第一章 唯我独恋/アヴェス地方

第4話「伝令」

 私達二人を乗せた水の球が空を昇ってゆく。

 簡単に作った椅子に座って、振動も騒音も少ししか感じない。

 時速千キロ近いらしいのに、馬車より快適とはこれ如何に。

 しかも馬車の動き始めみたいに後ろに引っ張られる感じも薄かった。

 中の空気全体で支えてくれたんだろうか。


「風が空気を切りつつ常に姿勢を安定させて、

 水が衝撃を殆ど吸収してくれてるからね」


 それほどかからず、遂には雲の上まで来た。

 山並みや国が、手のひらくらいにみえる。

 太陽が眩しい。


「肌に悪そうだからある程度除けよう。

 『水殻、変形』」


 太陽の眩しさが明らかに弱まった。

 殻の形を調節して、上手く反射したり、外に屈折させてる。


「飛ぶ向きは太陽の方向見て大体合わせてるけど、

 ズレはどうしてもあるだろうから景色を見てこまめに調整する」

「うんうん」


 時々アカリが願いを調整する以外は特にやることも無いようで、

 私は一時間、景色やアカリを眺めながら過ごした。

 とても、とてもいい時間だった。


 そろそろ到着しそうなので、水の殻と水の円盤をいくつか成形して、

 即席の望遠レンズで景色を見つつ現在の位置を推量する。

 空気で掠れ始めるくらいの距離に、地図で見覚えのある城壁の形が見えてきた。

 でも、カスアリウスじゃない。

 多分そこから西の隣国、キャメルっぽい。


「どうする?このまま飛び続けてもっと近づいてから降りてもいいけど」

「こんなのが上空横切って怪しまれたらまずいし、

 カスアリウスにいるだろう邪神の探知範囲も分からんから、

 安定取るならここくらいで降りた方がいいかな」


 斜め下くらいにキャメルらしき国が来たところで、着陸の準備を始める。


「分かった。じゃあ降りよう。

 『風、逆噴射』」


 ちょうど進んでる方向に巨大な風の渦が現れ、水の殻にブレーキをかけている。

 止まる時は勿論前のめりになる力がくるのだが、それもかなり弱い。

 細かいケアまで万全だね。さすがアカリ。


 高度を下げながらついていた速度を殺しきったところで、

 壁がかなり遠くに見える位置の草原に着陸した。


「思ったよりあっという間だったね」

「ん、景色見たり、操縦したりで意外と退屈にならなかった」


 精霊達にお礼を言って、私達は城壁へと向かう。

 そうだ、どうせだから、抱っこして私が走ろう。


「えっ、急に何してんの!?」

「アカリが頑張ってくれたから今度は私の番!」

「せめて普通にやってよ誰かに見られたらどうすんの!

 これって夫婦がやるやつじゃん!」

「私とアカリ、夫婦じゃないの?」

「当たり前でしょ!」


 私の腕の中から逃れようともぞもぞしてたけど、そのまま街道に添いながら城壁の前まで抱っこした。立ってる門番は二人の人間。

 そんじゃ、入国といきますか。

 

「……西門から客?しかも子供?」

「ど、どうも。突然で悪いけど入国させてもらえないかなぁ」

「入国理由は?あと身分証明を頼む」

「えっと、理由は……観光っすね。

 フェレスから旅してきて、

 見識を深めるために大陸ツアー中なんすよ」


 とても不本意だけどなんとか愛想を振りまく。

 私達、特にアカリは可愛いんだから通してくれるだろ。


「……で、身分は?」

「シャトレスって王国の王女……」

「書類や紹介が無いなら出身は無効だ。真偽を確かめようも無いしな。

 身なりは上流に見えるが、盗品という可能性も捨て切れん。

 ……そもそも、子供だけでここまでどうやって来たんだ?

 馬車どころか馬も護衛も見えないが……」


 やっぱりそう甘くはないのか。

 はぁ、こんなに可愛いアカリが悪い奴な訳ないだろう。

 節穴がよぉ。


「(身元不明、本来同伴してるような設備や人員も無いから、

 あたし達が偽装難民や諜報スパイかもしれなくて、

 不法入国での資源消費、治安悪化、他にも色々な損害とかを懸念されてる。

 なら、正式な戦士である魔導師の証を見せれば大丈夫?

 N1は滅多に盗品市場にも流れないし、信頼に値するはず。

 まぁこれはこれで違う嘘になるんだけど)」


 私が困ってると、アカリが何かを取り出そうとした。


「……あれ?」

「どうしたの?」

「石が……無い」

「えっ!?」


 服の中につけてたレプリカのN1魔導石が無いと。どっかに落とした?

 結構深く身につけてるからそんな事無いと思うけど。

 どうしよう、精霊術師だなんて言えないし……


「なぁ、白いの。腰のそれ、結構いい剣だよな?

 剣士なら等級があるはずだ。言ってみろ」

「……白剣流派一級、赤爪流一級」


 白剣流の中でも至高とされている流派が、本流と言われる御三家。

 ガブリエルに勝った剣士が故郷である北方に戻り、取った弟子の中から

 特に強い三名とその家が特別に受け継ぎ、白剣流として発展させてきた。

 私はそのうちの一つ、「柳生」という家名の道場で学び、修得した。

 フェレスの適当な派生流派でも良かったんだけど、

 「どうせなら本場にしましょう」ってお母さんに勧められたから。


 適当な嘘をつく獣人ならそもそも本流なんて知らないだろうし、

 説得力の足しになるかと思って言ってみる。

 でも逆に言えば獣人の見た目の奴がゴリッゴリの人間社会の中で

 訓練してたって事だから、寧ろ怪しまれちゃう?


「一級は……あぁ、朱雀下級レッサーヴァーミリオンだったか」

「朱雀下級……!?しかも猫獣人の子供が、白剣流だと?

 あと今、ヤギュウって言ったか?確か偉いとこの流派だろ?」

「とてもじゃないが信じられん。

 本当に白剣流を知ってるなら等級の偽り、

 特に本流の修了を騙るのは重罪である事も分かってるよな?」

「うん、教えに誓って、私は一級を修めてる。

 何なら、こういう形での証明はどう?」


 私は、「三尺」の柄を握り込んだ。同時に殺気も少し滲ませて。

 怯えながらも、毅然と門番は口を開いてきた。

 伊達に兵士プロってわけじゃないのね。感心感心。


「……軍務中の私的な決闘は許されていない」

「そんなぁ、じゃあどうすんの――」


 気の所為か、一瞬怖気がしたような。

 急に後ろに現れたみたいに、足音が近づいてきた。

 歩幅からして、幼い子ども……


 振り返ると、斜め後ろにアカリと同じくらいの背丈、

 黒髪のワンサイドアップに半眼ジト目の緑眼をした、女児が立っていた。

 しかも、服装は上下共に白黒青の包帯を巻いたような……

 確かシミアスのサラシとかいうやつに似てる。

 あと全体的に百合みたいな白い装飾がついてる。


 よ、よく見ると左側だけ鼠径部と尻が丸見えで、

 地味にアカリ以上に肉付きがよくて、

 それぞれの帯の上縁にむちっとした肉が乗っかってるのが分かる。

 なんだこの痴幼女…………


「よー、お前達困ってる感じ?」


 見た目とは裏腹にすごくふわふわした可愛らしい声。

 舌足らずさが少しあって、王道な幼さを醸し出してる。

 ま、まぁ、総合的に見れば、アカリには遠く及びませんけど?


