第30話 休日のシェアハウス③

「ベンチに座って食べよう」


 外で食べるのは気持ちがいい。遠足気分だ。


「おにぎりの中身は……」

「梅とじゃこの混ぜご飯に蕗みそに鮭!」

「へえ、蕗みそ。僕はそれを頂きま~す!」


 珍しいので蕗みそのおにぎりを取った。蕗の香りが口いっぱいに広がる。


「これ渋みと苦みがあって……美味しい。ご飯に会う」

「よかったらどんどん食べていいからね。二人じゃ食べきれないほどあるんだから、食べる人が増えて丁度よかったね、おばあちゃん」

「ご馳走になります! 手作りのおにぎりなんてめったに食べられないし、いいところをたくさん言ってもらえて気分も最高だし!」


 日差しが眩しい。亜里沙ちゃんの顔が幾分赤くなっている。


「ナイスゲームだったね。私も気分がよくなった。あのさ、夕希君は一人でいろいろやってて大変でしょ。私なんか食事はほとんどおばあちゃんに作ってもらってるんだ。親元を離れたけど親がかりみたいなもんだね」

「まあ、僕の場合は進学しようと思ったら家を出るしかないから、一人暮らしは仕方がない。必要とあればやるしかないんだ。こういうシェアハウスがあって助かってる。話し相手がいるからいい」

「夕希君は親しみやすいからいいわよね。得な性格」

「そうだったね、話しかけやすいってさっき言われた」

「その通り!」

「亜里沙ちゃんはしっかりしてるから一人でも十分やっていける」

「それって誉め言葉なのかな」

「そうでしょう」


 すると吉田さんが口をはさんだ。


「どうかねえ、亜里沙は。意外と甘えん坊なのよ、しっかりしてるように見えるけど。人見知りするし、寂しがり屋だしね」

「そうなんだ……」

「もうおばあちゃん、変なこと言わないでっ!」

「だってさあ、夜ホームシックになってさみしそうにしてるんだもの。おばあちゃんがいるのに」

「わああ~~~内緒だよ」

「へえ、そうなんだ」


 そりゃ、親元を離れて暮らすと時折寂しくなることがあるものだ。その気持ちはわかる。いつもべたべた親にくっついていたわけではないが、いつも一緒にいた人がそばにいないのは妙な気分なのだ。


 ホームシックといえば、僕も部屋で一人になると家が恋しくなることがある。


「僕もホームシックになることがあるよ」

「えええ……っ! そうなの」

「男の子でも同じなのね」


 吉田さんが笑っている。


「そりゃそうよね。この混ぜご飯は亜里沙が作ったのよ」

「わあ、次はこれを食べる!」


 亜里沙ちゃんが作ったじゃこと梅のおにぎりに手を出した。一口含んだら、梅の酸味とじゃこの塩気がご飯の甘みと調和して何とも言えず美味しい。


「これもおいしい! やっぱり亜里沙ちゃんは料理上手だよ。謙遜しなくていいと思う」

「わあ、また褒められちゃった。これはただ混ぜるだけだから簡単なんだけどね」


 せっかくだから鮭のおにぎりも食べてみた。こちらもしっかりした味でおいしかった。


「キュウリもトマトも順調に育つといいね。夏になったら収穫できるぞ!」

「時々覗いてみてね、夕希君。そしてまたお手伝いしてね!」


 

 話が盛り上がっているところに日南ちゃんが現れた。


 ちょっとこの雰囲気、崩されないといいけど。


 亜里沙ちゃんが手を振った。


「日南ちゃんもこっちへ来て」

「……え、いいのかな」


 ためらいがちに走ってくる。しぐさはかわいいけど、なぜか心配だ。


「遠慮しないで。三人でおにぎりを食べてたの、日南ちゃんもどうぞ」

「あっ、小暮君も一緒なのね」

「こんにちは、草取りの手伝いで……おにぎりを御馳走になってた」

「お手伝いしてないけど……いただきます」


 じゃこと梅のおにぎりを取った。


「……美味しい」


 日南ちゃんの心の中では僕はまだ煙たい存在なのだろうか。いつも意識されているようで居心地が悪い。蜂から守ってあげたから見直してくれたらいいんだけど。


「日南ちゃん、夕希君っていい人よ。友達から聞いた噂なんて本当かどうかわからないわよ。私は先入観を持たないことにする」

「あっ、その事は」


 日南ちゃんの友達が僕の元カノだってばれてたんだな。


 もう気にしてないけど、先入観を持ってみられるのは嫌だから黙っててほしかったけど、伝わっていたなら仕方ない。かえってすっきりした。二人でひそひそ噂されたり、陰で囁かれる方がつらい。


「高校のころ日南ちゃんの親友と付き合ってたんだ……」

「わたし、喋っちゃって」

「いいよ。もう気にしてないし」

「私も気にしてないよ、夕希君!」


 亜里沙ちゃんの一言がぐっと心に染みた。不覚にもウルウル涙が出てしまった。

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