第3話「出発」

「これはまんまとやられましたね。

 地下室を出ていく時に動作を隅々まで観察していましたが

 特に不自然な動作は無かったので、てっきり本気で帰ったとばかり。

 少々、見縊っていたようです」

「……」


 どこまで聞かれていたんだろう。

 最初から?


 いや、どうでもいいか。

 こいつがどうなるかはお母さん次第。


 ほら、現にお母さんが魔法を……


「ちょ、ちょっと待って!」


 なんか様子がおかしいな。

 盗み聞きがバレたにしても、妙に焦ってる。

 あと、敵意を感じないし、隠してる感じでもない。

 そっちに行ってたのは何か別の理由があって、

 盗み聞きは偶々だった?

 ……気の所為かなぁ。


「話すことなどあるのですか?……私のような罪人如きと」

「とにかく待ちなさいったら!」


 芋虫のようにもがきながら、ウリエルが顔を向けてくる。


「聞いちゃったわよ!しっかりと最初からね!

 空であんたが感じた苦痛も、あんたの所業も、

 あんたに憑き続けた因縁も全部よ!

 その上で、もうあんたを咎めるつもりはない!」

「一体、どのような風の吹き回しでしょうか」


 お母さんは信用できないという顔。当然だね。

 幻とは言え奇襲で容赦なく頭ぶち抜いてきたんだもの。


「確かに、あんたに締められる前のあたしが聞いたら、

 今と同じ結果になってたかは分かんないわ」

「……」

「改めて、考えてみたの。あたし達は何なのか。

 天上の民は、神々が創造なさった人類を見守る存在と言われてきた。

 でも、命まで選別する資格があると思う?」

「そう思い上がる故に、私を消そうとしたんでしょうに」


 お母さんは、憎しみを乗せた声で呟いた。


「そうね、思い上がりだし、

 あんたの場合に至っては完全な言いがかりだわ。

 特に、空と地上が交わってはいけないってところがね」

「……どうして?」

「とりあえず、これ緩めてくれないかしら。

 喋りにくいったらない」


 お母さんは、少しの間悩んで、ウリエルを縛るのをやめた。

 ウリエルは立ち上がって、「っしょ」と一番近い椅子に勝手に座った。


 さっきとは違って、ちょっとリラックスしてるように見える。

 内股気味で、背はちょっとかがめて、脚の間に両手を乗せて。

 こうしてみれば、普通の女の子と変わらない。


「ありがと。じゃあ続き。

 交わっちゃダメって言われるけど、それならあたし達がちょくちょく地上に行ってあれこれやるのはどうなの?

 ごく偶にだけど、大陸の状態を大きく変えるような生き物を排除したり、災害の元となるでっかい山とかの形を弄って止めたりもするし。

 どう見たって、地上に大きな変化を与えてる。

 空に昇って過ごす程度が交わりなら、これも立派な交わりじゃないの?」

「……人類のためという大義名分があるでしょう」

「でも、干渉なのは同じよ。

 あと誰のためか、どんな意図かなんて関係ない。

 行った側が一方的に善悪を評価するなんてのは、傲慢の極みね」

「中々いいこと言うじゃん」「あ、アカリ?」


 アカリが珍しく真っ向から称賛した。

 私の愛ってそんなに空回りしてる?

 そ、そんな、訳、無い……よね?