「また子供が増えた……変な日もあるもんだな。で、要件は?」

「な、なぁちょっと待て」


 片方の門番の様子が変わり、コソコソ話し始めた。

 それから、態度が急に改まる。


「もしや、ほ、北竜様でありますか!」

「へー、知ってんだ。

 でもその雑魚ザッコいあだ名ホント無い。

 フィオナって呼んで」

「ふぃ、フィオナ様、この度は我がキャメル王国にどのような……」

「とりあえず、この二人はホントに王族だし、どっちも一級だよ。

 だから通しておっけー」

「えっ、黒い方も一級?ま、まさか魔導師……?」

「とっとにかくフィオナ様が通せと言ったんだ、門を開けろ!」


 門番も慌ててるし、私達も未だにこのフィオナとかいう女児が

 何者なのか分かりかねる。

 お互いに状況が飲み込み切れないまま、私達はキャメルに入国できた。


 どうも怪しいので、フィオナと一回話をしてみるか。

 門を過ぎて、人気のない横道へと入った。

 といっても、キャメルの西門周りは元からあまり活気が無さそうに見える。

 ここから西に出てもちょっとした集落くらいしか無さそうだし、

 わざわざこちら側に居付く理由も少ないんだろうか。


「はい、これ、落とし物」


 フィオナが何かを差し出してきた。

 ……えっ、アカリの石じゃん。


「お、落とし物?これ、本当にあたしが落としたって?」

「うん。落としてた」


 どうもおかしい。服の中に金具や丈夫な布地で固定してあるんだから、

 無くすとしたら服をそこらに脱ぎ捨てでもしないと……あっ、綺麗……

 うぁ、いや、今はアカリの見目麗しい御体を想像してる場合じゃない。

 両頬をぶっ叩いて、喝っっっ!!!


「この白毛玉何してんの。こわ」


 改めてこのフィオナとかいうの、気になる。


 いや、決して嫌らしい意味じゃなくて。

 ちょっっっとだけアカリに似てるけど、よく見れば全然違うし。

 こいつのジト目が100だとするならアカリは70くらいのダウナーと優しさが絶妙に折り重なったちょうどいい雰囲気だし。

 こいつの肉付きが100だとするならアカリは80くらいの……い、意外とアカリも……いや、でも同じじゃない。同じじゃあないんだよ。

 アカリはぺたぺたなとこもあるし、脂肪だけが正義ではない。

 私は乳や尻、彼処の大きさしか見ないような即物的で知性の無い頭が下半身にされ溶け切っている塵芥未満の大人下等生物どもとは違う。

 大きさには限度が無い故に欲望が悍ましく暴走し、それは時に愚かな怪物となるが、小ささには終着点と、万物の霊長に相応しい暖かな安寧と調和がある。

 だから小さおさないほうが生命いのち、いや存在としてより美しく、愛に値し、完璧に近く、それを崇める事こそが最も賢明で正しいはず。

 あとアカリはそんな格好で平然と外を歩く痴女じゃないし、程よい羞恥心があるし。

 アカリはお前なんかよりもっと――


「目つきやらしー。ウチの身体そんなに気になる?」

「えっあっ」


 えっ嫌らしい?アカリ以外をそんな風に見るわけないじゃん。

 ……観察が露骨すぎて誤解されたか。


 でも声色は嫌がっているわけでもなく、寧ろ楽しんでる感じ。

 まさか、視線に気づいただけじゃなく、

 あまつさえそれが価値だと思ってる理解してるの?

 この見た目で?

 それとも私みたいに実年齢は大人なのか?

 どうであれ、普通の子供じゃない……


「お、お姉ちゃん遂に見知らぬ子供にまで……!

 あたし以外の被害者が出る前に駆除しなきゃ……」

「ち、違う違う!ただ色々と気になる点があって」


 決して浮気じゃないよ!

 私はアカリ一筋だよ!絶対に!


「気、に、な、る……?」


 あっ言い方が悪かった……!


「そ、そうじゃなくて!!!」

「なんか泣きそうになった。ウケる」


 とりあえず緊急避難でアカリに抱きついて、乱れた心を落ち着ける。


「おー」

「はぁあぁあぁ、やっぱりアカリ、アカリだよ……

 ほら、信じて、私にはアカリしかいないんだって」

「マジでなんなのこの変態……」


 アカリを摂取しながら、改めてフィオナについて考える。

 まず、拾ったのは多分嘘。フィオナがどうにかして盗んだんだろう。


 初めてこいつを見た時、言い得ぬ怖れを抱いた。

 元々鋭く、白剣流で更に鍛えられた私の直感は当たるんだ。

 多分、ただの女児じゃない。とてつもなく強い。

 だとすればどうにかして石を盗んだんだろうけど、その理由は?


 売り払って金にするため?

 いや、強いんだから稼ぎ方なんていくらでもある。

 魔導石に興味があって観察したかった?

 いや、勉強が好きなようにも見えない。

 今のところ石を奪う理由は見えてこない。

 としたら、アカリ自体に興味があって、調べる一環として石を盗んだ?

 それは見過ごせないなぁ。


 重要なアカリの特徴を挙げてみる。

 可愛い、半人半猫、可愛い、精霊術師、可愛い、可愛い、可愛い。

 こんな感じか。

 そういや、精霊って空から降ってきた魔力が固まってできたとか言ってたよな。

 んで、半人半猫……純半ネフィリムってのも、空に関係がある。


 空……天界……それに、惹かれて……?

 じゃあ、まさか…………?


「なぁ、フィオナ」

「いきなり呼び捨てかよ。ま、いーけど」


 よく考えたら、こんな破廉恥な格好してるのもおかしい。

 今は晴れてるっちゃ晴れてるんだけど、

 手や顔がひんやりするくらいには肌寒いんだよね。

 いくら風の子ったって、流石にその露出でのんびりしてたら冷えるだろ。

 なのに、少しも寒さを感じてなさそうなんだよな。

 生き物の体とは思えない。


「お前、ホントは石取ったでしょ」

「どーして?」

「固定された状態だと簡単には取れないようになってんの。

 この魔導石は。そうだよねアカリ?」

「う、うん。今見てみたら、固定具を綺麗に外されてた……」


 はーやっぱり、アカリの服の中まさぐっていいのは私だけなのに。


「そう。んで、今まで会ってきた中でそんな事できるのはお前しかいない」

「……盗ったから何なのさ。困ってたから返したじゃん」


 開き直ったし。

 なんか面倒くさくなってきた。

 もう言っちゃえ。


「この期に及んで開き直りって。

 お前みたいなのは模範になるべきじゃないの?

 ……なぁ、伝令の天使ガブリエル?」

「!!!」

「(え、お姉ちゃん気づいてたの?

 あたしも薄々そんな気はしてたけど……)」


 地上の誰も知るはずのないその名を呼んだ途端、

 ちょっと背を正して、顔が驚いて…………ない。

 えっ表情変わってるのこれ?

 あ、いや、瞼が一ミリくらい上がったか?

