第34話 深夜に聞こえる不審な物音①

 萌さんの手の感触が残ったままその日一日を過ごし、二日間の休日が平和に過ぎていった。



 そしてやってきた月曜日の朝。


 大学へ行くので早めに起き朝食を取りに一階のキッチンへ行く。すでに日南ちゃんとみのりさんが来ていた。一限目から始まる日のお決まりのパターンだ。


 おお、萌さんもいるではないか! 体がぴくんと反応してしまう。ブラジャー研究会と腕相撲の後、彼女の感触がいたるところに残っていて頭の中が少々おかしくなっている。


「萌さん、おはようございます」


 僕は真っ先に萌さんに挨拶する。彼女もにこやかに挨拶してくれた。


「おはよう、お目覚めはいかが?」

「よ~く眠れてすっきりしています」

「じゃ、大学でもしっかり授業を受けられるわねえ」

「はい、眠くならずに……」

「私って腕力弱いわよねえ、夕希くん。つくづく身に染みたわ」

「ああ、腕相撲の事ですか。別にいいじゃないですか」

「腕立て伏せでもしよっかな」

「そのままでも萌さんはいいと思います!」

「おお、優しいね!」


 みのりさんは朝食を食べながら、こちらへ笑顔を向ける。


「腕相撲は楽しかったわあ。またやりましょうね」

「はいっ」

「私ももっと体を鍛えなきゃね。子供たちと走り回ってるけど、筋肉もつけなきゃ、ってしみじみ思った」

「そんな筋肉ムキムキにならなくていいですよ。みのりさんはそのままでも魅力あります。元気で明るいし……」

「そうかなあ」


 二人とも本気で筋肉をつけようと思ったのだろうか。にこにこしているのでよくわからない。


 日南ちゃんは……と様子を見ると……。


 我関せず、といった面持ちで食パンをむしゃむしゃ食べている。いつもの彼女の様子だ。人に媚を売らず、マイペース。


「夕希君、今日は大学一緒に行かない?」

「え……いいけど……」


 誘おうと思えば亜里沙ちゃんを誘うこともできるのに、僕に声をかけてくるなんて、いったい彼女どうしたんだ。普通の女の子だったら特別意味はないんだろうけど、彼女の場合は逆に気になる。


「同じ場所に行くのに、別々に歩くのも変じゃないかなと思って」

「変ってこともないけど、別に一緒に歩いてもいいけど」


 僕の返事も変だな。


「そう、じゃ、出かけるとき声かけてね」

「うん、わかった」


 ますます変だ。僕とコミュニケーションを取りたがっている。


 ところがいざ歩き出しても、特にいつもと違うことを言われるわけでも何かを聞かれるわけでもない。天気の話をしたり、以前蜂に追い回されたことをふと思い出したのかそんなことが懐かしいとつぶやいている。


 

 

 もうすぐ大学に着く、というところで彼女が言った。


「あのさあ、私って魅力ないかなあ?」

「突然何を聞くのさ……」


 返答に困る。そうだともいえないし、褒めまくるのも難しい。


「だって……亜里沙ちゃんは素敵だし……」

「ああ、誰でもよいところはあるよ」


 としか言いようがない。これ以上いうとしつこいと思われると判断したのか、会話が止まった。


「……そう」

「……まあ……」

「着いた……」

「……そうだね」


 というへんてこな会話で終わり大学に到着した。


 昼食時間は昼休みの時間が終わるまで、フッとパス愛好会の上村君と香月さんと一緒に過ごした。香月さんと一緒にいると明るい気持ちになる。吹いてくる風までが温かく思える。大学での時間が平穏に過ぎ、帰宅した。


 


 そしてシェアハウスに夜がやってきて……。


 食事を終え風呂に入り、しばらくキッチンでのんびりしてから部屋に戻った。見たいドラマも終わり、時計の短針が上の方へ移動するとともに、廊下を歩く足音やにぎやかな話し声が聞こえなくなっていた。


 時刻は十一時を回っていた。


 あと少しで深夜になるころだったろうか。ドアが閉まる音がした。小さい音だが、周囲が静かなのでベッドに横たわっていても聞こえた。


 誰かが部屋を出たのかな……。


 気になって眠れなくなった。しばらくしたらもう一度ドアが開く音がして閉まるだろう。


 だが、なかなか次の音が聞こえない。


 階下にいるんだろうか……。


 僕はそっとドアを開けてキッチンへ行った。そこに誰かがいるのだろうと予想して。


 だが、キッチンの明かりは消えていて、誰もいなかった。


 じゃ、トイレかお風呂……。


 行ってみて、僕は焦った。どちらも明かりは消えていたからだ。


 誰なんだ……僕は怖くなって部屋へ戻った。ベッドにもぐりこみ聞き耳を立てていたが戻ってくる物音が聞こえないまま朝になっていた。いつの間にか眠っていたのだ。

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