「とにかく、筋が通ってないのよ。

 当時の空があんたに下した判断は大きな間違いだと言っていい。

 実際、あんたが空で暮らし続けても何も起きなかったし、

 世界が乱れる根拠もなければ前例も存在しない。

 その程度で、空に馴染んでまで必死に生きようとした幼子を殺そうだなんて、

 はっきり言って、天上の面汚しね」


 神々とやらに思考停止で何でも従ってるわけではないのか。

 思ったよりは芯があるみたい。

 少なくとも……名前忘れたけど、突然やってきて

 偉そうに私達姉妹と婚姻だの宣ってきたどっかの国よりは、

 マシな頭してるな。


「だから空を代表して、代わりに謝罪するわ。

 本当に、ごめんなさい」


 彼女は立ち上がって、お母さんに向かって頭を何秒も深く下げた。


 お母さんは、頭を下げる子供ウリエルの姿を見て、

 悲しい顔をした。


「……あなたは、関係ないでしょう。

 流石に怨嗟をずっと先の世代に差し向けるほど、愚昧ではありません」

「いいや、あたし達には必要だわ。何百年も遺してはいけなかった。

 誰かが少しでも、向き合おうとしなきゃいけない。

 あんたが復讐しようにも、もうそいつはいないだろうし」

「お気遣いに、感謝します」

「こちらこそ、空を遺してくれた慈悲に感謝しないとね」


 最終的に、二人共表情は和らいで、悪くはない雰囲気になった。

 それから、しばらく静寂が続く。


 うーん、これはこれで気まずい。

 飲み物でも振る舞うか。


「あー……結構お話したし、みんなそろそろ喉乾いたっしょ?」

「そうね。お願い、ミオ」

「あたしも何か飲みたいわ」


 ウリエルの返事を聞いて、

 アカリが横から茶化すように囁いた。


「……さっき、いっぱい水分出したから?」

「うっさいわね!」


 というわけで、アカリと一緒に紅茶を用意した。

 角砂糖とミルクの瓶も添えて。


 取りに行ってる間、アカリが「ウリエルの事見直した」とか言ってた。

 あいつには至極勿体ないお言葉。

 聞こえてなくとも、末代まで御神体として祀って崇めるべき。


「……そ、そんなに?」


 アカリが紅茶を飲む時の恒例が出てきた。

 角砂糖を瓶から直で液面以上に積み上がるまで入れて、

 少なくとも紅茶の倍量ミルクを入れる。


「この光景を見ると、落ち着くのよね」

「うんうん、アカリらしいよね」

「(えっ、紅茶って茶葉を楽しむって習ったような……

 それとも現地ちじょうではこういう流派もあるの?)」

「ウリエルも、どお?」

「えっえっと……」


 流されるように、ウリエルの分の紅茶に角砂糖が沈んでゆく。

 アカリほどではないけど、カップの底は見えなくなった。


「あ、甘くて、ざらざら……でも……アリかも」

「(子供らしい味覚もあるのですね)」


 何口か飲んだ後、ウリエルが口を開く。


「その……一つ、言っておきたいんだけど」

「え?」「なになに?」「何でしょう?」

「ご覧の通り、あたしには特殊任務用の体が用意されて、

 専用のプロフィールもあるの。

 あくまでウリエルってのは、心だけのというか、始まりの名前……

 役割みたいなもので、今のあたしと完全に同じって訳じゃないのよね」

「へー」「ふんふん」「なるほど」

「だから……これからは、「セイラ・シースケープ」って名前の方を、良かったら呼んでくれないかしら」


 偽名か。

 傍からみたら天使の名を騙る不敬で生意気なクソガキに見えるだろうし。

 信徒ってのは変なのが多いから刺激すると大抵碌でもない事になる。

 私としても天使を知り合いみたいに呼び慣れたっていいこと無いだろうし、

 その通りにしてやるよ。有り難く思え。


「つまり、シャトレス家あたしたちと友達になりたいんだ?」

「ふぇっ!?んぁ、え、えぇ、まぁ……」


 うっわ、アカリが、顎に手を当てて、流し目しながら微笑んでる。

 い、色気が……すごい。

 はぁー私もアカリに「あたしと仲良くなりたいの?」とか言われてみたいなぁ。

 でももう恋人も友達も相棒も、そこらへんの段階は既に通り過ぎてるし……

 どうにか新しいルート繋がりを作れないかなぁ。


「じゃあ自己紹介しないと。

 あたしはアカリ・シャトレス。こんな見た目だけど十二歳で、

 上位精霊術師。外交上は一級魔導師。

 お母さんはアカネ・シャトレス。

 この国の女王で、最強クラスの魔法師。

 セイラが身をもって体験した通りにね。

 ヘイズって言う黒猫の夫がいるよ」


 アカリに即名前呼びされるとか羨ましすぎる。


「お姉ちゃんはミオ・シャトレス。

 同じくこんな見た目だけど二十三歳で、我流一級剣士。

 白剣びゃくけん流および赤爪せきそう流一級修得済み。

 隙あらばあたしを襲おうとする救いようのない

 ド変態のシスコンだから気をつけてね」


 おっやべ、いきなり言葉の棘が飛んできた……♪


「ん、え、いつの間にっ……?」


 アカリの口から出た罵倒甘言を反芻してると、ウリエル……じゃなくて、

 セイラが何かを膝の上から抱き上げた。


 あっ、お父さんだ。久しぶり。

 食事は……この感じだと自分で済ませてるっぽい。


「こっちが、お父さんね」

「ふわぁあぁ、あんた達の父親、可愛いわねっ!

