第37話  深夜に聞こえる不審な物音④

―――夜になった。


 香月さんに励まされたので、今日は目が冴えて何時まででも起きていられそうだ。


 コーヒーを飲んで張り込みの準備をする。探偵になった気分だ。食事や風呂など一通りのことを終えてからいったん部屋には戻ったが、十一時前にはキッチンに降りてスタンバイした。幸いなことにキッチンには誰もいなかった。


 そうだ、電気を消しておこう。そうすれば油断して堂々と出入りすることだろう。


 真っ暗な中でテーブルに顔を伏せてその時を待った。何でこんなことまでする必要があるのだという気持ちもあったが、正体不明のまま過ごすのも癪だった。


 誰か来た時に、咄嗟に言い訳できるよう脇に本を置いた。帰宅した住人に見られても、つい眠ってしまったといえばいい。みんな自分ではないと言いながら、その中に一人だけ嘘をついている人がいるのだ。全員を疑ってかからねば。


 薄明りの中で時計を見る。


 針が十一時を指した。


 ますます目が冴えてきた。全神経を音に集中させる。


 そのままじっと待ち続けていると、カチャリと玄関のドアが開く音がした。音をさせないように降りてきてそっと開けたのだ! いや、帰ってきたところなのか。


 どちらだろう。


 相手はかなり警戒している。僕がみんなに聞きまわったせいだ! 戻って来たのなら声をかけようか。やっぱりやめておこう。見張っていたことがバレバレになる。今立ち上がったら椅子が音を立ててしまう。


 体を動かさないようにして顔だけ玄関の方へ向ける。が、キッチンから直接玄関は見えない。


 数秒経過してから静かに立ち上がった。戻って来たとしても、もう玄関の前にはいないだろうと思い、こちらも玄関へ行った。


 ―――だがそこには誰もいなかった。


 ああ、気になる。ドアを開けて外へ出た。


 ―――誰もいない。


 通りへ出てみる。


 ―――やはり、誰もいない! どこへ消えたんだ~~~!


 シェアハウスの前の道で待ちぶせするって手もあるが、それでは見張っていることがバレバレだ。やはり、キッチンで待っているのがいいだろう。電気を消して……。


 外が寒いわけではないが、いったんキッチンへ戻りそこで先ほどと同じ態勢を取った。狸寝入りしていると、再び一体何のためにこんなことやってるんだという気持ちになってくるが、心を無にして顔を伏せる。


 三十分ぐらいが経過した。


 すると、ドアがばたんと開いた。


 戻って来たんだ! 顔を伏せろ!


 玄関でガサゴソ音がする。靴を脱いでいる。僕は後をつける準備をする。手がじっとり汗ばんでいる。


 たったったっ、と軽快に階段を昇っていく音がする。先ほどと違ってずいぶん勢いがいい。はっきり足音が聞こえる。


 階段を昇り切ったな。僕は急いで後を追った。こちらは音を立てないようにたったっと階段を昇る。顔だけ廊下に向ける。


 ようやく正体がわかるぞ!


 ―――あっ、あれは……楓さんじゃないか! 


 足音を立てながら廊下を進んでいきドアのかぎを開けドスンと音をさせて閉めた。大きなバッグを持っているから、帰宅したところか。


 出ていったのとは別人だったのか……。


 収穫のないままキッチンへ戻った。このまま張り込みを続行しよう。暗い中で顔を伏せ待ち続ける。今度こそ見つけるぞ。


 すると、玄関のドアが開く音がした。体を硬直させる。どうぞここへ入ってきませんようにと念じる。階段を上ったらあとをつけようと思って準備していたのだが、一向に音がしない。敵もさるもの、忍び足で歩いているに違いない。


 だが姿を見ないことには始まらない。僕は体を起こしそっと玄関をのぞいた。


 ―――誰もいなかった。


 階段を見上げても、誰も見えない。そろりと昇っていく。こちらも忍び足だ。


 昇り切って廊下を見たところでカチャリとドアを閉める音がした。時すでに遅し。音の主は部屋の中へ姿を消してしまっていた。は~ああわからない……どのドアだったんだろう。


 薄暗い廊下を見つめ立ち尽くしていた。


 本を取りにキッチンへ行くと、荷物を持って楓さんが入ってきた。


「あ、楓さん、今お帰りですか」

「オースっ、夕希君。そうよ、どうしてわかったの?」

「だって、荷物が……」

「ああ、冷蔵庫に入れようと思って持ってきた。バッグを置いてからね」

「そうだったんですか……」

「どうしたの、暗いところで」

「本を読んでいて、眠ってしまったようです」


 用意しておいた言い訳を言った。


「変なの。暗い中で……電気をつけるよ」


 そうだよ、本を読んでいて眠ってしまったなら電気はついているはずだ。自分の言い訳の矛盾に気が付き気まずくなった。明るくなったキッチンで僕は楓さんと二人顔を見合わせた。

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