第10話 毎日が発見③

(ああ、驚いた。楓さんと誰かがあんなことを……。と思い始めたが、彼女はれっきとした大人だし、誰と付き合って部屋で何をしようがおかしくない。そうだ、あの声は聞かなかったことにすればいいだけだ)


(はあ、全く僕としたことが。慌ててしまった。これからの大学生活について考えよう)


 大学のパンフレットを出し、カリキュラムや構内の施設について目を通す。まだ必修科目がほとんどだから、文学部の学生は一緒にいる時間がほとんどのようだ。ってことは日南ちゃんや亜里沙ちゃんと一緒にいることが多くなる。知り合いがいると心強い。


 大学にはカフェやフードコートがあり、麺類やカレー、定食などが食べられると書かれている。昼食を持っていく必要はないから助かる。ここから大学まで徒歩二十分だ。スマホで検索しマップを見ると、シェアハウスと駅と大学を結ぶと三角形ができる。大学の方が駅からはだいぶ近い。位置関係が分かったところでスマホを机の上に置いた。


 歩き疲れてベッドの上に寝転がって天井を眺めているとうつらうつらしてきて、スマホに着信があり寝転がったまま返事をした。


 高校時代の友人多津彦からだ。


「もしもし、多津彦」

「お~い、夕希、もう引っ越しは済んだ?」

「ああ。部屋にいるところ」

「シェアハウスってどう? 楽しそうだけど、意外と気を遣うんじゃない……」

「そうでもない。結構快適だよ」

「そうなのか。俺も一人暮らししてみたいな。自宅通学じゃ代り映えしないよ」

「贅沢言うなよ。自宅から通えれば、経済的だし家事をしなくても済むんだから」

「まあ、親がかりの生活だからそうだな。それでさ、他の人たちって男女いるんだろ? 何人ぐらい住んでるんだ?」

「全員で六人だ、住人は」

「住人は、ってことは」

「大家さんが階下(した)に住んでる」

「ふうん、大所帯だな。それで女の人は?」

「……え、と、住人は五人だ……」

「ええっ! それじゃ夕希以外、全員女かっ!」


 電話口で絶句しているのがわかる。よだれをたらしそうな顔をしている多津彦の顔が目に浮かぶ。


「……まあ、そういうこと」

「いいなああ~~、夕希。うらやましい……」


 もろに羨ましがっている。あえてクールに言う。


「そうかな……」

「……で、大家さんの孫もいるけど、同い年」

「その子は」

「……え……と…………女の子」

「へえ~~! いいなあ~~~!」


 言わないほうがよかったな。遊びに来られたら面倒だ。前の部屋のあの声まで聴かれたらまずい。僕が気にすることじゃないけど。


「わあ、そんな生活してるんだ。楽しくないわけがないな!」

「それほどでもない。食事の心配をしなきゃいけないから」

「それを差し引いても、かなりメリットの方が大きい」

「運がいいのかな」

「そうだ! その中に素敵な女性はいるのか?」

「どうかな、まだわからないよ。一日しか経ってないから」

「誰かと仲良くなったら、教えろよな」

「ああ……」


 まだまだみんなの様子がつかみ切れていないのは嘘偽りのない事実だ。だから、何と答えたらいいものやらわからない。


 そのあとかなりおしゃべりをして、そろそろ昼食の支度をしようとキッチンへ降りて行った。すると、先に日南ちゃんと楓さんが来ていた。日南ちゃんとの距離の取り方や会話の仕方はだんだんわかってきた。優しく静かに話しかけるのがコツだ。


 楓さんは、というと。


 目の下にクマができていて、ぐったりした様子だ。お疲れなんだろう。


「おーす……夕希く~ん」


 挨拶はオース、だが勢いはない。


「楓さん、お疲れさまでした。夜の仕事は大変ですね」

「もう、夜の仕事って言わないでよ。誤解されちゃうじゃない。真面目な仕事なんだから」

「そんな、変な意味はありません」


 あれ、男の人はまだ部屋にいるんだろうか。それとも誰にも気づかれないうちに帰ったのかな。


「部屋に戻ってひと眠りしたんだけど、まだ疲れが抜けないよお……」

「今起きたばかりなんですね」

「……あ、まあ」


 目が泳いでいる。他の三人は仕事に行っているんだろう。今日部屋にいるのは三人か……謎の男がいなければ……。


「あのう、もしよかったら焼きそばを買ってきたんだけど三人で食べませんか?」

「ええ、私も食べちゃっていいの?」

「はい、日南ちゃんもどうかな?」

「……え。悪いよ……」

「どうせ作るのは一緒だし、ね」

「……ああ」


 どっちなんだろう。すると、楓さんはもう食べる気になり、こういった。


「じゃ、私キャベツでも切ろうか。それとももやしがある?」

「どっちもあります」

「おっ、気が利いてるねえ、僕」


 子ども扱いだな。だけど急に元気になった。部屋には誰もいないようだ。二人のやり取りを日南ちゃんは椅子に座って静かに眺めている。


「日南ちゃんは座ってていいよ。私たちで作るからさ」

「…え、でも、いいのかな」

「今日はね」

「すいません」


 あれれ、そういうことになっちゃった。役割も決まったようだし。僕と楓さんで焼きそばを作ることになった。日南ちゃんは椅子に座って縮こまってる。恐縮してるんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る