 もふもふで、あったかい……」

「えぇそうでしょう。ヘイズさんは毎日拘って毛並みを整えてますから」


 こうして、シャトレス王国と知恵の天使は交友を深めた。

 そして、邪神討伐・対策のために結束して動いていくことになる。


 セイラにも、お母さんが考えて、私達姉妹がやろうとしている事を伝えた。

 彼女の反応はというと。 


「ん!……」


 元気よく挙手した。


「何でしょう」

「ネフィリム……は、神の子だとして。

 さっきから出てくる精霊って何かしら、

 どう聞いてもあたし達とは違うみたいだけど」

「そうだった。教えてなかったね」


 アカリは、流暢に魔法士に伝えるような密度で解説をした。

 傍から聞いてて、ついていくのに少し苦労する。


「本や杖を使う魔術でも、

 汎用回路が刻まれた物を使う魔導術でもない、

 人類が見つけた第三の魔法なのね?す、すごいわ……!

 空以上に魔力に満ちた新しい空間がこの地上にくっついてて、

 そこにいる「精霊」を特別な魔力の波である「声」で使役する。

 大陸でも片手で数えるくらいしか使い手がいなくて、

 魔導術よりもずっと恐ろしい操作精度を要求される代わりに、

 リソースは精霊達が全部受け持ってくれる、

 超火力超低燃費なすごいやつなのね?」

「おぉ、一回で理解できるなんて。セイラ賢い」

「ふふん、知恵の天使なんだから当然よ!

 魔法なら生まれてからずっと付き合ってきたし、尚更ね!」


 アカリに友達ができるのが、こんなに寂しいものだったなんて。

 それも、実力も知見も対等以上にあって会話が成立する、

 やりとりが楽しくなるようなレベルの相手が。

 普通の魔法学校に行ってた時の同級生なんかとは訳が違う。


 私も、精霊術を使えたらな。

 今よりも、もっともっと強かったらな。

 そうすれば、アカリも私のこと見てくれるのに。


「ついでだから、他のことも知っておく?」

「うん、教えてちょうだい!」


 こっから、私やお母さんも呼ばれて、

 私達のおさらいも兼ねたセイラへの解説が始まる。


 お父さんはお母さんの膝の上で寝始めた。

 お母さん曰く、長話を聞いてもしょうがないから、

 娘達の綺麗な声を睡眠用音声にして快眠するらしい。ホントかなぁ。

 まぁいいや。


 最初に、地理や社会について。

 四獣大陸。名前の初出は天使大戦直後あたりだそう。

 文字通り、大戦直後に人間・犬系獣人・猫系獣人・鳥系獣人の集まりができたためこう呼ばれてきた。

 大まかな文化圏の境界として、東西南北を占める四地方と中央の国がある。

 東方、犬系獣人の多い「キャニス地方」。別名、献身の地。人間大好き。

 西方、猫系獣人の多い「フェレス地方」。別名、戦いの地。剣術の発祥地。

 南方、鳥系獣人の多い「アヴェス地方」。別名、孤高の地。排他的、律儀。

 北方、人間の多い「シミアス地方」。別名、学びの地。魔法の発祥地。

 中央、全地方の人が犇めく「リューニア共和国」。最先端であり、混沌とした国。

 キャニスとシミアス、フェレスとアヴェスは文化の根本が似ている。

 リューニアは十年前に訪れた記憶があるけど、当時でも技術が進みすぎて別世界に来た感じだった。多分今はもっとすごい事になってるんだろう。

 

 大陸の面積は約六百万平方キロメートルだとか。でかすぎてよく分からんけど。

 面積で連想したけど、現在当たり前に使われる長さ・重さ・時間の単位も、同じく大戦直後に北方で使われ始めたそう。

 それに関わる伝記に遺されたありがたいは、

「あら、あんた達はこんな個体差でズレまくる頭の悪い指標を使ってるのね!

 今から天上の尊き神々に代わり託宣を行うわ!

 直ちにメートル、キログラム、秒という誰が使っても絶対に変わらない、

 知性と再現性に溢れた素晴らしい単位を使うべきよ!

 さすれば人類はより賢く……何、すぐには無理?

