第11話 毎日が発見④

「さあ、できたよ! 召し上がれ~~! 日南ちゃ~ん」

「あ……どうも」

「まあ、作ったのはほとんど夕希君なんだけどね」

「すいません……私何もしなくて……」


 日南ちゃんは目の前に置かれた皿を見て、さっきより更に小さくなっている。


「遠慮しないで食べてっ! 私はキャベツを切っただけだけど……美味しくできてるといいなあ」

「家でよく作ってたから、失敗はしなかった」


 と僕が付け加える。


「美味しいわよきっと、いい香りじゃないの。さっ、いただきま~す! お~し、食べるぞお!」


 これが普段の楓さんに違いない。完全に元に戻ったようでホッとする。


「うん、まあまあかな。どう味は、日南ちゃん……」

「え……と……美味しい……かな」

「よ~~かったあ! ねえ、夕希君!」


 楓さんが威勢よくいう。一人で食べるよりは数段美味しかったに違いない。楓さんは食べながら僕たち二人を交互に見る。


「いいわね、二人とも。これから大学生活をエンジョイできるんだもの。私は、もう毎日仕事ばかりで、なかなか自由な時間がないよお!」

「あのう、楓さん。この家にきてどのくらいですか?」


 どこまでプライベートなことを聞いていいものやら判断が難しいところだが、この質問はいいだろう。


「二年になるかな」

「まだそのくらいなんですね」

「もっと長くいると思った?」

「もうちょっと長く住んでるのかなと思いました。とっても慣れてるみたいなので」

「ここは、すぐ慣れるわよ」

「だといいですが……」

「だってすでに慣れてるじゃない」

「そうですか」


 食べっぷりよくあっという間に平らげて、楓さんがいった。


「焼きそば、美味しかったあ! ふう、こういう日は一緒に食べるのもいいわね。昼間一緒にいるときはまた食べようね!」

「あ……はい」


 日南ちゃんはこっくりうなずいた。おっ、これは嬉しい合図。


「ちょっと待ってて、部屋に行ってくるから」

「はい、ごゆっくり」


 変なことを言ってしまったかな、深い意味はないんだけど。


 戻ってきた楓さんは財布の中から小銭をいくらか出して、僕に手渡した。


「は~い、これ割り勘ね」

「そんなあ……大した額じゃないし……いいですよ」

「お金のことはきちっとした方がいいの」

「でも……」

「その方が、遠慮なく食べられるでしょ。こういうことはこれからもあると思うから、ちゃんと割り勘にしようね」

「ああ、それも快適に生活する秘訣なんですね。もらっておきます」


 二人のやり取りを見ていた日南ちゃんは、急に血相を変えて二階へ走り、お金を僕に手渡した。漫画の主人公みたいなしぐさだ。


「わ、わたし、全然気が付かなかった……」

「いいの、いいの。じゃ、もらっとくね」


 楓さんが言う通り、この方が後腐れもないし、食べた方も気がとがめなくていいかもしれない。


「財布持ってきたから、ちょっと買い物へ行ってくるね。バイバイ!」


 楓さんは、元気よく玄関を後にした。日南ちゃんと二人だけになった。


「私何もしなかったから……せめてお皿を洗う……」

「それじゃ、お願いします」


 日南ちゃんがお皿を洗い始めたが、僕はその場を去りがたく椅子に座っていた。それについては彼女は何も言わない。ちょうど彼女の真後ろの位置から後姿を見る。


 小柄でコロンとして可愛い……胸は小さそうだ。スリッパから覗く足が小さくてかわいい。全身をくまなく観察するが、前方を向いているから大丈夫だ。


 洗い終わってこちらを振り向いた時、目がもろに合った。


 あっ、いけね……。じろじろ見すぎた。


「あのう、なにか……」

「いや、別に用はないけどここで休憩してたの」

「そう……なの……」

「僕も駅前のベーカリーでパンを買ってきた。これで明日から飢え死にしなくて済むよ」

「そんな……私のを上げたのに……」


 本当に死んでしまうわけじゃないのに、この反応は面白い。


「飢え死にしそうになったら食パンを、ください」

「その前に……あげる」


 面白すぎるう。また距離が縮まったみたいだ。


「あ、僕はそろそろ部屋に戻る」

「私は、まだここにいる」


 何をするのかまで訊くのはいけないな。


 一人で二階へ上がっていき、自分の部屋の前まで来てすぐ前にある楓さんの部屋の様子をうかがった。


 人の気配があるかな、と耳を凝らすが何の物音もしない。


 あれ、ドアが開いている……隙間を広げて中を覗く。


 物騒だなあ、閉めといてあげなきゃ、と心の中で言い訳をしながらそっとドアの隙間を広げ、目だけをくっつけて中を見ると……。


 そこには……誰もいなかった。


 あれ、いないぞ! 


 あの声の男はどこへ消えてしまったんだ! 


 謎だらけのままそっとドアを閉めた。戻ってきて何か訊かれたら、開いていたので閉めておいたと言えばとがめられることはないだろう。

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