 アカリの顔を見て培ってきた観察力をこう使うことになるとは。


「おーいどうした~」

「……」

「固まっちゃった」

「…………なんで」


 そりゃあ、セイラによる事前情報があるからね。


「これ、秘密なのに、どっから」

「フェレスに来たお前の同僚から」

「……え、ウリエルから?ウリエルに会ったの?」

「うん、手違いで殺されかけたけど――」


 そう伝えた瞬間、フィオナの重心が動き始める。

 ……私じゃなかったら、見通せず反応が遅れていただろう。

 それは紛うこと無く、攻撃だった。


武装・天災インスタンス・ディザスター


 私が間一髪で下がると同時に、フィオナの手から頭上まで現れた巨大な影が、

 先程まで私が立っていた場所へと振り下ろされた。

 ……刺されないんじゃないのかよ、セイラ。


「ちょっと待って!あたし達は邪神じゃない!」


 アカリがお姉ちゃんへの狼藉に怒ってくれた。

 嬉しいな。


「うん、邪神がこんな綺麗な訳ないよね。でもどうでもいい。

 けっこー可愛い見た目なのに、ウリエルに狙われて死なないなんて。

 ねー、ちょっとだけってみない?いーでしょ?」


 こいつ戦闘狂かよ。これが「伝令の天使」ってどうなってんの。

 しかも、その得物。フィオナ自身の二倍はある、青と白で彩られた巨大な剣。

 伝承はどうやら正しかったみたい。


 てかあいつ、片手で振り下ろしたよな。

 そこまで本気じゃなさそうなのに、

 石造りの地面が砕けて、剣がめり込んでるし。

 あの大剣、見た目通りかそれ以上の重量はあるはず。


「いや、ウリエルを止めたのは私じゃなくて、お母さんがっ」


 うわっ、大剣掴んだまま即突っ込んできやがった。

 加速だけで音すごいし、地面が少し削れて舞い上がってるし。

 児童がやっていい踏み込みと加速じゃないだろ。


 仕方ない。とりあえずどうにかしないと。

 幸い、長めに距離を取っておいたので構えを取る猶予がある。


 人間の超高精度の動きに、獣人の強大な力を乗せる「白猫流」。

 二大流派のエッセンスをふんだんに取り入れた末、

 どちらにもない、私だけが為せる技も創り出せた。


 剣の切っ先というものはとても鋭いが、無限に薄いわけではない。

 限りなく線に近いほど細いのだがそれでも、面というものは必ず存在し、

 その分だけ微妙に空気を押していることになる。


 ならその切っ先の空気を神速の居合で超高圧に押し込み、

 そこから生まれる、指向性を持った超高圧と超低圧の波を、

 撃ち出せないだろうか。


『――白猫流・繊月せんげつ


 飛ぶ先を食いちぎる真空の刃が、フィオナへと奔ってゆく。

 この波は何百メートル進んでも殺傷力を保つし、

 もちろん距離が近ければより威力が高まる。


 我ながら、剣術としては規格外な技だと思う。

 剣を投げるとか、暗器とかとは比べ物にならない。

 剣がある限り何発でも高威力の遠距離攻撃を放つことができる。


 今のところ、これを初見で対応できた者はいない。

 大抵の武具は貫通し、本人と共に使い物にならなくなるし、

 掠ったとしても負けが濃厚になる程の傷を与える。

 とにかく、無傷では済まな……


保持レジスタ


 ……は?何が起きた?

 飛ばした繊月そのものを手で除けて、フィオナがそのまま突っ込んでくる。

 当然、向かってくるこいつに意識を向けて対応するべきなのだが、

 そんな状況だとしても目が離せない光景が残っているんだ。


 その場に留まるはずのない空気の波は、

 フィオナが何かをして除けた後、一切

 

 攻撃自体が、その辺の物みたいに払い除けられた。

 ちょうど道を歩いている時に邪魔な小石が足に当たったから、

 蹴ってどける。そんな感じに。

 私独自の技が、石ころのように。


 あっけに取られて、気づいた時には顔の前に大剣の切っ先が来ていた。


「っっっ!!!」


 本当にギリギリで、私は横に回避した。

 肩スレスレに通り過ぎた巨大な剣身は、

 背後の石壁に固く鈍い音と共に深々と突き刺さり、

 爆破でもしたかのように刺さった場所の周りを砕いてゆく。


「はぁ……はぁ……」

「ねぇ、なにこれ」


 フィオナが刺さった大剣から手を離し、

 引っ張るような動作でさっき繊月を目の前に持ってきた。

 よく見ると刃の周りに、直方体の辺のような、

 薄っすらと青い枠が光っている。

 一体どうなってんのそれ。


 てか、私よりずっと意味不明な技使っといて聞いてくんのか。


「わ、私のほうがよっぽど聞きたいんだけど」

「……これは、「攻撃」を好きなようにできる魔法。

 一番やるのはこうやって止めたり。

 次に……」


 繊月をこちらに向けてきた。


「こうやってお返ししたり」

「えっ」


 人生で初めて、自分の空間認識能力を恨んだかもしれない。

 その角度は、どう見ても首に直撃するもの。

 フィオナの遊びに付き合ってただけのはずなのに、

 そのあどけなく冷たい緑色の目は、私の命を見下ろしてくる。


 逃げなきゃ、防御しなきゃ。


「うぁっえっ……?」


 なんで。どうして。体が、動かない。

 立てているのではなく、壁によりかかって、横になっていないだけ。

 まさか、私、体が竦んでいるの?

 それともフィオナがまた何かやった?


「ねー、どうやって凌ぐ?」

「い、いやっ」


 私は、ひたすらに願っていた。

 今際なのだから、貴女の事を真っ先に考えてしまう。

 助けて、アカリ。


 だけど、その思いは叶えられず、

 遠くから走ってくるアカリを目に収めるのみ。


 やけに、繊月を囲う青い光の枠の解ける音が聞こえて。

 やけに、凶悪な波の荒々しい風音が聞こえて。


「あっ、なんか、じゃ~って出てきた……」


 体の力が完全に抜けたような感覚がした。

 今まで続いていた意識は、頭の近くの熱さと共に切れた。




 ここはどこだろう。

 私は今、寝そべっている。

 あと、何かに触れている。

 抱きしめているのか。


 とても落ち着くような、慣れた抱き心地。

 腕や足が、もちもちとした柔らかなものと深く絡み合っている。

 好みの感触だ。


 こんな素晴らしい感触を作り出せるのは、

 アカリしかいない。


「……」


 ほら、うずくまってないで、こっちに顔見せて――


「よぉ、けっこー眠れた?」

「…………え?」


 私の認識が正された瞬間、

 抱きしめていたものを思いっきり蹴り飛ばした。


 私は、何故か……フィオナを抱きしめていた。


「いやああぁぁぁ!!!」

「ぐえぇ」


 私の足で、フィオナは地面へと転がり落ちた。

 どうやら私、ベッドで眠っていたらしい。

 この部屋は見た感じ、普通の宿か何かか。


 ていうか、あれ、首は……何とも無い?

 というより、頭の上らへんがヒリヒリするような……


「おいおい起きてすぐ子供に暴行かよ、

 どーゆー教育受けてきたの」

「う、うるさいっ!何なんだよお前!

 勝手に襲いかかってきて、急にこんな気色悪いことまで……」


 そ、そういえば、アカリはっ?

 あっよかった、普通に部屋に座ってる。

 とりあえず無事みたい。


「え?ミオってこーゆーの好きなんじゃないの?」

「はあぁ!?何でそうなんの!

 私が抱きしめたいのはアカリだけだし!

 まさか、自分がアカリに似てるとでも思ってるわけ!?」


 いつの間に名前を……

 ……あぁ、寝てる間にアカリから聞いたんか。

 つくづく腹立つクソガキだな。


「……似てない?目つきとか、体とか」

「全っ然違うわド阿呆め!天使のくせに品性も美を見極める目も無い!

 そんな嫌らしい格好でアヴェスを平気でほっつき歩くとか恥を知れ恥を!」

「やらしー?南方ここ暑いから薄着なだけ」

「は、この気温が暑いって?」


 はぁ、所詮は生命に非ず。どんな感性してるんだ。

 こんな肌寒い場所を、よくも……

 あれ、今気づいたけどなんで私下着だけなの?


「(一応あたしに危害は無いのに、こんなムキになるの珍しい)」

「うーん、ホントにウチの事好きになれないの?」

「だからそう言ってんだろ!

 というか、いい加減邪神についての話を゛っ!?……」


 突然、フィオナが私を押し倒して上に乗っかってきた。


拡張現実オーギュメント

「うえっ!?」


 また訳分からん奇妙な技してきた……!