 じゃあこれだけでも覚えなさい!身体尺は非科学的ゴミカス

 いいわね、身体尺はゴミカスよ!!!」

 というものらしい。

 持ってきたのお前か、ウリエルセイラ


「……何?顔になんかついてる?」

「なんでも」


 次に貨幣。四獣大陸の人類が使うお金は、テールと呼ばれる。

 硬貨は1,5,10,50,100,500、紙幣は1000,5000,10000が存在する。

 名前の由来は「物語tale」もしくは「尻尾tail」という説が有力。

 人間は前者を支持し、獣人は後者を支持する傾向にある。

 価値に関しては、1000テールあれば満足な一食を用意できる感じ。


 史料によれば大戦前までは物々交換や金貨等の貴金属を使った価値のやり取りが主流だったのに、大戦直後から急に現在とほぼ同じ形態が北方で使われ始めた。

 そしてテールを作る造幣局も同時期の北方に建てられたんだと。

 ……またウリエルこいつか。


「へぇ、最終的にテールって名前になったのね」

「……単位もお金も、全部セイラが持ってきたの?」

「そうよ!おかげで人類が賢くなれたんだから、

 ありがたく思いなさいよね!」


 なんか引っかかる。根拠は言えないけど。

 こいつが思いついたというより、誰かの受け売りっぽい。

 何か損害があるわけでもないから別にいいけど。


 次に、戦闘関連について。

 フェレス強い順に、

 特級、準特級、一級、準一級、二級~六級という戦力の分類、格付けがある。

 各自の強さの指標はというと、

 特級は天使とかの殿堂入り、準特級は国家のみ、

 一級が大隊(四級300~1000人以上)、準一級が中隊(四級60~250人)

 二級が小隊(四級20~50人)、三級が四級数人にそれぞれ相当し、

 四級が一人前の兵士、五級は見習いとか一般人前後、六級は無害。

 ややこしいことに地方ごとに分類の呼び方が違うのだが、それはまた今度。

 魔物等の脅威に関しては、万全な状態の同等級の戦士が一対一で戦えば安定して倒せるように分類している。

 アクシデントさえなければ、二級戦士一人で必ず鋼爪虎一匹を倒せる感じ。

 ちなみに、兵隊そのものと同等級の戦士一人が戦った場合、大抵戦士側が勝つ。

 一人なら当然連携を失敗するリスクも無いし、身軽だから戦い方の幅も広い。


 戦士の種類に関しては、主に剣士と魔法士がいる。

 両者の内訳については後述。


 アカリが喋りたそうにしてたから、四獣大陸の魔法について。

 大きく分けて「魔術」、「魔導術」、「精霊術」の三種類ある。

 それぞれ使用者は「魔術士」、「魔導士」、「精霊術士」と呼ばれ、

 上記三種類以外も含めた、魔力を用いる術やその使用者の総称を

 「魔法」、「魔法士」と呼ぶ。後ろの「士」は「師」とも書ける。

 前者は見習いや雇われた者、後者は個人フリーランスや教師などのニュアンスで使われる事が多いが、教えによるとはっきり区別するのは好ましくないらしい。


 一番普及しているのが魔術。

 生活用途も含めれば使用人口は数千万人。大陸の住民の大半である。

 習得し易さと使い易さ:最高、効率:中、威力:中~高、自由度:低~中。

 予め一つの魔法のための全自動機構が纏められた「カートリッジ」と、それを複数つけられる本や杖等の形をした「魔術具」によって魔法を使う。

 本来、魔法の行使には魔力の形質・作用を定める詠唱と一定水準の魔力操作が必要なのだが、カートリッジは込められた魔法に限りそれらの工程を全自動で行ってくれる。トリガーは技名の宣言が一律で有効、特定の動作も必要に応じて設定できる。

 しかし、複雑な工程の補助にはそれ相応のエネルギーが必要なため、魔法の中で一番燃費が悪くなってしまう。でも人並みに魔力があるなら特に困りはしない。これも先人達、特に人類で最初に魔力を発見した最高賢者「アリス」の研究の賜物だそう。


 ちなみに、圧倒的物理な私にも魔力自体はあるようで、

 アカリの代わりにかまどに火をつけたり、

 間接照明を寝る前につけたりとかしてた。


「地上には考える必要無しに魔法を使える道具があるのね。

 本当に、人類は面白い事考えるわね!」

「火をつけたり、飲み水を作ったり、服を洗って乾かしたりとかがすぐにできるから、大陸全土の主婦や冒険者にとってはまさに革新。

 ……あたしは魔力が少なすぎて生活用の術具すら使えなかったけど」

「そこで、私の出番ってわけ!

