第8話 毎日が発見①
部屋へ戻りベッドに横になると心地よい眠気に襲われて、そのまま気が付いたら朝になっていた。
昨夜ビールを飲み酔いがまだ冷めていないようで、頭がまだ少しぼおっとしていた。
スウェットに着替えタオルを持って洗面所へ行くと、日南ちゃんが先に顔を洗っていた。その後ろで直立不動の姿勢で待っていると、顔を拭き終えた日南ちゃんが鏡越しにこちらをじっと見た。
「おはよう」
黙っているのも変だから、僕は声をかけた。
「……」
「おはよう」
「……お、おはよう」
「これから朝ごはん?」
「……」
「食べるんでしょ?」
「まあね。普通顔を洗ってから、朝ごはん食べるよね」
「そうだね」
交代して顔を洗う。やりにくいなあ。完全に悪者扱いされているようだ。彼女に何も悪いことをしてないのに。
食堂へ行くと日南ちゃんは食パンを取り出し、トースターに入れた。持ってきたコーヒーを日南ちゃんに勧めてみようか。
「コーヒー持ってきたんだけど、飲まない?」
「どんなの?」
「フィルターで越して飲むんだ」
「へえ……」
持参した器具を眺めている。
「じゃ、淹れるけど」
「……あ、ああ、飲んでみようかな」
おっ、ここは素直に飲むんだな。お湯を沸かし食器棚からコーヒーカップを二つ取り出し並べた。食べ物の方は、昨夜冷蔵庫に保管しておいた総菜パンを取り出す。後で散策もかねて食料品や日用品などの買い出しに行ってみよう。
「粉を買ってきたんだ。これ美味しいから、おススメだよ」
「へえ、本格的なんだね。カフェみたい……」
「まあね」
おお、今日は普通に会話ができた。昨日は機嫌が悪かったのかな。
お湯が沸いたようだ。少しずつ二つのカップに順番に注いでいく。キッチンにいい香りが漂い思い切り息を吸い込むといい気分になる。酔いがさめそうだ。
彼女かなりおとなしくて、内気な女の子だって萌さんが昨夜言っていた。
コーヒーを彼女の前に差し出す。
「どうぞ。ミルクとお砂糖はいる?」
「私持ってないんだけど」
「あるからこれを使って」
「どうも」
日南ちゃんは両方を入れて、ティースプーンでくるくると混ぜはじめた。丸い瞳までがそれに合わせてくるくると回っている。じ~っとカップの中を見つめる表情は幼く見える。小柄だし高校生といっても十分に通るだろう。
彼女はおとなしいだけなんだと自分に言い聞かせる。
「味はどうかな」
「ちょっと苦いけど、美味しい」
「もっとミルクを入れるといいよ」
「そう、このくらいでいいかな、やっぱり」
「目が覚めるよ」
子供には苦かったのかな~~。だけど、だいぶ会話ができた。
「この辺歩いてみた?」
「ちょっとだけ……」
「そうだよね、食パンがあるんだもの。いいお店があるかな」
「駅前にパン屋さんがあるよ」
「僕も後で行ってみる」
「結構……美味しいの……」
これだけ話せれば上出来だ。
これで、ぎくしゃくした雰囲気はぬぐえるかな。一緒に生活しているのに、嫌われたんじゃつらい。
「一緒に買いものに行く?」
「それは……ちょっと……用があるから、無理」
焦りすぎた。買い物につき合わせるなんてなあ。やっぱり無理と言われてしまった。
朝食を終えて、部屋に戻り着替えをした。そろそろ店もオープンしてるかな、と適当な時刻になったので外へ出てみた。
シェアハウスを出たところで、大家さんに声をかけられた。
真砂さんと一緒にいる女の子は誰だろうな。おばさんに似てすらりとして綺麗な女の子だ。肩まで伸びた髪が風に揺れている。
「おはよう、木暮さんね。よく眠れたかしら」
「はい、お風呂に入ってゆっくり休みました。これから駅の方へ買い物にいってきます。どんなお店があるのか見てこようかと思って」
「大きな町じゃないからあんまりたくさんはないけど、知っておいた方がいいものね。見てきてね」
「そちらの女の子は?」
「孫娘の亜里沙(ありさ)。この娘も四月からあなたと同じ桜里大学に入るの」
「あ、そうなんですね。じゃ、同級生が三人いるわけか」
「ええ、奇遇ねえ」
まったく、ものすごい偶然。
女の子が照れたように微笑んだ。
「よろしくお願いします。亜里沙です」
「こちらこそよろしく。文学部に通います」
「あら、私もです。こっちの大学に入るのでおばあちゃんのところに下宿させてもらうことにしたんです」
「じゃ、この家で一緒に暮らしてるんだ……」
「はい、部屋が空いてるから使っていいって」
ってことは、真砂さんの居住スペースの方に住んでいるんだな。
もう一人女性がいたのか。僕以外に女の人が7人いるってことか……。ドキドキしてきた。
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