 と、とにかく防御をっ……


「……あれ?」


 特に何か攻撃をされた感じは無い。

 アカリもフィオナも、特に変わっていない。

 なんだ、ただのハッタリか?


「ぎゅー」

「ふあぁ!?」


 ちょ、こいつ、抱きついてきやがった。

 い、いや、やめろ、アカリの目の前で、こんなっ!

 我が妹の脳を破壊するような行為はっ!……


「ぎゅうぅ~~~」


 こ、これ、解けない、セイラの時よりずっと強く抱かれてる!

 なんでこうも魔法から体まで無茶苦茶な性能してんだ!


 で、でも、なんか……なんというか……

 意外と、いい匂いかも……


 アカリの、パンとか白いチーズみたいなもこもこした匂いと違って、

 シャーベットみたいに爽やかで、バニラのように甘い匂い……

 白剣流の修得で一時期住んでいたシミアスの雪景色の中、

 アカリと歩いてた時を思い出す……


 あと、感触。密着されて、分かってしまった。

 アカリのようにむにむにした感触と高い体温。

 なかなかに扇情的。認めざるを得ない。

 アカリよりも付いている肉で、私が喜ぶような感触を

 フィオナの体が届く限りの場所全てに与えてくる。


 …………違和感がある。何かが、股に挟まってて、

 どういうことか、私は結構な窮屈さを感じている。


 しかも、恐ろしいことにそれはどんどん増え続けて……


「お、きたきた」

「……え?」


 フィオナはそれを待っていたかのように、ゆっくりと横に寝返る。

 重なっていて見えなかったところを、私達に見せるように。


 その違和感の正体を見た時、私は錯乱でもしたのかと思った。

 自分自身の五感を、見えている世界を信じられなかった。

 そして、アカリは沸騰しそうなほど顔を赤らめて、酷く慌て始める。


「お、おおお姉ちゃん何それ!

 そ、それって、もしかしなくてもっそれって……!」

「えっ、なんで、膨らんで……」

「(お、お姉ちゃんは……だった……!?)」


 私の股には、あるはずのない「もの」がついていた。


「いー感じに驚くね二人とも。

 でもだいじょーぶ、ミオの体を弄ったわけじゃない。

 これは幻覚みたいなものだよ」

「う、嘘だろ!だってこんな、こんな生々しい、のに……

 感触だって……!」

「うん。ウチの魔法は全部の感覚に細か~く作用するから。

 本当にあるみたいでしょ。じゃ、脱がすね」

「い、いや、やめてっやめてよぉ!」


 張り詰めているそれを最後まで抑え込んでいた、下着の縁が外れた時。

 私も驚くほど、「それ」は大きく振れて、

 まさに屹立と呼ぶ他無い振る舞いを見せた。


 抵抗も虚しく、本来と違う私の秘所は晒されてしまった。

 せめて最初に見られるのはアカリだけが良かったのに。

 見ず知らずのガキの形をした天使か悪魔か分からない何かに、

 こんな姿を見られた。


 私は、普通の善良な可愛い女の子だよね?

 いや、実年齢は「子」を疾うに過ぎてるけど。

 だとしても、なんでこんな目に遭わなきゃいけないの。


「お、おぉ~!ミオの、すごい!」

「(えっ、結構…………おっ、きい……)」


 フィオナが初めて大きな声を出した。目もキラキラしているのが分かる。

 なんだよお前、そんな楽しそうな感情出すことできたのかよ。


 アカリも呼吸がどんどん荒くなってる。

 一応顔を手で覆ってるけど、指の間からしっかり目が見えてて、

 恥ずかしがりながらも思いっきり凝視してくる。


 私を見てくれる嬉しさは間違いなくあるんだけど、

 なんとも言えない、とっても複雑な気分。


「んじゃ、次は苦しそうなこれを収めてあげよー」


 ひっ、い、いきなり掴むなっ!


「全部お前がこんな風にしてるくせに、何をほざいてっ」

「……実はね。

 これのサイズと状態はミオの精神に紐づけた設定なの。

 つまり、ミオはとっても雄々しくて強い心を持ってて、

 ウチの体で、ミオはすんごくムラムラしてくれたってわけ」

「そ、そんなはずない!わ、私の……アカリへの愛を侮辱するな!

 わ、私は、絶対にアカリしか……お前なんかでこうなるわけ……!」


 フィオナの顔がちょっと暗くなったような。


「……ちょっと、いい?」

「へ?」

「なんでそんなに否定したがるの?」


 なんという愚問を浴びせてくるんだ。


「だ、だって、私が他の女に揺らぎでもしたら

 それは紛うことなきアカリへの裏切りだろ!

 そんな事、家族としても恋人としても、絶対にしない!」

「……はぁ、何より歪んでるのに、これ以上無いほど真っ直ぐだねぇ。

 じゃあさ。他の「女」じゃなければいいんだよね」

「な、何が言いたい……」


 フィオナが自らの身体をふにふにした手指で妖艶になぞり、

 見せつけるように示す。 


「ウチってさ、天使じゃん。この体は動いてるけど、生きてはない。

 だから、地上でいう人間や獣人の「女」じゃない。

 多分どこの国のルールでも人どころか、生き物にもならない。

 ウチの事はお喋りする機能と妄想を助ける機能がある、

 最先端の道具だと思えばいい。

 だから今からするのは、道具を使った、一人でするただの発散」


 なぞる流れのまま胸の帯を全て解いて。

 ……アカリのとよく似た、ぺたぺたな美しいものが現れる。


「そ、そんなの屁理屈だろ!……そもそもアカリに全部見られてるし」


 さぞかしめんどくさそうに、呆れてるような態度を返してくる。ウザい。

 自分からの説得は諦めたのか、アカリに意見を求め始めた。


「あ、あたし?別に、あたしは……」

「早く言って」

「あぁもう急かすな!……あたしは別に、気にしないよ」


 あれ、思ってたのと違う。

 仮にアカリがフィオナに絞られるとしたら、私は絶対に許せないのに。


 ……どさくさに紛れてフィオナが先のほうを撫でて遊んでいる。

 真面目な話の途中くらいやめてくれよ。


「え、何で!?」

「あたしはお姉ちゃんみたいに何でもかんでも敵視しないし、

 お姉ちゃんほど器も狭くないからね。勝手にしたら?

 (それに、誰かに絆されてだらしない有様になるお姉ちゃんも、

 ちょっと見てみたいし……)」

「そ、そんな、や、やだ、アカリ、助けて!

 ダメって言ってよ!」

「うるさい。偶には襲われる側になってみろ」

「ヴええぇえぇ!!!」


 助けを求めてベッドから這い出そうとしたが、

 フィオナに怪力で引っ張られて中央に戻される。


「はい、逃さない。最愛の人から許可も貰ったことだし、

 気兼ねなくウチの体を楽しもう」

「うぅ……なんで、なんでこんな事……」

「うーん、嬉しいからかな。

 ウチらさ、五百年前に体貸してもらった子達に似せてるんだよね。

 最初は単に警戒されないようにって感じだったんだけど、

 なんか盛り上がっちゃって、人形師が色々と追加しちゃったの」


 フィオナに跨がられて、私のとフィオナの股が触れそうになる。

 そんな体勢のまま、ちょうど股を覆っている部分の包帯をずらして、

 私とアカリがお互いのを見慣れてる……人間と同じようなそれを見せた。

 畜生、なんでここもアカリに似て……柔らかそうなんだ。


「おー。ミオのまたビクってした」

「…………」

「じゃあ、いくよ」


 もう、何をどう考えたらいいのか分からない。

 その光景を目に入れて処理するのすら疲れてくる。


 どうみてもサイズが間に合っていないそれを全て、容易く自らに収めた。

 アカリみたいに熱くて、抗いようの無い心地よさが必死に包んでくる。

 本当に認めたくないが、紛れもない快楽。

 男って……こんな感じなのか。


「どうなってんだよ、これ」

「まぁ、幻覚だからね。といっても、ウチの体頑丈だから、

 これ以上のを本当に入れて掻き回してもいいよ?」

「自分が何言ってるのか分かってんのか」

「んふふ」


 フィオナは深い繋がりを大事に味わうように腰を拗らせながら、

 ゆっくりと上半身と顔を近づけてきた。

 繋がったところの擦れ合う水音が聞こえて、

 私のものに伝わってくるフィオナの中の感触も変化している。

 無駄に芸が細かいな。


 私の両肩に手を乗せて、フィオナが優しく口を開く。


「ウチの事をこーゆー風に見てくれるの、ミオが初めて」

「そりゃ、健常な性癖の美しさの分からない奴らは、

 ガキなんか見向きもしないだろうな」

「うん。だから、ウチは嬉しいし、面白いと思った。

 あのさ、なんでウチら天使の体はこんなに人間そっくりなんだと思う?」

「知るか」


 言葉の合間合間に、内側に力を入れつつ、体を持ち上げては落とす。

 それにつられて否応なしに快楽が引っ張り出される。


「これは、ミカエル様から聞いたんだけど。

 償いである邪神討伐のついでに、ウチらに人類を好きになって欲しいのと、

 人類にも空を好きになって欲しいからだよ」


 壮大な橋渡しだな。

 五百年前に地上を滅茶苦茶にした奴らから、そんな言葉が出るなんて。


「私みたいな奴は喜ぶだろうけど、もっと伝承にあるような荘厳な見た目にすれば

 腐る程居る信者の大人ジジババ共が勝手に集ってくるだろ」

「……いんや、スカイ流行トレンド可愛さアドラブルネスだよ。

 精神スピリットてのは若い時のニューワーなほうが純粋ピュアで、願いデザイア信仰フェイスパワーも強くなるの。

 十人の年寄りより一人の若者のほうがより多くのベターなものリターンを得られる。

 ウチらとしても地上サーフェス信仰フェイス主導権イニシアチブは若者とかミオみたいな人に握ってシーズしてほしい」


 急に内容が頭に入ってこなくなったんだけど。新手の暗号か?


「リューニアでも、新しい形式スタイル内容ジャンルの本とかが出てるらしいし」

「本?」

「うん。書きたい人たちが書きたい物を書いて、広める。その中には天使や神々をとても可愛い感じにイメージしたものもあって、なんか信徒に色々言われてるとか」


 じゃあ、大方時代遅れの老耄どもが不敬だとか文句言ってんだろうなぁ。

 でも当の本人達がこんな絵本みたいな可愛いらしさっていう。

 それ知った時どうなるんだろう。


 てか、じわじわと何かがお腹の下に溜まってきてるような……


「お、膨らんできた……もしかして、出る?

 ……いいよ、我慢しないで」


 フィオナに耳元で囁かれて、多分今までで一番情けない声を出した。

 下腹から股の先までを、粘度のある何かが駆け抜けていって、

 フィオナに包まれた一番奥で開放される。


 正直言って、気持ち悪いくらいに気持ちいい。

 大陸中の番どもはこんな事をしているのか。

 ……好きな相手とこんな体験ができたら、満たされるだろうな。

 発散フィオナで、これほどなのだから。


 いつか、本当にいつか、アカリにするか、されたいな……


「(お姉ちゃんすっかり蕩けちゃってる……

 ……可愛い)」

「どう?すごいでしょこれ。

 ウチが憑依したの男の子だったから、

 あの子の神経を参考に作ってみたんだけど」

「うっぁ……ぅ!?」


 ちょ、ちょっとまって、なんでまた動いてるの。

 やめて、それ、ホントにダメっ……


「うわ、すごい顔。

 アカリにも見てもらおう」

「ゃ……いや……」


 フィオナが動きながら呼んで、

 ベッドのすぐ隣にアカリが来た。


 楽しそうな笑みを浮かべたまま、

 アカリはただこちらを見ている。


「お姉ちゃん……」

「ん、んうぅっ!?」


 えっ嘘、アカリの方から顔近づけて……く、口づけ!?

 両腕で、抱きしめられて……

 あぅ……これ、無理……


「おぉ?また出てる……おー……止まらない……

 幻覚なのに、溢れそう……

 そ、そんなにアカリのこと好きなんだ」

「(すごく震えてる……気持ちよさそう……)」


 それからの事は、あまり覚えていない。

 私の頭では持て余す感覚の量だったんだろう。




「さて、改めて本題に戻ろうじゃないか」

「お姉ちゃんなんかちゃんとしてる」

「終わった後はこうなるらしーよ」


 あれから十数分くらい休んで、平常心を取り戻した頃。

 本当に繋がっていたわけではないが、体を奔る感覚は本物なので

 私とフィオナはベッドをそれなりに濡らしてしまっていた。

 相変わらず天使の体が液体を出せる原理が分からないが、それは後。

 もう、しばらくシモのことは考えたくない。


 弁償する金は無いのでアカリに精霊術でベッドの洗浄と乾燥をしてもらって、

 受付から適当に飲み物を貰ってきて、邪神討伐のための情報交換を始める。


 フィオナとアカリ曰く、現在地は西門と国の中央の間くらいの宿だという。

 私が気絶させられて、ここまで持ってこられた。


 繊月は首じゃなくて、私の頭上スレスレに放たれて、私は失禁していたらしい。

 私の尊厳と頭頂部の跳ねた毛が犠牲になったので、後でアカリに治してもらおう。


「んじゃあ、まずフィオナの事からどうぞ。

 あと北竜とかいうののことも」


 フィオナはとても面倒そうな顔をしてくる。

 表情といっても、瞼と口角の下がり幅は凝視しないと分からないレベルだが。


「どーしても言わなきゃダメ?」

「えー……私の貞操って、そんなに安いの?」

「……それも、そっか。分かった。

 ミオ、とっても良かったからね?」

「いいから早く話して」


 邪神討伐のためアヴェス地方に降臨した四大天使が一人、「ガブリエル」。

 別名、神の力、伝令の天使。地上用の名前は「フィオナ・スノーシュ」。

 天使大戦時には重近接武器と氷魔法で、現在のフェレスに当たる大陸西方を制圧。

 後に二大流派の開祖となる、二人の剣士に討伐される。


「それで、北竜って何?」

「ウチ嫌いなんだよねそれ」

「なんで?」

「竜って弱いじゃん」


 その異名というか渾名は、単にクソ強いのと、氷を操るとこから来てる。

 調査の途中でたまたま二級や一級の依頼目標を捻り潰して、

 依頼を受けてたやつらがその強さに感激したんだそう。


 伝説によく出てくるし、現存する種も結構強いから、

 アヴェスでは強いやつの代名詞として一番使われる。

 それと、氷を操るからシミアスに居る氷竜アイスドラゴンみたいだと、

 結果「北竜」という名がアヴェスに広まってしまった。

 フィオナは五百年前含め、一度も北方シミアスには行ったことないらしいが。


 尤も、現生種の炎竜フレイムドラゴンや氷竜は一級だ。

 そう、強いけど、頑張れば私だけでも勝てるレベルでしかない。

 つまり、フィオナより明らかに

 だから喩えとして気に入らないのだろう。

 フィオナが特級だとしたら、

 ある意味私が二級や三級と呼ばれる以上の過小評価。


「まぁフィオナなら特級くらいあってもおかしくなさそう」

「とっきゅー?……んぁ、不死鳥級フェニックスか」


 うわ出たよ。アヴェス地方の厄介な独自分類。

 西門の時はそれどころじゃなかったけど、改めて聞くと面倒さが滲んでくる。


 覚えなくていいけど一応対応表。

 フェレス等級=アヴェス等級=戦力の目安

 特級=不死鳥級フェニックス=神

 準特級=朱雀上級グレーターヴァーミリオン=国

 一級=朱雀下級レッサーヴァーミリオン=大隊(四級300~1000以上)

 準一級=鷲上級グレーターイーグル=中隊(四級60~250)

 二級=鷲下級レッサーイーグル=小隊(四級20~50)

 三級=鴉上級グレーターレイヴン=四級数人

 四級=鴉下級レッサーレイヴン=プロの一兵士

 五級=鳩上級グレーターピジョン=一般人~兵士見習い

 六級=鳩下級レッサーピジョン=無害


 見てのとおり非常ひっじょーにややこしい。

 態々鳥の名前に直すだけでなく、朱雀以下はそれを半分に区切る。

 シミアスとキャニスも違うには違うんだけど、

 あっちは分かりやすいだけまだマシ。


 こんな感じで何事でも我が道を進みたがるのがアヴェスの奴ら。

 フェレスの自由気ままな気質による協調性の無さとは違って、

 個人主義だったり、皆が皆に高飛車な感じ。


 無闇に馴れ合い群れるのはダサいという風潮があって、

 私とアカリみたいに一蓮托生レベルで仲良くなるか、

 訓練された集団でもない限り協調は難しい。


 一方で、仕事が速いとか義理堅いとか言われるけど、

 それはあくまで明確な責務がある時。

 基本的には貸し借りも作りたがらないし、

 本当に心を許した奴にしか親身には関わらない。


「へー。フェレスではそういう呼び方なんだ」

「というより、元々戦力の分類はフェレスが始まりで、

 昔は大陸全体で等級が使われてたんだよね。

 別に変える必要は無いのに、何故か変わっていった。

 アヴェスはフェレスと同じなのが癪だから、

 シミアスは分類に権利を持ちたいから、

 キャニスは人間についていきたいからだと考えられてるけど」

「アカリ物知りだね!すごい!」

「……白剣流の時習ったでしょ」

「そうだっけ?」


 アカリはやれやれといった感じで、ため息を吐いていた。

 でもまぁ、私の脳に詰め込む最優先はアカリのことだけだし、

 他の雑多な事が流れていくのは最適化の一種みたいなものだから、

 仕方がないね。


 じゃあ次、アカリの魔導石を奪うなんていう本来なら万死に値する醜行を犯したことについて。


「なんか、空の匂いがしたから、ウチらみたいな魔法を使うのかなって気になって、

 とりあえず装備っぽいの見つけて、取ってみたの」

「私達、全然気づかなかったんだけど」

「物理的にも魔力的にも超高度なカモフラージュがないとまず精霊の探知に引っかかるはずなのに」

「精霊ってのは分かんないけど、ウチの魔法にはどっちからも完璧に隠れるのあるよ」

「そうなんだ……」


 そういえばそうだ。

 私の勘にも引っかからずに取れたなんて、一体どんな術を使ったんだろう。

 私達が驚いたまま、今度はフィオナから聞き返してきた。


「そろそろミオとアカリの事も教えて?」

「お、じゃあまずアカリの事から」

「お姉ちゃんステイ。あたしの話だけで半日使うでしょ」


 あぁ、せっかくアカリの止事無き人格と生い立ちを布教する機会だったのに。


 アカリの素晴らしさを広められないのは惜しいけど、

 ウリエルにしたのと同じように、

 地上の色々な事、シャトレスで起きた事、純半ネフィリムについて事細かに説明した。


「…………」

「フィオナ、すごい疲れてる」


 説明が完了する頃、

 フィオナは枯れ草みたいにテーブルにぐったりと突っ伏していた。


「…………これ、ウリエルにもやったの?」

「うん。最後まで楽しそうに聞いてた」

「そっかぁ……」


 フィオナは気だるそうにもちもちした顔を机から剥がして立ち上がる。

 そして、私の膝の上に座ってきた。

 なんでだよ。


「てかさ、普通に話してたけど二人って普通の獣人じゃないんだ。

 ウチもちょっとだけ特別な気配は感じてたけど」

「うん。お母さんが人間、お父さんが猫。

 空で過ごしてたお母さんが奇跡を起こして、特別な才能と体をくれた」

「それはすごいなぁ。

 ところで、二人って人類の事どう思う?」

「どうって?」


 どういう質問だよ。

 存在の価値っていうなら、アカリ以外は全部木っ端だけど。


「んーと、じゃあこう言おう。

 自分たちは地上にいる人間だと思えてる?」


 余計意味分からんくなった。

 何だろう、そりゃ私達は大陸で暮らしてきたし、半分人間だし。

 でも、アカリはただの凡人とは違って尊さに溢れてるし……


「二人は、本来なら存在できない生き物。自分達で言ってたように、

 空の奇跡を物にした人間によって世界ルールの外で創られた存在。

 だから、生きていて、少し生きていなくて、地上にいるのに、地上から遠い」

「「?????」」


 伝令の天使ならもっと分かるように話してくれない?

 川端に落ちてたポエム本の一節みたいになってんぞ。


「多分だけど……二人は地上のものである人間や獣人を同じ種族として見れない。

 姿はすごく似てるけど、人間と猿が付き合ったり、猫と虎が付き合うようなもの。

 姉妹が愛し合うのは普通はおかしいことだけど、

 空を内包する純半ネフィリムという同種はお互いしかいない。

 ミオがアカリの事好きなのも、ウチの体にムラムラしたのも、

 アカリがミオの事好きなのも、必然かもね」

「余計な部分は置いとくとして、

 私の運命の相手は生まれる前からアカリだったんだね!」

「あたしがいつ好きって言った」


 またまた~照れちゃって。

 物心ついたあたりから十歳くらいまでお姉ちゃんにべったりだったし、

 あんなことやこんなこともいっぱいしたじゃん。

 今のツンツンもいいけど、あの時の甘々な思い出は忘れられない。


「(なにニヤけてんのキモ)」

「じゃあ、天使様直々に私達の愛を認めてくれるの?」

「うん。普通じゃなくても、地上の者には愛する自由があり、

 ウチらはそれを見守り祝福する義務がある。

 シルヴェストリスの皇帝授かった時とか、ウチが告知したりしてるし」


 へー、なんか初めて天使らしい所業聞いたわ。

 ともかく、アカリとの愛はガブリエル公認になった。


「うひょ~!アカリへの愛は正義!愛は正義!」

「……他の純半がいれば、そっちと付き合うほうが自然って事になるよね?」

「えっ?」


 アカリの言葉で思わず、固まってしまった。

 いや、それでも私はアカリ選ぶから。

 そう決めてるから。


 続けてお母さんが言ってた、

 純半が他にもいるかもという推測を改めて掘り起こしてきた。

 フィオナもそれに食いつく。


「何それ詳しく聞かせて」

「八百年前のお母さんが経験した歴史は言ったよね。

 それは同時に、地上に厄介な火種を落としたのと、

 地上と空の交わりが、新たな存在を創り出せる可能性を

 示唆する刺激にもなったと考えられる。

 人間に不当な処分を強いたツケでいくつかの天人が堕ちたのを悔やみ、

 邪神となった天人が暴れたときの対抗策やせめてもの贖いとして、

 地上に降りて神の子を作っているかもしれない」

「……そうなんだ」

「フィオナ達が邪神に問う罪にもあるように、

 空が地上を乱すのはあまり良くないんだろうけど……

 できれば、見つけたとしても処分しないでほしい」

「……それは、もちろん。

 こんな可愛い神の子が他にも居るんだったら消したくないし。

 寧ろ、もっと増えてほしいな」


 純半だらけになったらそれはそれで問題起きそう……

 いや、全人類がアカリみたいになれば、世界が何億倍も美しくなるのでは?


 だって、女児ってのは人間の中で一番完璧な形態だもんね。

 笑っても悲しんでも泣いても怒っても、綺麗で、

 可愛くても格好良くても剛健でも泡沫でも、画になる、

 最高に万能で素晴らしい「かたち」だから。


「じゃあそろそろ調査再開しよっかな」

「あたし達は何をすればいい?」

「とりあえず、アヴェスに慣れるのが最優先じゃない?

 見た目の根っこはフェレスと似てるけど、全然同じじゃないし。

 後は……んーと、そうだ、ここから南に「ガーレ」っていう国があるの。

 ウチは「チコニア」とか「ピト」とかまだまだ廻らなきゃいけないから、

 余裕ができたらそっちに行ってみてほしいな。

 ここらと色んな意味で違う国だし、面白いと思う」

「ほーん」


 というわけで、私達は部屋を片付けて、宿を後にした。

 あと、フィオナが腰に巻いてる帯から金を取り出して、

 五万テールくらいくれた。

 相手してくれた代金と任務協力の前金のつもりだろうか。


 うーん、だとしたらもっと欲しいんだけど。

 でもまぁ、稼ぐ手間がある程度省けたのはありがたい。

 紙幣を受け取ると、生温かかった。


 外に出ると相変わらず乾いた日差しとちょっとひんやりした外気。

 南って暖かいイメージだったけど、そうでもないのな……




 アヴェス地方。鳥系獣人が多数を占め、孤高と形容される地。

 その中で一番の大国、「カスアリウス連邦」。

 地方の中央上にあり、リューニアと街道で繋がっている。


 そして、カスアリウスと関係を築いている主要な周辺国が三つ。

 カスアリウスから西南西、守護の「キャメル王国」。

 南、商業の「チコニア空輸会」。南東、覇道の「ピト修練師団」。

 ……国っぽくないのがいくつかあるが、オンカみたいなもんか。


 これらの国の集まりから離れたところにひっそり佇む、

 キャメルから更に南にある「ガーレ」。

 道行く人々に聞く限り、

 国全体が頭おかしいとか、混沌カオスだとか、国王が変態だとか、

 やばい評価ばかり返ってくる。大丈夫かこれ。

 フィオナ、面倒そうだから押し付けたとかじゃないよな。


「お姉ちゃん」

「どうしたのアカリ?」

「腹減った」


 そういや、アヴェスに来てから何も食べてないな。

 適当に美味しそうな匂いがする店に入ってみよう。


 なんとなく選んだのは、大通りに小ぢんまりと佇む店。

 多分喫茶店みたいな感じだろうけど、フードメニューもあるだろう。


「おぉ、猫獣人の嬢ちゃんとはこれまた珍しい客が来たな!」


 綺麗な内装を眺めつつ、扉を開けてカウンターに進んだら、

 かなりゴツい鎧を着込んだ人間の男が話しかけてきた。

 他に客はいないだけに、無駄に元気なそいつの声が目立つ。

 鎧のデザインは西門の門番と違うから、他国の奴だろうか。


「何か用?」

「ここの店主は人見知りだから俺が変わりに接客してんだ。

 勝手な善意だが、別に困っちゃいないだろ?なぁマスター?」

「(厨房で準備してる店主らしき奴の方を向いたら、慌てて目をそらした。

 何かを隠してるのか、あるいは何かに怯えてるのか)」


 アカリが何かを観察してる。うん、なんか引っかかるよね。

 こういうのはアカリに任せて、感づかれないように私は普通に話そう。


「あっはは、悪いな、あんな感じで愛想がいいとは言えないが、

 料理の腕は確かだから是非食べてってくれ」

「……それじゃ、おすすめは?」

「そうだな……確かフェレスってのは如何にも肉って感じのを食ってるんだろ?

 肉自体はあるにはあるが脂も乗ってるし、

 主なラインナップはパンとかだから……」

「いや、あたし達は穀物も食べるし、脂身も大丈夫。

 野菜が入ってなければ何でもいい」

「それじゃ、この巨鴨ジャイアントクエイルのハンバーグセットだな!

 最近出たばかりの新しい肉なんだ」


 えぇ、またそれかよ。

 あいにく、昼にたらふく食ってきたわ。


「その肉は食べたばかりだから、別のお願い」

「おぉ!すでに知っているどころか口にしていたのか!

 どうやら嬢ちゃん達は流行の最先端を走ってるらしい!」


 そうなんか、どうでもいいけど。


「なら、とっておきを紹介しよう!

 この竜涎鱈アンバーコッドの卵のスパゲッティはどうだ?

 リューニアのとある人間が考案したという革新的な一品だ!」

「パスタに魚卵?……じゃあ、それで」

「マスター、聞いたよな?例のスパゲッティ二つ頼む!」


 こうしてテーブル席に座って待っていると、

 さっきの鎧の男が何か入ったコップを持ってきた。


「できるまでに時間がかかるから、このジュースでも飲んで待っててくれ」

「……」


 ……特に見た目や匂いは問題ない。うーん、もしや杞憂だった?

 アウェーは言いすぎだろうけど、慣れない地で警戒しすぎてしまっただけか。


「どうした?他の飲み物のほうが良かったか?」

「いや、大丈夫。ありがとう」


 とにかく私もアカリもエネルギーが欲しくなってたから、

 目の前の糖分に誘われるようにジュースを一気に飲んだ。


「普通に美味しいね」

「うん(なんかこの甘み、どこかで……)」


 柑橘系の風味もあるが、それ以上にかなり甘い。

 上等な品種なのか、あるいは砂糖で誤魔化してるのか。

 どっちにしろ好きな味だから、もっと欲しいな。


「これおかわりできないの?」

「すまないが、これは一人につき一杯までなんだ。

 結構貴重な素材を使ってるから、量が限られててな」

「ふーん……」


 …………なんか、ちょっと暑い気がする。

 昼過ぎで日が差し込んできてるからかな。


「んー……」

「……お姉ちゃん?」


 あと、程よい日差しに照らされてるアカリの顔がとっても綺麗。


「おいおい、大丈夫か?」


 ん?

 なんか、急に猫獣人の男が隣に座ってきたんだけど。

 邪魔くせぇな。どっかいけや。


「……誰?」

「具合、悪いのか?」

「別に……」


 おい何こっそり太もも撫で回してんだ。

 私の体ってせいぜい九歳前後相当だろうに、好みなんかこいつ?

 こういう体の素晴らしさが分かる感性は同志として褒めてやるが、

 状況と合意を考えろよ。


「あれ、おかしいな……」


 私の体触りながら何ブツブツ言ってんだ……


「おかしい、とは?」

「あっいや……」


 アカリが、男の手を引っ叩いてどけてくれた。

 すっごくかっこいいなぁ。


「この手、どういうつもり?」

「いや、その……」


 優しくてかっこいいから、つい抱きしめたくなっちゃう。


「お、お姉ちゃん……!?」

「んへぅ……アカリぃ……」

「ちょ、ちょっと、本当にどうしたの!?」


 もっと甘いの欲しい……あっ、アカリがあるじゃん……

 先に食べちゃお……


「んうぅっ!?」

「んちゅ……じゅる……」

「(し、舌全部入れて……!?他の人に見られてるのに!

 お、お願い、やるなら、せめて後でっ!)」


 アカリっ……アカリぃ……

 好きっ好きぃ……


「(なんだこいつら……?

 ガキなのに、しかも呼び方からして姉妹なのに、

 お互いに盛ってやがる……!?

 全然襲われねえし、話と違うじゃねえか。

 やっぱ人間なんて何考えてるか分かんねぇ、関わるのはよそう)

 そうか、問題無いならいい。俺はもう帰る……」


 そーだそーだ、さっさとどっかいけぇ!


「(この症状……いや、に、あの甘味……

 小さい頃お姉ちゃんがよく使ってきた媚薬?

 シミアスの大手企業がひっそりと作ってる凶悪な性能の製品。

 でも飲まされすぎたせいであたし、耐性できてるんだよね……

 てか、すごい……お姉ちゃん、本気で来てるっ……!)

 むぁあぁもうっ!『風、突風』!」


 口や腕の内側から風に吹き飛ばされて、

 アカリと離れちゃった。

 もっと繋がってたかったのに…… 


「おい鎧野郎!こっち来い!」


 アカリが叫んでる……綺麗で、逞しい声……

 見惚れちゃう……


「なんだ、ジュースが口に合わなかったか?」

「白々しい……お前、あたし達にな?

 どうやって一兵士がこんな高級品を……」

「……知ってるのか。

 どうやらあんたらの風貌は伊達じゃないみたいだ」

「(お姉ちゃんはシャトレスの国費で十本常備してた事もある。

 あとでお母さんにバレて「躾」を受けたけど)」


 やっぱりあの人間なにか企んでんだ……


「あいつは……逃げたか。

 たく、これだから猫畜生は嫌いなんだ。

 役割に責任感も持たず、目先のものしか見ねぇ……

 ともかく、こいつは知っての通りそれはもう強力な奴だ。

 交配可能デキるんならどんなに魅力の無ぇ奴でも惹かれ合って

 懐いちまうっていう、まさに狂気じみた効能。

 なのにそこの白いのときたら、猫獣人の男に一切見向きもしない。

 流石に驚いた。こんなの見たことねぇよ」


 あーそういうこと……

 これ昔アカリに飲ませてたのと同じやつか……

 さっきまで本当にアカリのことしか考えられなくなってたもん。


「こんなことして、一体何を…………あぁ、売るのか」

「へぇ、獣人にしてはやけに頭が回るようだな。

 その通り。顔も体も上等な奴が多い猫獣人は、

 人間や犬系鳥系とは比べ物にならない、それはもう高値で取引される。

 容姿や性的魅力という本能を穿つ価値には、

 どんなお偉いさん方も抗えないみたいだ」

「わざわざそんな薬使ってるのは、眠り薬だと味や臭いでバレるからかな。

 甘味ならある程度誤魔化せるし、獣人は比較的発情もしやすい。

 興奮させてしまえば襲ってくるのも被害者からだから、

 兵士なら表向きは暴行という感じで連行できる。

 よくできてること」

「……御名答。割とマジで賢いな」


 結構ぼーっとするの収まってきたかも。

 とりあえず、勝手に辱めた制裁は受けてもらおう。

 こんなのが無くたって私達は愛し合えるもんね。


 あっ、あいつ剣抜いてきた。


「作戦が失敗なら、

 次に俺が取る行動も当然分かるよな?

 おぉっと、抵抗なんて無駄な事は考えるなよ?

 こう見えても、俺は「鷲下級レッサーイーグル」でな」

「えっと、二級相当か……弱くn、んむっ!?」

「お姉ちゃん!……」


 あれ、言っちゃダメなの?

 にしても、アカリの手柔らかい……

 アカリの指フィルター通した空気美味しい……


「ここで挑発して戦ったら店が粉々になるでしょ」

「えっ私達を攫おうとしたとこなんか滅ぶべきじゃない?」

「店は関係ない。きっとあの男に利用されてるだけ。

 だからできるだけ穏便に解決しなきゃ」

「りょーかーい……で、どうするの」

「あたしに任せて」


 アカリは服の中から魔導石を取り出した。

 あぁ、威嚇か。


鷲下級レッサーイーグルの戦士なら、

 これの意味、分かるよね?」

「……ほぉ、獣人が……魔導師?しかも黒の大きいサイズ……

 いやはや、この目で見ていなかったら信じられないな!

 つまり、お前は俺より強いから、大人しくお縄につけと?

 何とも痛快な返しだな!」

「それで、どうするの?

 賢いなら、是非とも賢明な選択をしてほしいけど」

「……ふん、決まってんだろ」


 あっ、突っ込んできた。

 二級らしく、動物の条件反射を利用して惑わすような、

 緩急のつけた踏み込み。

 お手本通りに正確な、昔何度も見て、反復した動き。


 残念、私はそれ知り尽くしてるんだわ。


「なにっ!?」


 立ちはだかって、石を奪おうと伸ばした手を掴む。

 そのまま男を入り口に向けて投げ飛ばした。

 ドア、粉砕しちゃった。五万で足りるかな。


「結局こうなるか。

 どうやら、人間なのにあんまり頭が良くないみたい」

「そうみたいだね!」


 私が男を投げ飛ばしたのと、ドアが壊れたことに

 店主はかなり驚いてるみたい。

 もうすぐ解放されるから、適当に観戦してな。


 飛び散ったガラス片や木片を踏まないようにしながら、

 男を追って私達は外に出る。


 大通りの真ん中に男が横になっていた。

 道行く人が足を止めて、野次馬になりかけてる。

 そうか、兵士を堂々とボコボコにするのはまずいか。


「ぐぅ、ぃって……おいおい、白い方も只者じゃねぇのか?

 いくら獣人だからって子供が鎧着た屈強な男を、

 片腕でこんなに投げ飛ばせんのかよ」

「もう一度聞くけど、降参しない?

 私の等級は一級。こっちで言えば「朱雀下級レッサーヴァーミリオン」。

 お前が百人かかってきても勝てないよ」


 私が話している最中に身体を動かして、

 手元と腰周りをこちらから見えづらくさせた。

 これ、あれの準備か。


「……遠征で大陸中廻ってきたつもりだったが。

 世界はまだまだ広いみたいだ……な!」


 抜刀する勢いでまっすぐ短剣を投げてきた。

 姑息だが、これも白剣流の立派な技の一つ。

 主に魔物を怯ませて逃げる隙を作る想定の技。


 私はとりあえず頭を傾けて避けた。

 人相手にやったってバレバレなんだよ。


「はぁ、マジで何もかもお見通しってわけか。

 分かった分かった。もう戦うのはやめだ」

「そう、じゃあさっさと――」

「……俺が戦うのは、だがな。

 『救援を要請します、ソレイユ様』」


 携帯型の通信魔術具か。

 こいつの上司ってことは、間違いなく準一級以上。

 でも、悪いのはこいつなんだし、

 話が通じるならそれを最優先で主張していこう。


 間もなくして、ヒールの硬い音が響いた。


「こんな真っ昼間から救援なんて、一体何が起きたっていうのよ。

 人の昼食を中断させたツケはかならず支払ってもらいますわ」

「お、おぉ、来てくれましたか!」

「……どういう状況なの、これ?

 まさかその猫ガキ二人が理由って言うんじゃないでしょうね?」

「言いにくいのですが……その通りでして」


 救援に呼び出されてやってきたのは、一人の女。百七十センチくらいか。

 日差しに輝く青い長髪と、サングラス。顔は多分ガッツリ化粧してる。

 雰囲気は如何にも大人ババアって感じ。

 服の形状はスーツっぽいが、使ってる生地が光沢のある原色を鋭い三角の形で色分けした毳毳しいデザイン。見てると目が悪くなりそう。

 見える限りの武装は、腰の短剣と、G1の魔導石。


 とりあえず色々置いといて、全体を換言するなら、不審者だった。

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