第19話 刺激的な日々②

 もう逃げ隠れすることはできない。


 座り込んだまま彼女の服装を見る。もちろん視線は合わせられない。黒の下着姿ではなくパジャマを着ていることは分かった。


 静かに顔を上げる。彼女は腰に手を当て唇をきゅっと結んでいた。うわっ、やっぱり怒ってる。


「すいません!」

「何を……してたのかな……」

「あああ……ああ……飲み物を持って戻ってきたのですが……慌てて落としてしまって」

「その慌てようは、ずっとここにいたってことね。こっちへいらっしゃい」


 そうだ、僕のあまりの慌て方を見て察したのだ。僕は楓さんに命じられるまま部屋へ入った。


「そんなに私の事が気になるの。夜も眠れないぐらい……」


 時刻は既に深夜を過ぎ日付が変わっている。彼女はジト目で舌なめずりする。


「そ、そ、そ、そういうわけじゃ……ないのですが……」

「ないけど……どうしてかな?」


 言い訳すればするほど、ここにいたといっているようなものだ。彼女まだ酔いが抜けていない。


「そ~んなに私が気になるなら、手ほどきしてあげるわ」 

「あわ、わ、わ、わ、わ……わわわわ~~~」


 そんなあ! あああ、今まで守り続けた童貞をここで彼女に奪われてしまうのか、いや別に守りたくて守ってきたわけじゃないけど、結果的にそうだったんだけど、やっぱり好きな人のために取っておきたかった!


「私の熟練の技を伝授してあげる!」

「そ、そ、そ、そんな、無理ですっ!」

「だって、かまってほしいんでしょ、夕希くん、あんっ。手加減はしないよ!」

「そんなああ~~~、本当にやめてください!」

「いくよっ」


 楓さんはグイっと手を伸ばし僕の肩をつかんだ。


 そしてぐっと自分の方へ引き寄せパジャマの胸元を両手で引っ張る。


 すごい、こんな形でヤラれてしまうのか!


 うわっ、一巻の終わりっ。彼女は僕の体を引き寄せ締め付ける。彼女の肩の筋肉の張りと胸のふくらみが直接伝わってくる。


「覚悟して! さあ」

「うお~~っ!」


 僕は雄たけびを上げる。体が離された。すると、次は両腕をがしっとたくましい腕で掴んだと思うと股間に片足を入れた……。


 そこは蹴らないでくれっ!


 ふう……蹴られはしなかったが、体のバランスが崩れ後ろ向きにひっくり返りそうになる。


「うわあっ!」


 危うくひっくり返りそうになった体を引き寄せ、くいっと体を反転させた。


「うわっ!」

「どうだっ!」


 体がふわりと持ち上がり次の瞬間床に体が押し付けられた。とっさに両手で突っ張った。


 ヤラれた……。


「どう、私の技?」

「一本取られました……」


 ってこれが手ほどき。


 彼女はそれ以上手を出さなかった。僕は襲われて奪われてしまうのかと思い、恐怖に震えていたんだが勘違いもいいところだ。


 恥ずかしい。ああ、僕がふざけたことをしたんで、技をかけられてお仕置きされたのか。


「はああ、しょうがないわね夕希君は」

「すみません」

「さて、ちょっとトイレに行ってくるわ。飲みすぎたみたいで……頭がふらふらするわ。ついでに水を持ってくるね。まだ戻らないでそこで座って待ってて。私を困らせたお詫びにね」

「はい、待ってます」

 

 完全に怒っていたわけではなかったので安心した。しかし彼女の技はすごかった。体育の授業で取り組みをした同級生以上の腕前だ。


 楓さんは部屋を出て行った。あの技と甘く囁くような声、その対比がなんとも言えず神秘的だ。僕はテーブルの上に置かれたタオルに目が留まった。その下にちらりと見えているのはCDかDVD。


 タオルをめくりタイトルを見る。怒られたばかりなのに、彼女の秘密が知りたくなる。心臓の鼓動が早まる。


「真昼の情事(ラブアフェア)」


 べたなタイトルだな。これはアダルトビデオだ。これを見ていたのか、誰もいないはずの昼間に大音量で。そういうことだったのか。男の人と昼間からいちゃついているのだと勘違いした。いや~~、このビデオ相当激しい内容だったな。


 そして、今回聞こえてきたのは彼女の生声。一人で悶えていたアノ声を聞いたのだ。僕は嫌な男だな。そっとタオルをかぶせた。


 楓さんが戻ってきた。


「どうも、お待たせ~~! もういいやっ、これ一緒に飲もう」

「ありがとうございます。お酒じゃないんですね」

「当り前よ。これ以上飲めないもん」


 飲み物を持ってはいたが、彼女からもらった炭酸飲料をごくりと飲んだ。


 彼女は膝を丸めて座っている。


「これでいろいろ分かったっちゃったね。私のやっている仕事は警備員。日勤と夜勤があって昼間部屋で寝てるときもある。高校を卒業してからこの仕事をして一年ぐらい経ったかな……」

「へえ……じゃあ僕より一歳しか年上じゃないんだ!」

「そういうことかな。年齢もわかっちゃった。もっとお姉さんかと思った?」

「はい、しっかりしているしたくましいし」

「いつも気を張って仕事してるからよ」

「そうですよね」


 楓さんがキラキラして見える。


「楓さんってかっこいいですよ……いつも」

「うお~~、ありがと。そんなこと言われると、また飲みたくなっちゃうんだけど」

「それはやめときましょう」

 

 僕の目は完全にさえていた。


 楓さんの目はとろんとして夢見ているようだ。


「遊びに来たかったらちゃんとノックして来てよ。立ち聞きはよくないよ……」

「ごめんなさい」


 僕を責めるような、それでいてすねたような表情を見ていたらドキリとしてしまった。



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