第3話 新生活始まる③

「ねええ、夕希くん、夕飯はもう食べたのかしら?」


 楓さんと光さんが部屋へ引き上げた後、みのりさんと僕は二人きりになった。かわいらしい声で春風みのりさんが囁いてくる。名前の通り春風のような人だ。


「いいえ、まだですがカップ麺をたくさん買ってきました」

「あらあ、そんなもの食べなくていいのよ。今日はカレーがたくさんあるんだから」

「えっ、でも、いいんですか」

「私たち、みんなで食べるときにはまとめて作ってるのよ。ほら、その方が食費が安くて済むでしょ」

「確かにその通りですが、誰が作るんですか?」

「それもいろいろ、相談して決めてるの。今日は私が作ったから食べてみてね」

「わあ、ありがとうございます」


 すると目の前にはカレーの皿が置かれた。


 いい香りが漂い、急にお腹が空いていることを思い出した。


「いいにおい、美味しそうだな。いただきま~す」

「遠慮しなくていいわよお、あと食べてないのは一人だけだし、十分残ってるから。そのうちもう一人が来るでしょ。ああ、そうそう、その子も大学一年生なんですって」

「あ、じゃ僕と同じ年ですね、浪人していなければ」

「あなたは十八歳なのね、その子も卒業したばかりだって言ってたから同い年よきっと。話が合うといいわねえ、女の子なのよ」

「ってことは、僕以外は」

「そう、全員女性ってことね」

「あ、ああ、そうなんですね。不動産屋さんの話によると、男女両方いるってことだったんだけど……」

「三月まではね、でも卒業して出て行ったのよ。ここだと、女の子を引っ張り込めないから、あ、やだ私ったら、彼女を招待しずらいみたいで……」

「そうでしょうねえ」

 

 住人の女性たちが見逃すはずがないもの、呼べないよな。


「カレーのお味はどうかしらあ?」

「美味しいです、最高です」

「わあ、よかったわあ、男の子に褒めてもらえると嬉しいわよねえ」

「うんっ、美味しい。料理上手なんですねえ」

「まあ、また作るわね」

「はいっ、楽しみにしてます!」


 その時廊下を歩く足音が聞こえた。


 さあ、どんな人が来るのかなあ、僕と同い年の女の子って。


 しかしその女の子が現れた瞬間、僕は固まった。


 そんな馬鹿な! 


 どうしてこの娘がここに?


 驚きと、ショックと、困惑と、落胆と、それから焦りと、様々な感情が一気に押し寄せた。そう、彼女は高校時代に付き合っていた彼女の親友。それだけならまだよかったのだが、僕は付き合っていた彼女に手ひどく振られたのだ。きっとそのことは、この娘にも伝わっているだろう。


 ああ、どうしよう!


「あれ、あれ、あれ、あれ、あれれれえええ~~~あなたは~~~」


 やっぱり気づかれた。


「ああああ……ああ」


 僕は思わずうめいた。彼女も言葉が出ない。


「なあに、二人とも、どうしたのかしら? もしかして、知り合い?」


 その通りなんだが、なんと言ったらいいのか。このことは誰にも知られたくない。


 ここは一応挨拶しておこう。こちらが新参者なんだから。


「よろしく、お願いします。今日から、ここへ越してきました」

「そんなあ……むっ、無理です……だって……あなたは……友達の……」

「ちょ、ちょっと待った!」


 すると、みのりさんは、ふたりの様子から勘違いしていった。


「あら、私はもう部屋に戻るからゆっくりね。気が利かなくてごめんね、お姉さんったら」


 いやいや、僕たちを二人きりにしなくていいのに。


「あっ、ああ、いいんですよ、ここにいらしてください。気を遣わないで……あっ」


 せっかく僕が引き留めたのだが、引き上げてしまった。しかも、彼女にピースサインを送りながら。


 あああああ~~~~、思い出したくない~~~~~! 


 だけど、悪夢のような思い出がよみがえってくる。あんたのその自惚れたところが鼻につくのよねっ、て言ってることが意味不明だった。

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