 アカリのお世話を毎日できて、

 アカリの事を何から何まで知れて、

 私はとっても幸せだったよ!

 特にアカリがおねしょした時とか――」

「ちょっなんでそんな話になんの!」


 アカリのちっちゃいおててに一発ぶたれる快感と共に、解説に戻る。


 次に使われているのが、魔導術。使用人口は数千人。

 習得し易さ:低~中、使い易さ:中、効率と威力と自由度:高。

 特殊な魔力回路を刻んだ魔導石等をコアとした「魔導具」で魔法を使う。

 メジャーな形はアクセサリーで、魔導石にはグレードがある。

 基礎性能が強い順にNBG、教育用でRWという色があり、

 緑以上に補助機能の多さを決める三種類、123のサイズがある。

 例えば黒の大きいやつだったらN1。緑の中サイズだったらG2。


 カートリッジは纏めた魔法以外を発動することはできないが、

 魔導石は注いだ魔力をどのような性質・作用にするかを設定できる。

 反面、回路の制御のため魔力操作の精度が求められ、

 発動するまでに設定項目も多く、僅かに時間がかかってしまう。

 「ストレージ」という、よく使う回路パターンを設定しておける補助機能を使えば魔術並みに即放てるが、設定数もパラメータの幅も限られるので、メインの回路を使わないと魔導術である意味は無くなる。

 

 なので基本的に、魔術よりは前衛に守ってもらいながら援護・殲滅する編成向けの魔法である。

 プロの中には剣術も嗜んだりして単独で活躍するような物好きもいるが、

 あくまで一部の例外。


 また、回路を刻むにはかなり高度な技術が必要なため、

 教育用はともかく、現場向けの実用的な製品だと凄まじいお値段になる。

 数百万~数億テールはざら。噂では数千億とか兆レベルもあるとか。

 故に国だったり、裕福な組織や個人じゃないと手は届かない。

 それでも効率・威力・自由度が増えるのは大きいため、

 要人の護衛だったり、豪華なショーの演出だったりと、バリエーションが求められる現場においては重宝される。


 比較的楽に魔導術を扱うコツとして有名なのが「詠唱」である。

 しなくても発動はできるが、願いを口に出して整理することによって魔力操作の精度が上がり、狙いもより正確になり威力も少し上がるなど、時間以外はいい事ずくめ。かっこいい詠唱を思いついたらテンションが上がるし自慢できるし、魔導師である事もそれとなく示せて牽制になるしで、詠唱肯定派が増えつつある。


 アカリは世界の安定や外交上の都合で、

 特注のN1の模造石レプリカを見えないよう制服の中に装備してる。

 回路を刻む必要はないけど、魔石や装飾は本物なので数十万テールくらいする。

 数百カラットの巨大な高級アクセサリーだと思えば悪くない。


 ちなみに、石を見せる派と隠す派もあって、

 中級者以下は魔導術の自慢と牽制のために見せて、

 上級者は最初から警戒度を割かれて行動を縛られないように隠す。

 従って熟練の戦士は魔術具も魔導具も見えない魔法士を警戒するが、

 そのそぶりを見た側もまた強さの識別ができるので、そこはトレードオフ。

 アカリは隠す派。やっぱり無闇にひけらかさないのが「強者」だよねぇ。


「地上だとこういう方式はかなり高くつくのね。

 あたし達は普段からこれに近い事をやってるから、意外」

「セイラの体も、分類的には魔導具だよね?」

「そうなるわね。この中には詳しい奴が彫った回路がぎっしり詰まってて、

 魂から直に魔力を注げるから体無しふだんよりやりやすくて色々できるわ」


 お母さんが、微笑みながらセイラの方を見る。


「他の回路も是非見てみたいですね」

「ま、まだ足りないの!?てか今思い出したけど、

 この体はそう簡単に見せちゃいけないって昔教わった気がするわ!

 やっぱりあんた騙したのね!」

「……あの「恩恵」は、お気に召しませんでしたか」

「それは……あっ、いや、そう、そうよ!

