第21話 春風が吹いている①
「僕もそろそろ出かける時間のようです。楓さん萌さん行ってきま~す」
二人はそろって声を上げる。一緒にいるのが楽しくなってきたので、去りがたくなってしまった。
「行ってらっしゃ~い、またね!」
「はいっ!」
僕は部屋へ戻りリュックを背中に背負い、シェアハウスを後にした。日南ちゃんと亜里沙ちゃんはまだ出ていないようだ。寝不足で頭の芯は重かったか、体だけはしっかり動き出した。
大学へ行き一限目の教室へ入る。
講義の開始まで時間があるせいか、人気はまばらだった。時計を見ると三十分も前だった。後ろの席で誰かが来るのを待とうか、それとも中庭のベンチにでも座っていようか。迷った末、ベンチに腰かけて時間を潰すことにした。天気がいいので外にいるのも気持ちよさそうだ。
次は読書しようか、スマホでも眺めていようか迷う。春だから迷うことが多いのかな。未知の事が多くて決まった行動ができない。
迷った挙句、僕は何もせずに目を閉じてリラックスすることにした。あと十分、いや二十分ぐらいはこうしていられる。
「あの……」
「あ……ああ……」
女の子の声だ。誰だろう。
目を開けると、なんと、香月さんが立っていた!
「あっ、香月さん」
「起こしちゃったかな……」
「あ……いや……」
寝ぼけ顔だったかな、焦る。
彼女はふんわりした長めのフレアスカートに薄手のトレーナーを身に着けている。一見アンバランスな組み合わせが不思議と似合っている。
一気に目が覚めた。
ダークな色調のスカートに柔らかい色のトップス、センスがいい。
「授業まではまだ多少時間がある。だから……」
「……ここで待ってんた。教室は寒いし知ってる人もいなかったから……」
教室の中はひんやりしていたが、ここは陽射しが暖かい。体が温まり気持ちが穏やかになってきた。吹いてくる風も柔らかだ。
「座っていい?」
「どうぞ」
隣に彼女が座ると、さらに体の温度が上がったような気がする。
言葉を交わすのはサークルの顔合わせの時以来だが、その時のはっとした気持ちが蘇ってきた。富士山のような上唇とふっくらした下唇はその時のままだ。話をすると口角が上がり、チャーミングだ。日差しを受けて髪の毛が輝いている。まるで頭の上に星が瞬いているみたい、なんて言ったら漫画の主人公みたいで変なたとえだけど、本当にそんなふうに見えるのだ。
「私の顔、不思議?」
「いや、日差しが当たってるから髪の毛が光ってるんで、眩しかっただけ」
「眩しいの? おかしい……」
フッと笑った。
「顔合わせ会の後、上村君と駅まで一緒に帰ったの」
「そうだったね」
「僕は反対方向だったから」
「近くに住んでるのね」
「そう。歩いて二十分の所。シェアハウスなんだ」
「へえ、楽しそう」
「まあね」
へえ、という表情をした。花蓮さんには先入観を持たないで僕の事を見てほしい。出会って日の浅い時期の印象が極めて重要だ。その点彼女は成功している。
「駅まで行って、それから?」
「カフェに寄ってから帰った」
「そうだったのか……誘ってくれれば一緒に行ったのに」
「急にそういうことになったんで。上村君、地元を離れてこっちに来てから話し相手がいなかったみたいで、一人で喋りまくってた。この辺の印象とか地元の話とか……」
「そうか、一人暮らしだとこっちとはだいぶ違うんだな」
「そうみたい。小暮君はシェアハウスに住んでるから同居してる人と話をすることもあるんでしょ?」
「まあ、キッチンは共有だから。だけどそれほどでもない」
と返事をしておいたが、話をするなんてもんじゃないな。基本的には個室に住んでいるのに、すでにかなり深~い話をしている。
「香月さんは、駅からは遠いの?」
「それほどでもないわよ。ちょっと向こう」
自宅通学か一人暮らしなのかを聞くのはまだ早い。
上村君とだけカフェへ行くのはずるいな、こっちも誘ってみようかな。
「それじゃ、帰りにまた今日もカフェに寄るのも悪くないよね」
「そうね、ここで昼食を摂るのとあまり変わらないけど今日は小暮君とね!」
「そう来なくちゃ。三人しかいないんだから仲よくしよう」
授業までの時間、ここへ来てよかった。
「そろそろ行かない?」
「そうだね、十分前だ」
教室に入ると半分位の席が埋まっていた。僕たちは後ろの方で二人並んで座った。
前の方の席に亜里沙ちゃんと日南ちゃんが並んで座っている。文学部共通の授業なので、学科の違う日南ちゃんもいる。彼女たちは三十分前にはいなかったので、香月さんと話をしている間に来たようだ。
なんか不思議な光景だ。同じ家に住んでいる人達と一緒に授業を受けるなんて……。
講義の間ノートを取り話に聞き入ったりしたが、時々気になり隣の席の香月さんをちらちら見た。彼女の方はもっぱら話に集中しているようだった。前の二人は時々お互いのノートを見せ合ったりしている。
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