第20話 刺激的な日々③

 目覚まし時計の音で起こされ時間を見た。うつらうつらしたままベッドから這い出す。今日は一限目から講義があるから二度寝は厳禁だ。始まったばかりで遅刻するわけにはいかない。昨夜のことが頭から離れず、ほとんど眠ることができず体はだるい。


 朝の光を浴びれば体が目を覚ますだろう。


 自分に言い聞かせて部屋を出た。


 キッチンに行くとみのりさんと日南ちゃんがいた。みのりさんは僕の寝ぼけ眼を見て言った。


「あら、おはよう。なんだか眠そうねえ」

「はい、あまり眠れなかったもので」


「あら、そうだったの。たいへんね、授業中眠くなっちゃうわよお」

「コーヒー飲んで眠気を覚まします」


 日南ちゃんは端の席に着きトーストとヨーグルト、野菜ジュースを並べて食事を始めようとしている。僕はいつものコーヒーを淹れようと準備をする。みのりさんにも訊いてみた方がいいな。


「みのりさん、コーヒー飲みますか?」

「あら、いいのかしら」

「ついでですからいいですよ。たまには一緒に飲みましょう」

「じゃあ、頂こうかなあ」

「日南ちゃんは?」

「私は……いいです」


 僕は二人分をカップに注ぐ。みのりさんは食後のコーヒータイムだ。


「美味しいわあ。幼稚園では園児たちが帰ってからゆっくりコーヒーを頂くこともあるんだけど、それまでは忙しくて飲めないから今のうちゆっくりね。嬉しいわあ」

「いつも美味しいものを御馳走してもらってるから、こんなのでよかったらいつでも」

「夕希君、コーヒー淹れるの上手ねえ」


 また幼稚園の先生に褒められた子供の気分だ。みのりさんはコーヒーカップを両手で包み込み、手を温めながら飲んでいる。


「そういえば昨日の夜、がたがた物音がしなかった。結構遅い時間だったようだけど。隣の部屋だから、楓さんの部屋あたりから聞こえたような気がしたんだけど。ドスン、ってすごい音がしたので目を覚ましちゃったの。だけど、しばらく横になっていたら静かになったから寝てしまったけど……」


 まずい気付かれた!


「へえ、そうですか。僕は気が付きませんでした。よく眠っていたから」

「そうなの? あれえ、さっきはよく眠れなかったって言わなかった? 眠そうな顔をしてるけど……楓さん大丈夫だったかなあ」


「心配ですよねえ」


 うわっ、つじつまの合わないことを言ってしまった!


 

「コーヒーごちそうさま。さあ、私はそろそろ行かなくちゃ」

「あっ、ああ……行ってらっしゃい」

 

 みのりさんがバッグを片手にキッチンを後にした。僕は日南ちゃんと二人で朝食を摂り始めた。


 

 するとみのりさんが出ていくのと交代で楓さんが入ってきた。あんなに夜遅くまで飲んでいたが今日は日勤なのだろうか。


「ウオ~~す、おはようお二人!」

「お、おはようございます。あ……あのう、昨日はすいませんでした」

「ん、夕希君、何のこと?」

「あっ、昨夜のことで……失礼しました」


 説明するのも恥ずかしいので、そう答えた。覚えていないのだろうか。


「何の話かなあ……よくわからないなあ」


 首をかしげている。


「本当に覚えていないんですか。僕の事を投げ飛ばしたの」

「えええ、何言ってるの! 私そんな事してないわよお。夢でも見たんじゃないの」

「それなら、いいです……」

「変な人ねえ。夜遅くにそんなことするなんて、変な人だと思われるじゃないねえ、日南ちゃん」


 日南ちゃんも何のことかさっぱりわからないので、訝しげにこちらを見ている。


「日南ちゃん、何にもしてないからね私はっ!」


 楓さんとぼけているのか、全く覚えていないのか見当がつかない。覚えていないんだったらそれでよかったけど。


「今日は日勤なんだ。これから出勤よっ!」

「変な人がいるかもしれないから、気を付けてくださいね、お仕事。無茶をしないでくださいっ」

「あれ、夕希くん。そんなこと言って、私の仕事の事わかってるみたいじゃない」

「昨日たくさんお酒を飲んでたから心配になっただけです」

「はっは~~、私もうすっかりお酒が抜けて元気になってるよっ!」

「そのようですね!」


 いつもの楓さんの調子が戻ってきた。


 

 次に入ってきたのは萌さんだった。すでにばっちりとメイクを施し服装もシャープに決めている。


「あ~ら、おはよう。大学生の二人も今日は早く出かけるのね」


 大学が始まるまでは昼間のんびり家にいたのでそんなことを言われてしまったが、彼女が言うと嫌身には聞こえない。日南ちゃんが答えた。


「はい、今日は朝から講義があるので……。私朝はちょっと苦手なんですけど、がんばって行かないと……」

「そうね、初めが肝心ってことね」

「まあ、そうです」


 僕は彼女の仕事が気になって訊いた。


「萌さんもこれから出勤ですか」

「わたし? そうよ」


 ブラウスの胸元が大きく開いて、谷間がちらちら見える。その上からジャケットを羽織ってはいるが、これでは胸元にしか視線が行かない。もし彼女の仕事が営業で顧客が男だったら、谷間だけを見ながら話を聞いてしまうかもしれない。ブラウスの生地も白で肌が透けて見える。


 わっ、ブラジャーの色は……ピンクだ。


 ピンクのブラジャーがこれでもかというほど彼女の胸を盛り上げ、真ん中に富士山のようなふくらみを作っている。いや、聳え立つ角度はキリマンジャロというところか。


「一日大変だけど、がんばらないとね」

 「そうですよね」


 萌さんは楓さんに話しかけた。


「あら、楓さん。今日は日勤?」

「そうで~~す!」

「夜飲んでも朝はケロッとしてるんだから、凄いわよねえ楓さんは」

「まあね」


 二人は仲がいいんだな。こんな調子でいつもやり合ってるんだ。

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