第35話 深夜に聞こえる不審な物音②

 朝になり、食堂へ行ってみる。誰か物音の正体に気付いているだろうか。そこにいたのはみのりさんと日南ちゃんだった。二人に聞いてみた。


「昨日夜中に物音がしたけど、二人は起きてた?」


 みのりさんが答えた。


「私はぐっすり眠ってたから、気が付かなかったわあ。何時ごろ音がしたの?」

「十一時過ぎ……十二時にはなっていなかったかな」

「全く気が付かなかったなあ」

「そうでしたか。日南ちゃんは……どう?」

「私も何も気が付かなかった。どんな音だったの?」

「ばたんとドアが開いて、静かになった。それっきり物音はしなかった」

「私にも聞こえなかった」

「そうなのか……。気のせいだったのかな……」

「だと思うけど……」


 大学へ行き講義を受けているとそのことはすっかり忘れてしまっていた。だが帰宅して夜部屋へ落ち着くと、昨夜のことが気になってなかなか寝付けなくなった。


 十一時が過ぎた……。


 ドアのそばで耳を凝らす。昨日音がしたのはまさにこの時間帯だった。


 だが、何の物音もしない。今日は出ていかないのだろうか。


 ベッドに横になり音の事はもう忘れてしまおうときつく目を閉じた。


 再び目を開けると時計の針は十二時を回っていた。


 ふう、今日は大丈夫なようだ。眠気が襲ってきた。ああ、このまま眠ってしまおう。


 そう思った矢先、遠くの方でがたんとドアの開く音がした。確かにドアの開く音だ。誰だろう。


 起きて誰がいるのか見てみたい衝動にかられた。だが、金縛りにあったように動けない。見てはいけないものを見てしまうのではないだろうか、とかここに住んでいる人以外の人間がそこに立っていたらどうしようと怖くなった。住人のうちの誰かが出ていったのなら戻って来た時にドアの閉まる音がするはずだ。


 目が冴えてしまった。そのまま時計の針を見つめ、音が再びするのを待った。だが、音はもう聞こえない。


 三十分が経過した。


 気になって気になって寝付けない。体を起こし、部屋を出ることにした。今日こそは正体を突き止めよう。ただ単に夜食を食べに降りて行っただけだと分かれば一安心だから。


 そっとドアを開けて下へ降りる。一応みんなの部屋の前で物音を確認する。だが、どこの部屋も静かだ。


 

 キッチンのそばへ行くと明かりがついているのがわかった。誰かいたのか。ほっとして中へ入るとそこには……楓さんが一人で座っていた。


 ああよかった。音は楓さんの部屋からしたのか。


「オース! 夕希君どうしたの?」

「あれ、楓さんだったんですか」

「何のこと?」

「さっきガタンってドアが開く音がしたので、十二時頃だったかなあ、楓さんが下へ降りて来たんですね」

「えっ、私一時間以上ここにいるけど」

「そ、そんな……はずは……」


 じゃ、あの音は楓さんじゃない!


「ここで、お酒を飲んでたのよ一人で……夕希君も眠れなかったの? 一緒にお酒飲もうか」

「は……はあ。明日は仕事は大丈夫なんですか?」

「うん、遅出だから……夕方からよ」

「じゃあ」


 ここで見張っているか……。


「一緒にお酒を飲みます!」

「おお、うれしいねえ」


 楓さんはにこにこして冷蔵庫から缶ビールを一缶出してきて、僕の目の前においてくれた。


「つまみはさきイカとナッツだけど……どうぞ!」

「いただきます」

「夜は静かねえ」

「この辺は静かだし、外は真っ暗だし」

「ちょっと寂しいわね……」

「本当に」


 体はいかついが目がとろんとして甘えモードに入っている。そういえば一歳しか年が離れていなかったんだっけ。寂しいという言葉に胸がきゅんとなる。


「毎日楽しい?」

「まあまあ、楽しいです」


 大学もシェアハウスもいろいろなことがあって、刺激的で……いつもわくわくすることが起きる。


「いいねえ」

「楓さんも、いつも生き生きしていて……いいですよ」

「えへ、そう。嬉しいなあ~~~~、むにゃ……」


 それから三十分ぐらいだろうか。僕たちはビール片手に二人だけで過ごした。その間もほかの人の気配はなかった。


「もう眠くなっちゃった、私は寝るよ~~。付き合ってくれてよかった~~、う~~むにゃ、むにゃ……」

「気を付けてください。僕が送っていきますよ」

「あら、優しいわね」


 楓さんはふらつく足で階段を上り廊下をそろそろと歩く。僕は肩を貸してあげた。がっちりした腕が僕の肩にのしかかる。


 すると、ガシッと楓さんが僕につかまりそのはずみで……抱きついた!


「楓さんっ!」

「う~ん、むにゃ、嬉しいよ私はっ!」


 さらにぎゅうっと僕の体に抱きつく。彼女の全体重がかかっているのかと思えるほど、しっかり体を抱きしめられた。


「う~~ん、今日はいいことあったなあ」

「僕もです、おやすみなさい」


 すると再び僕の体を抱きしめてから部屋へ入っていった。


 僕も部屋へ戻りベッドに潜る。結局その夜もドアの音を聞くことなく眠りに落ちてしまった。 

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