでいる。立ち姿は小柄だ。


―――あれはみのりさんなのか!


 暗闇の中で顔だけを廊下へ向ける。どうか見つかりませんように。みのりさんだったら真ん中の部屋だ。


 おっ、一番前の部屋は通り越した。萌さんと光さんではないことが判明した。二番目の部屋か、やっぱりみのりさんなのか! 


 そして二番目の部屋の前でその姿が止まった~~! 


―――やはり……そうだったのか。


 でも何をするために深夜出かけるのか。


 鍵を開けているのは左側の部屋……。


 あそこは……あそこは……。


 そしてドアが開き姿が中に入った。


―――あそこは……左側の部屋は……日南ちゃんの部屋だ!


 僕はドアの前まで行った。まさか、日南ちゃんだったなんて!


 毎晩夜ごと夜ごと外へ出かけていく日南ちゃん。何をしているんだろう。なぞはまだ解けないまま部屋へ戻った。夜中外で逢引をしているのか、畑の中で……。そんな馬鹿な、いや日南ちゃんならありうるかもしれない。


 

―――朝になった。


 寝不足のまま置きだしキッチンへ行くと日南ちゃんの姿があった。


「おはよう、日南ちゃん」

「あ……おはよう」

「昨夜はよく眠れた」

「……ぐっすり眠れた」

「そう」

「……眠れなかったの?」

「いや、よく眠れた」


 それ以上聞くわけにいかない。深夜カタリとドアが開く音が聞こえたのは、隣の部屋だったからか……。今日は外で見張ろう。そうすれば何をしているかわかるだろう。


「最近何か変わったことがある?」

「……特に何もない、夕希君はあるの?」


 おや、初めて夕希君て呼ばれた。ほかの人たちはみな夕希君と呼んでいるが、彼女だけは今まで小暮君と呼んでいた。心境の変化か。


「僕も別に変わったことはない」

「あれ、眠そう……じゃない?」

「い、いや、そんなことはない。夜遅くまで勉強してたからそう見えるだけだよ」

「へえ、すごい。何の勉強」

「英語の本を読んでいた。ほら、テキスト」


 英文科の僕が英語の本を読んでいるといえば、不思議に思わないだろう。


「やっぱりすごいね。勉強家! 私も勉強しよう」

「それほどでも……」


 不思議少女日南ちゃんは感心してから、朝食をむしゃむしゃ食べ始めた。

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