第23話 春風が吹いている③

 パスタはキノコやベーコンなどの具材の入ったトマトソースで、ピザはシンプルなマルゲリータだ。取り皿に取り分けながら食べると、これまた親しさが増す。


「このパスタ美味しい。料理もおいしいわね、このお店!」

「本当、ピザも旨い! 新しい場所見つけてくれた香月さんのお陰で、美味しいものを食べられた」

「いつも夕食は?」

「シェアハウスにもキッチンがあるからそこで作ったり、たまに食堂で食べたり、出来合いの物を買ってきたり、いろいろだな」

「そうなの……。私はもっぱら自炊。レパートリーはまだまだ少ないけど。徐々に増やしていくつもり」

「そっか、いいレシピを見つけたら紹介して」

「わかった。写真も撮っておくわ。それにしても美味しい。チーズがたっぷりで!」

「たまにここに来よう!」

「たまにはね」


 あまり来ると節約できなくなっちゃうから、たまにしか来られないけど。来るときは一緒に来たいなあ。


 食べ終わると体が温まってきた。ふと、三種類のお茶菓子に目が留まる。先ほどの説明付きのお菓子が食べたくなってきた。まだまだ食べられそうだ。訊いてみようかな。


「食後に何か食べる?」

「う~ん、食べられるかな……。そうね、桃は前回食べたから他の二つのうちのどちらかにしようかな」

「そうだよね。これからパフェを食べるのはかなり大変だもんね。ボリュームがありすぎて。僕は……柿の羊羹にしよう」

「あ、私もそれにする」


 パフェでも食べられそうだったんだが、香月さんの手前、それはやめておいた。


 注文して目の前に現れた柿の羊羹は優しい甘さで、練り込まれた干し柿の歯ごたえが残りなんとも言えず美味だった。お茶に合いそうな味だ。


「家は昔和菓子屋だったんですよ。代が変わってこういう店を始めたんです。だけど和菓子作りはやめたくなかったもので、いくつかメニューの中に残したんです」


 店の人の説明にも納得がいった。食べ終わるってもまだまだ名残惜しかったが、これ以上粘るのもまずいので店を出た。嫌がられると次に来ずらくなる。


「今日はと~っても楽しかった」

「私も。今日は美味しものを食べられてよかった」

「それに作らなくて済んだし」

「そうね」

 

 外は暗くなっていた。僕は彼女と別れてからスーパーで食料を買い込んで商店街を歩いた。


 すると、春風みのりさんが女性二人と歩いている。仕事終わりで帰宅するのかな、と思っていたら二人で店の中へ入っていった。レストランのようなので食事でもするのだろう。彼女も今日は外食なんだな。


 シェアハウスに戻り、食料品を冷蔵庫に入れている時光さんが帰宅した。


「あら、今帰り?」

「はい、食事してきたので」

「へえ、いいお店あった?」

「はい、ちょっと脇道へ入ったところにある柿の木っていう喫茶店へ行きました」

「あら、私も行ったことあるわあ。随分洒落たところで食事するのね」

「いいお店でした。たまには気分転換です」

「そうよね。気分転換は必要だわ。精神衛生上もいいわ」

「帰りがけにみのりさんの姿が見えたけど、どこかへ食事に行くようでした」

「みのりさん、今日は楽しいいイベントがあるみたいだから」

「そうなんですね。なんだろう……」

「合コン! あっ、内緒よ」


 古い言葉のような気がするが、そういうのは今でも健在なんだ。


「へえ、そうなんですね。楽しそうだな」


 だからおしゃれをしていたのか。ばっちりメイクして、フェミニンな服装をしていた。


「なかなか幼稚園にいると出会いが少ないでしょ。今日はいい人に出会えるといいけど」

「はい、みのりさんいい人だからきっと見つかりますよ」

「だけどさあ、女はちょっと謎めいている方がいいのよね」

「そうですよね。みのりさんは十分謎めいてるけど……」

「そう思う? 上手くいくといいけど」


 何かを気にしているような言い方、気になる。


 僕は彼女の付き合い方のテクニックとやらを聞きたくなった。


「ところでさっきの謎めいてる方がいいっていうのは具体的にはどうすればいいんですか? 男でも同じですか」

「聞きたい?」

「聞きたいですっ! 今後の参考に、ぜひ教えてください!」

「全く自分の事を謎にしているのはつまらないし付き合いは始まらないけど、最初から全部わかってしまってもつまらない。これからもっと知りたいな~~っていう気持ちを持たせることが重要なの。そうじゃないと興味が失せるわけよ」

「ふむふむ、確かにそうです」

「女の子は特にそうなんじゃない。これからいろいろ知りたくなる女の子って男心をくすぐるでしょ」


 男の気持ちを知り尽くしているみたいな口ぶりで説明する。


「光さんは男女交際のプロですね。ということは、ズバリ彼氏がいるんですね!」

「まあ、私はね」


 と肯定も否定もしていない。


「病院でいろんな人を見てるから人間関係については詳しいわけ」

「じゃあ、一つ質問してもいいですか」

「何でも訊いて!」

「それでは出会って数回なのに夕食を一緒に食べる女の子ってどうなんでしょう」


「どうって、気があるかってこと?」

「まあそうです」

「少なくとも相手を嫌ってはいないわね。食事の間最低三十分以上一緒にいなきゃいけないわけだからね。だけど好きかっていうとそこまでは分からない。たまたますごくお腹が空いてたのかもしれないし、夕飯を作るのが面倒だっただけかもしれない」

「そうかあ」

「あら、あら、感心しちゃって。ひょっとしてそういうことがあったわけ。今日の夕食の相手は女の子なのね!」

「内緒にしておいてください」

「もちろん、私は口が堅いんだから。患者さんの秘密は決して洩らさない。そうじゃなきゃ看護師はできないわ」


 だけど本当に彼女の口が堅いかどうかは疑問だった。まあ、食事をしただけだから知られてもいいけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る