第2話 新生活始まる②

 玄関に行きドアフォンを押す。


 少しだけ間があり、そこから女性の声が聞こえた。


「は~い~~」


 少し鼻にかかったような甘い声が聞こえる。優しそうな声だ。どんな人なのだろう、と胸が高鳴る。


「ぼく、小暮夕希です。今日からここに住むことになりました、荷物は先に届いているはずです」

「あら、新しく入る人ですかあ。ちょっとお待ちくださ~~い」


 ドアが開き丸顔でかわいらしい顔をした女性が顔を出した。ルームウェアに身を包み、エプロンをつけている。素顔がさらに幼い印象を与える。


「あ~~ら~~、ユウキちゃんって、男の子だったのねえ。私たちみ~~んなてっきり女の人かと思ってたのお~~」

「間違えられることがよくあります。名前だけ見るとそう思う人が多くて、困ります」

「やっぱりい~~。さ、どうぞこちらへいらっしゃ~~い。送られてきた荷物は大家さんが部屋に入れてくれたようですよお」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 幼い喋り方だ。子どもに戻ったような懐かしい気分になる。


 靴を靴箱の中に入れ、木目の床がピカピカの廊下を進む。キッチンには六人掛けの大きなテーブルが置かれている。窓側には冷蔵庫やシンクなどがある。


 座って食事をしていた女性二人が顔を上げ一斉に声を上げた。


「へえええ~~~っ、男の人なのかっ!」

「あらあ、女の人かと思ったわ!」


 二人は驚いて口の中に含んだカレーを吹き出しそうになっている。一人はがっしりと大柄で、年齢は意外にも自分と近いように思える。もう一人は明らかに年上そうな、落ち着いた社会人という感じの女性。三人ともカーテン越しに見えた巨乳の持ち主ではないようだ。


 案内の女性がいう。


「えっと、こちらはあ、木暮……」

「ユウキです、夕方の夕に希望の希と書いて……」

「女の子かと思ってたんですよ!」


 大柄の女性が顔をまじまじと僕の顔を見つめていった。外見を見れば、女性だとは思われない。結構背は高い方だし、顔は細身で眉と目がくっきりしている。目力があるなんて同級生から言われることもある。


「単なる思い込みでした。驚いてごめんなさいねえ」


 もう一人がいった。僕はいつも通りの返答をした。


「よく間違えられますから、いいんです」


 そうだ、今回だけじゃない。へえ、男の子だったんだって言われることがしょっちゅうある。


 しかし案内してくれたこの人、どう見ても大人の女性なのに、やたら子供っぽい言葉遣いをしている。何をやっている人なのかな。


「あのう、お名前をまだうかがっていないんですが……」

「あっ、私まだ自己紹介してませんでしたねえ~~。名前はあ、春風みのりですう。保育士をしてるの。どうぞよろしくねえ」


 道理で、子供っぽいと思った。僕の事もまるで子ども扱いしてるし。

 

 座っている大柄の方の女性が、スプーンを握りしめていった。威勢がよさそうだ。


「お~すっ。私は冬馬楓、カエデって呼んで! ここではみんなそう呼んでるから」

「はい、楓さん。よろしくお願いします」


 体が大きいが、それに合わせて声も大きい。スポーツでもやってるのかな、格闘技とか、そんな体形だ。

 

「私は、秋沢光。ヒカリっていうんだけど、みつって間違えられることもある。よく病院でね。あたし看護師をしてるんだけど、わざと私をみつさんって呼ぶ男性もいる。いやねえ、おばあさんみたいじゃないの。こういうのって、セクハラにならないのかなあ」

「さあ、どうなんでしょうか。看護師さんなんですね。素晴らしいなあ。病気になったら面倒を見てください」


 こういう人は面倒を見てと言われるのに弱いかもしれない。


「よくそれも言われるけど、病気になったらまずは病院へ行った方がいいわ。長旅疲れたでしょうっ。今日はゆっくり休んでね」

「ありがとうございます」

「ああ、お風呂は1階にあるから。トイレは1階と2階に一か所づつ、冷蔵庫は共用だから、飲み物を入れておくといいわ。熱中症にならないように気を付けてね!」

「はいっ!」


 初対面にもかかわらず、様々な説明と指示を出してくる。姉御のようだ。


 さて、大柄の女性は何をしている人なのだろうか。


「ああ、今日はこれから仕事だあ。さあ、がんばるぞお」

「大変ねえ。夜の仕事なんだから、素敵な出会いがあるわよっ」

「そんなわけないでしょ」


 テーブルの二人はおしゃべりを始めた。夜の仕事って何だろうなあ。素敵な出会いがあるって、ごつい体形とは裏腹に意外とセクシーなのかな。人は見た目じゃじゃわからないものだな。

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