第15話 シェアハウスは第二の我が家①
サークル室を出て門へ向かい二人と別れる。彼らは並んで駅方面へ向かう。僕は一人、別の道をシェアハウスに向かって歩き始める。ほとんどの学生は駅方面へ向かっているので、こちらの道は人通りがほとんどない。
しばらく歩いていると、前方に女子の姿が視界に入った。彼女の姿はこちらが歩みを進めるたびに大きくなっていく。小柄で忙しげに足を動かす後ろ姿……。
キッチンで見た後ろ姿と重なる。日南ちゃんでは……。
足の長さが違うのでどんどん彼女の姿は大きくなり、とうとう目の前に来た!
「日南ちゃんでしょ、やっぱりそうだと思った」
「えっ、誰?」
歩くことに集中していたのか、はっとしている。
「僕だよ」
「あ……ああ夕希君、びっくりした」
「驚かせてごめん」
なぜか謝ってしまった。上から顔を覗き込み質問する。
「今帰りなの?」
講義が終わってからだいぶ経っている、彼女もどこかへ寄ってきたのかな。
「まあ……そう。勉強が心配だから……図書館に寄って調べ物をして……遅くなっちゃった」
「ほお、偉いなあ。僕はサークルの集まりに出ていた」
「……サークル……どんな?」
「フットパス愛好会、っていうんだ」
「……フットパス……」
「歩くことを愛する会とでもいうのかな。趣味の同好会だよ」
「そう……なの。歩くのが好きなの?」
あれ、僕の話に興味を持ってくれている。話を続けよう。
「好きっていうか、なんというのかなあ。知らないところへ行くのが楽しそうだから入ったんだ。友達が増えるかもしれないし。でも部員は三人だけだった」
「……一人じゃなくて、よかったんじゃない。歩くのが好きなの……私も小学生の時は道草をするのが好きだった」
「へえ、日南ちゃんはそんな小学生だったんだ……」
「そ、そんな。驚かないで……」
意外だな。幼いころの日南ちゃんが道草をする姿が目に浮かぶ。
これは何という花かな、なんて言いながら文字通り道に生えている花なんかを愛でる姿が……。怖がりで、家まで一目散に帰るタイプだと思ってたので予想外だった。
「寄り道ばかりしてた……子供のころは」
「そうなのか、それじゃ、久しぶりに道草をしてみる? 童心に帰って!」
「え……道草?」
「まあ、ちょっと回り道して帰るだけだよ。他の道を通ったことがないでしょ?」
「まあ……そうだった。でも、遠くならないかな?」
「多少はね。だけど、道草っていうのは遠回りするものだから」
「どうしよう、私……」
「ちょっと調べるから待ってて」
僕はスマホをポケットから取り出し、マップで検索した。脇道がないか見てみると、少し遠回りになるが他にも帰り道があった。
日南ちゃんにスマホを見せる。ダメ元だと思って提案したので、やめると言われたら道草は無しにするつもりだった。
マップを見て日南ちゃんがいった。
「行ってみる……」
えっ、大丈夫なのかな。
この答えは意外だった。驚きを見せないようにさりげなく答える。僕の事はあくまで牽制するつもりだと思っていたから。
「じゃ、あの道を右折するね」
こっくりと頷く。
右折すると道は狭くなった。本当にシェアハウスに通じてるのか不安になったが、マップに出ているのでそのまま直進した。完全に脇道だ。これは農道だな。
「昔道草したのはこんな道?」
「少し違う……」
同じペースで歩いていたら、日南ちゃんの方が遅れ気味になるので歩みを遅くする。これで彼女の方は丁度よさそうだ。
「もう慣れた、今の生活?」
「まだ……慣れない」
「にぎやかなのは苦手だった?」
「そうでもないけど」
ほんの道草のつもりで寂しい道に入り、いつの間にか人の姿は全く見えなくなってしまった。
悪いことをしたかな。それじゃなくても僕のことを恐れているのに……。
「誰も歩いていないね」
「人が……いなくなっちゃった」
「ごめん、こんな道を選んじゃって」
「……大丈夫、怖くない」
僕が怖くないってことか。こんなところで襲ったりはしないのに……。
彼女の足取りが幾分早くなっている。
あっ、蜂が飛んでる!
日南ちゃんも気づいた。
「ああ、刺されたらどうしよう、怖いっ!」
「この辺花が多いから集まってきたんだ! 刺激しないようにしよう」
「うわっ……」
「こっちこっち!」
彼女の腕を引っ張り、蜂のいないところでガードする。
「あと少しだ……」
「……刺されないでよかった……頑張る」
それからは無言で足を動かす。次は何が出てくるかと、日南ちゃんは必死の形相だ。
おお、ようやく遠くに見えてきて、ホッとした……。
「もう見えた……」
「……帰れてよかった」
そりゃ帰れるだろう。
「道草は、どうだった」
「スリルが……満点……」
この反応もおかしい。
すでにあたりは薄暗くなっていた。あと少し遅くなっていたら、真っ暗になってしまい、日南ちゃんは泣きだしてしまったかも知れない。
今日の道草は彼女にとっては冒険だった。
シェアハウスに戻ってきて、ホッとしている自分がいた。今はここが我が家だもんな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます