第24話 春風が吹いている④

 その日の夜の事……。


 風呂に入りキッチンで休憩していた時のことだった。


 飲み物を飲みながらテレビを見ていた。見たいドラマがあったのでひとり飲み物を飲みながら、スナック菓子をつまむ。部屋で見るのも気楽でいいが、ここの方が広々しているからいい。同じ番組を見る人がいるときや誰もいない時はここへ来る。このドラマは僕だけが見ているようで、ひとりの時間を満喫していた。


 こういう時間もいいなあ……。


 ガタリ、と玄関を開ける音がする。


 誰か帰ってきたようだ。僕は気にせずテレビを見ていた。


 ―――誰だろう?


 そのまま二階へ上がってしまうのかな。


 今度はそちらへ目を向けた。


 ―――みのりさんだ。


「みのりさん、おかえりなさい」


 僕は光さんから聞いた合コンの事が気になり、声をかけてしまった。


「あ、夕希くん。テレビ見てるんだ。ドラマ、面白い?」

「はい、これ毎週見てるんです。誰も見る人がいないようで、いつも僕一人です」

「ふ~ん、座ってもいいかな」

「もちろんです」


 どうしたのかな。元気がない。声をかけないほうがよかったかな……。


「一緒に見ようかな……」

「はい、座ってください。これ、すごい面白いんですよ」


 メイクをばっちりして、ふんわりした服装だ。きっと幼稚園では着替えて仕事をしていたんだろう。


 あ、メイクも仕事が終わってからしたんだな。


「今日は食事してきたんですね」

「そう、こんな時間だものねえ」

「僕も食べてきました」

「へえ、珍しい!」

「柿の木っていうお店に入ってピザとパスタを食べました。美味しかった……」

 

 話をしていると、その時の情景が蘇ってくる。


「よかったわね。美味しいものを食べると元気が出るものね」 

「はいっ、みのりさんの料理は元気が出ます!」

「そうかしら……料理が上手なだけじゃダメなのよね」


 あれ、どうしたんだ。雲行きが怪しい。光さんいった言葉が蘇る。


「そんなことないですよっ! すごいです、みのりさんは!」

「ありがとう、嬉しいな……そんなこと言ってくれるのは夕希君だけ」


 そういいながら泣きそうになってる……。


 どうしよう!


「何かあったんですか……僕でよかったら、話を聞かせてください」

「あのね、今日合コンに行ったの」

「へえ、だから素敵な服を着てるんですね。とっても似合います」

「それでね……女三人男三人いたんだけど……ああん、どうしてなんだろう」

「言いたくなかったら言わなくてもいいですよ」

「いいえっ、聞いて!」

「はい」

「いつも一生懸命仕事して、子供たちとも仲よくして、がんばってるのよ。それにお料理だって好きだし、周りの人たちを明るくしようと、努力してるのに……」

「みのりさんはいつもすごいです」

「それなのに……真紀の顔をじろじろ見ては美人だ、美人だって褒めちぎったり、江利の方は体ばっかり見てるのよ。二人を交互に見て真ん中にいる私の事は素通りよ。にやにやして。なによっ! 私の事なんか興味もないんだもんっ、ひどいわよっ!」

「全く、ひどいですね」


 話はどんどんエスカレートしていく。


「農協の人は美人が好きで、警察官はセクシーな人が好きだなんて許せない。街の女性の事をそういう目で見てきたのかしらっ!」


 みんながみんなそうじゃないと思うけど。


「ひどいなあ。そんな奴相手にしなきゃいいんですよっ! みのりさんに釣り合う相手がいるはずです!」

「そうだといいんだけど……」


 いつもは明るい彼女の顔が沈んでいる。


「みのりさん、元気出してください!」

「ううう……、ありがとう」


 思わず僕は彼女の肩に手を置いていた。彼女はその手をぎゅっと握った。潤んだ瞳で見上げた彼女の顔がたまらなく可愛かった。


 目には涙がいっぱいだ。


 その涙がぽろぽろと零れ落ちる。


「そいつらが悪いんですよ!」

「そうよねえ。絶対そうよねえ」

「そうです」


 すべてを吐き出してみのりさんはしゃくりあげる。


 しょうがないなあ。僕は肩を抱く。みのりさんを励ますんだ。


「わ~~ん、もうやだ!」

「そんなこと言わないでください。みのりさんは素敵です」


 そんなことを言いながら次は彼女の頭を撫で励まし続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る