第4話 新生活始まる④

「あのさ、あなた……同じ高校の……」

「木暮夕希」

「やっぱり、そうなのね。友達から聞いたことのある名前。結衣の昔の彼氏」

(昔の彼氏)


 過去形になってる。僕は肯定も否定もしなかった。が、この時点で彼女にはネガティブな感情しか起きないだろう。


「ま、まあ、でも偶然ってあるものだ。ネットで探して見つけたシェアハウスで、同じ高校出身の人と会うなんて」

「私も……ネットで探したんだ……駅と大学に徒歩二十分で、価格が手ごろで」

「じゃあ、ひょっとすると、大学も一緒? 桜里大学?」

「そう、文学部」

「えっ、僕も文学部……なんという偶然」


 親からは、え~~っ文学部に入るの? 卒業したら将来何をするの? と、全然喜ばれなかった。今は技術を身に着けた方がいいだの、資格を取れだの、グダグダ言われながら家を出てきた。


「ひっ、同じ学部だったなんて」

「学科は?」

「……国文科」


 テーブルの隅の方でまだ直立不動のままだ。まだ、相当僕のことを警戒している。


「僕は英文科」


 その時、彼女がふっとため息をつくのがわかった。ホッとしたのか、こちらも学科だけは違っていてひと安心だ。だけど同じ大学の同じ学部に通うことには変わらないし、なんといっても同じシェアハウスに住むことになるというのは痛い。いがみ合いだけは避けたい。


「とにかく、これから……よろしく……」

「それはちょっと、無理……仲良くはできない」

「親友の元カレだから?」

「そんなわけじゃないけど」


 そんなわけ大ありだよ。


 この態度。


 にこりともしない。


「先入観を持って人を評価するのはよくないよ」

「もう、私にかまわないで。そのことは、他の人たちには言わないでおくから」


 当り前だろ。僕は結衣に相当悪く言われてるみたいだ。かたくなに心を閉ざすつもりだ。


 彼女は無言でカレーを皿に盛りつけ、一番端の椅子に座った。僕の対角線上の席だ。二人しかいないのにおかしな位置だ。


 じっと下を向き、食べることに集中し始めた。


 話しかけずらい雰囲気が漂う。


 


 ―――すると、台所の隅にある戸が突然開いた。


 誰だ、あんなところから入ってくるなんて!


 開くはずがないと思い込んでいた戸が開いたものだから、僕はひっくり返りそうになるほど驚いた。だが、座っている彼女は何事もないように、スプーンを皿と自分の口の間で往復させている。


 扉の所にはほっそりした初老の女性が立ち、こちらを向いている。誰が来たのかしら、って顔で僕を見ている。


「あら、あら、賑やかそうねえ。日南ちゃん今お食事なのね。そこの、あなたは?」

「僕は、今日からこちらでお世話になる桜里大学1年の木暮夕希です。あなたは……どなたで……」

「紹介が遅れました、私はここの大家の吉田真砂といいます。わがシェアハウスへようこそいらっしゃいました。大学生活を楽しんで頂戴ねえ」

「そうでしたか……」


 若い女性ばかりに囲まれていたせいか、年配の落ち着いた声を聞きホッとする自分がいた。年のころは七十代かな。

 

「びっくりしたでしょ。このドアが開いて、おばあさんが出てきて」

「そんな、おばあさんだなんて。だけど、開くとは思っていなかったので、正直驚きました」

「昔はこの家で大学生相手の下宿をやっていて、私が夕食を作って出してたんです。そのころは、我が家の台所で作ったものをこの部屋へ運んでね。もう十年以上前にやめてしまったけど、み~んな美味しいって食べてくれたし、大学生たちの元気な姿が見られて楽しかったわあ。そんな生活もよかったんだけど、主人がなくなり、私も年を取り大変になっちゃって……かといって部屋を開けておくのももったいないから、今風のシェアハウスに改造したの」


 そういういきさつでこのシェアハウスができたのか。吉田さんはここの成り立ちについて説明してくれた。

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