第16話 シェアハウスは第二の我が家②
「ただいま!」
「……ふう、着いた……」
玄関を開けて声をかける。急に入って驚かせてはいけないので皆ただいまと一声かけてから入る。僕もいつの間にか身についた。
「あ~ら、お帰りなさあい。ほお~~、二人で帰ってきたのねえ。二人は仲がいいのねえ」
春風みのりさんの声だ。
キッチンに入る。日南ちゃんは、からかわれたのだと思っても目だけで怒ってもじもじする。
「ち……違います……」
僕も助太刀だ。
「たまたま帰りが一緒になったので……」
みのりさんはじれったそうに手招きをする。
「もう、そんなことどうでもいいから早く入ってえ」
「わああ~~、いい匂いがする! 何か焼いてるんですか? あっ、これですね!」
テーブルに乗っているのはたこ焼き器。鉄板が丸くくびれていているあれだ。その中にはすでに具材が注がれぷつぷつと泡立っている。湯気がほんわかと立ちカリッと焼けたいい香りが部屋中に漂っている。
「匂いが強いから、一応大家さんに知らせてあるのよお。ねえ、美味しそうでしょ? 私こういうことができるかと思って持ってきたのよ」
これを持っているとは関西出身かな、みのりさんは。部屋に戻るのももどかしくテーブルに着く。
「はい、すっごく、美味しそうです! 急にお腹が空いてきましたっ!」
「私も……お腹ペコペコです」
よく歩いたもんな、日南ちゃんも。
みのりさんは串を持ち、器用にくるりとひっくり返す。
「わあ、上手です」
おっ、日南ちゃんが意見を言った。
「でしょう、上手いのよね」
前に座って看護師の秋沢光さんはうれしそうな顔でそのしぐさを眺めている。彼女の皿にはいくつか焼けたたこ焼きが乗っている。それを一つ口の中に放り込む。
「前もって言っておけばよかったかなあ。食べてきちゃったら食べられないでしょ」
「食べてきても、これは食べられますっ! 美味しそうだもの」
僕は何が何でも食べると断言する。看護師の光さんは今日は日勤なんだな。この時間に家にいるんだから。
「光さん、今日は日勤だったんですね」
「そうなのよ。私も夜勤ばっかりじゃ大変だもの。体がもたないわよお」
「そうですよね。光さんも焼いてみましたか?」
「ううん、だってみのりさんがいるのに、手を出しちゃ悪いじゃない。彼女料理上手なんだから」
「全く調子がいいわよねえ、光さんはあ」
相変わらずの口調。
僕と日南ちゃんは向かい合う形で二人の隣へ座ったが、光さんは食べながら僕の肩を触ってくる。この人、話をするときは人の体に障る癖があるんだよなあ。看護師ってそうなのかなあ。そんなわけないと思うんだが。
ポンと僕の肩をたたき言う。
「さあ、若い子たちがやってみたら。みのりさん、ちょっとやらせてあげてもいいわよね」
「もちろんいいわあ。私ばかり楽しんでちゃ悪いもの。ひっくり返したばかりだから、もう少し焼けたら転がせばいいわ。さあどうぞ。初めは夕希君からね」
日南ちゃんが最初では引いてしまうことがわかっているようだ。
「おっ、僕からですか。やったことないんですが、できるかなあ」
すると横で眺めている光さんが掛け声をかけた。
「できるわよお、器用そうじゃない夕希君。若者はなんでもトライしてね!」
光さんだって若いのに、調子がいいな。でも面白そう。
僕は串を持ち少し待ってから、転がすように串を動かした。もうほぼ焼けているので、難しいことはない。
「おお、転がってるよ。やっぱりうまいねえ」
光さんはおだてるのもうまい。これも看護師人生で培った技なのか……。日南ちゃんは僕の動きを黙って見ている。次は自分かと緊張してるのかな。
「ねえ、日南ちゃんもやってみる」
「……あ、あたし?」
日南ちゃんは一人しかいないんだけど。
「……やって……みる」
おおそう来なくちゃ。
串を持って二人でテーブルを挟んで立つ。日南ちゃんも串でコロコロ転がす。面白いように回転して全部がひっくり返った。
「……できた」
「あと少しで完成かな」
光さんは拍手する。この態勢照れ臭いなあ。
「さあ、出来上がりかな!」
みのりさんが腰に手を当てて焼き加減を確認する。
そして、僕と日南ちゃんの分を小皿に取り分け残った分は大皿に盛った。これはあとから帰ってきた人の分かな。アツアツのたこ焼きにソースと青のりをかけて口の中に入れる。
「おっ、あっつ~~い!」
「気を付けて! 出来立てなんだから」
噛むとじゅわっと口の中に香りが広がる。美味しいし、あったかい!
「うん……美味しいね」
え、日南ちゃん僕に返事をした。大皿に手を伸ばしながら光さんがいう。
「さあ、もっと食べよ~~っ! 食べられるうちが幸せなのよ!」
「随分食べるわねえ。私も作ってばっかりだから、食べるわあ!」
みのりさんも席に着き食べ始めた。一体光さんはどれだけ食べてるんだろう。
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