第36話 深夜に聞こえる不審な物音③
朝になりキッチンへ降りていくと、萌さんと光さんがいた。
「あのう、僕だけが気になっているのかもしれないけど……」
「なあに?」
「どうしようかな……」
こんなこと話して笑われないかな。
「心配事があるなら話して!」
萌さんが甘い声で言う。胸元をついつい見てしまう。
じゃ、話そうか。
「昨夜、かなり遅い時間に、物音が聞こえませんでしたか?」
「ああ、ドアの音は聞こえたけど、誰かが夜食でも食べに降りたんじゃないの?」
「はい、それもあるんですが……」
「でしょう」
「それ以外は萌さんは特に気になったことはないですか?」
「ないなあ……」
二人の部屋は向かい合っていて階段のすぐ手前にある。
「光さんはどうですか? 不審な物音は聞こえませんでしたか? 階段を下りていくような……」
「私は気が付かなかった。よく眠ってたからドアの開閉する音にも気が付かなかった」
「そうかあ……」
これで全員に聞いたことになるが、だれ一人気になることはないという。自分の気のせいだったのか。
もう忘れた方がいいのか。
このことを頭の隅に押しやり大学へ行くことにした。大学の正門の近くで駅の方から歩いてきたフッとパス愛好会の仲間に会った。
その瞬間パッと気持ちが華やいだ。
「おはよう、香月さん、それに上村君!」
上村君の方はおまけみたいだな。
「おはよう、木暮君。あれ……元気がなさそうだけど……どうしたの」
鋭い、本当に鋭い!
一目でわかるほど心配げな顔をしているんだ。
「最近ちょっと寝不足で……大したことじゃないんだけど」
「でも眠れないほど気になるんだね。なんだろう?」
今度は好奇心に満ちた目で見ている。上村君も知りたそうだ。
「話してみると気持ちが楽になるかもよ……」
「実は……」
これこれしかじかとここ数日間の出来事をかいつまんで話した。
香月さんが言った。
「玄関のドアは住人しか鍵を持っていないんだから、外部の人が入ったってことは考えにくいわね。大家さんたちも住人の居住スペースに無断で入ったりはしないんでしょう。だとすると、中にいる人たちしか考えられないわよ」
「そうだよなあ。僕以外の五人が夜中にこそこそ動き回ってるってことだよなあ」
「そっとドアを開けて突き止めたら? あっ、ドアを開けても誰もいなかったんだっけ。それじゃ、外へ出て見張ったらどうかしら」
「外で……見張るのかあ」
上村君が言った。
「だけど、出てくる時間がいつも違うんじゃずっと見張ってなきゃならないぞ」
「それもきついなあ。寒くはないけど僕の方が不審者みたいに見えるよ」
「その辺は人通りは多くないんだよなあ」
「うん、畑が多いからね。朝夕は多少人通りはあるけど、昼間や夜はめったに人が通ることはない」
「ますます不思議だな」
香月さんがいう。
「外でずっと見張るのはきついからそっとキッチンで待機したらどうかな」
「……考えてみる」
昼食の時間にカフェへ行くと亜里沙ちゃんと日南ちゃんが二人で食事をしていた。二人に話しかけてみた。
「今日は二人一緒に食事だね」
「そうなの。シェアハウスではなかなか会えないから、ここで会うのが楽しみ」
そんなものなのかな。家では生活の場が違うから、約束しておかないと会えないのかもしれない。亜里沙ちゃんも気軽にこちらのスペースへは来られないのかもしれない。
二人のトレイに目がいった。
「わあ、かつ丼おいしそうだな、亜里沙ちゃん!」
「でしょう。一度食べたらすっごくおいしかったから、はまっちゃったの」
「僕も今日はそれにしようかな」
「おすすめよ!」
「日南ちゃんのもおいしそう。サンドイッチにサラダ、ヘルシーだね」
ちょっと恥ずかしがっているが、話しかけると嫌な顔はしなくなった。
「これもおいしいよ。野菜が摂れるからいいわ」
「そうだよね。シェアハウスじゃ自分で作らなきゃサラダも食べられないもんね。ここで食べるのもいいアイディアだね」
「そうなの、ドレッシングもおいしいし」
日南ちゃんは特に変わったところはない。僕だけが一人で取り越し苦労をしているのかな。
結局僕はかつ丼を取り、香月さんと上村君と一緒の席に座った。香月さんの今日のメニューは……かき揚げうどん、上村君は本日の定食だった。定食も一人暮らしの若者には懐にもおなかにも優しいメニューだ。
「正体を突き止めたら教えてね!」
「必ず伝えるよ。それまで待ってて」
香月さんは楽しそうにいった。夜が来るのが楽しみになってきた。
注意
★犯人が分かってもコメント欄には書かないでくださいね。ネタバレになってしまうので。よろしくお願いします!
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