 次やったらまた頭貫いてやるんだから!」

「そうですか……次はもっと大きい「恩恵」をお返しできるかと思ったんですが、

 嫌というなら、仕方ありませんね」

「(も、もっと大きい……!?き、気になる……)」


 最後の魔法、精霊術。使用者は数十人。

 上位精霊術師はアカリ含め、正確に大陸で

 習得し易さ:最低、使い易さ:精霊次第、効率と威力と自由度:最強。

 現界にくっついていて普通では認識できない「精霊界」という世界にいる

 「精霊」を使役する。

 魔法の中では一番新しく、人を選びすぎる。

 特別すぎて出会わないか、座学で知ったとしてもこの術を伝説とかお伽噺だと思ったまま一生を終えるほうが大多数である。


 使役に必要なのが「主精霊ロード」と呼ばれる、一定の地位を持つ精霊。

 常に精霊術師に付き添って、精霊術師と精霊界の橋渡しをする。

 主精霊の地位や実力によって、上位、中位、下位というランク付けがされる。

 上位になるほど高威力多機能になり、精霊達にお願いを聞いてもらいやすくなる。


 瞬発力に関しては、平均的には魔導術以上、魔術未満といった感じ。

 「〇〇をしてほしい」というお願いが精霊界に届けばいいので、

 完全な文章から数単語、あるいは詠唱無しまで、ほぼ無段階に調整できる。

 勿論短縮すればするほど願いの精度は落ちるけど、

 元々が高すぎるから全くの無動作でも完全詠唱時の魔導術に並んでしまう。

 アカリがよく使ってるのはバランスがいい数単語の詠唱。


 ただでさえ人を選ぶ魔導術さえ比べ物にならない魔力操作を要求されるけど、

 やろうと思えば大陸の形を変える規模の魔法を、ほぼ無限に撃ち続けられる。

 他にも、材料があれば身体欠損や致命傷もすぐに治療できたり、

 錬金術みたいに物質をある程度好きなように操る事も可能。

 本来専用の貴重な道具や大規模な施設とエネルギーがなきゃできないこれらを、

 全て術師単独でできて、コストも限りなく低い。


 言うまでもなく最強。アカリはすごいんだ。


「精霊は魔力の塊だから、天人みたいに高度な魔法が使えるの。

 術師が主精霊を通して、周囲の精霊にお願いすることで力を貸してもらってる」

「どこに行ったとしても、強大な魔法を使える精霊が何かしら近くに居るってこと?

 それって、そいつらの気まぐれで地上が滅茶苦茶になったりしないの?」

「……ある種の制限ルールみたいなのがあって、お互いに干渉はとても難しくなってるの。特に精霊界から現界へは強固な因果の防壁がある。

 恐らく精霊界は現界を拠り所として存在してるから、

 勝手に自分たちの土台を弄るような行為はできないんだと思う。

 そのルールを中和するには、現界の精神わたしたちが強く「望む」ことが一番有効なの。精霊術の入門も、「願い」から始まったしね」


 へぇ、願うのが大事と。

 うーん。いくらこっちが親側マスターとはいえ、願いだけで精霊も破れないような強い壁を消せるんだろうか。

 というわけで、そこらへんをアカリに聞いてみる。


「お姉ちゃん、いい質問だね」


 えっ……やっ、え、嬉しい……!

 思わず広間の天井に刺さるくらい飛び上がりそうになった。

 あるいは、アカリ大好きって叫びそうにも。


「(ニヤけ顔きったなっ……)

 願いというのは決して弱い力じゃないんだけど、それだけだと足りない。

 そこで鍵になってくるのが、精霊術師の紡ぐ特殊な魔力の波。

 普通は「声」や「精霊語」と呼んだりする」

「波って、風が吹いてる時の池とかの、あの波?」

「大体そんな感じ。板を振り回せば風を送れるように、水面を動かせば波が広がっていくように、魔力を動かした波で情報を伝えているの。

 十分に小さい振幅で、ある特定の波長ぴったりになるよう調整して作った特別な波は、ルールを絶妙に掻い潜って精霊界に届くことが分かってる」

「なんか難しいわね……」


 セイラと同様、私もまた躓きかけてる。

 よく分かんないけど、精霊界にお願いを伝えるために編み出されたのが

 その「声」って事?


「なるほど、精霊界には空気すら無いから、凡人が扱うような物理的手段では干渉すらできない。そして、唯一満ちている魔力に闇雲に干渉しようとしても、今度は世界の厳格なルールに阻まれる。これらの複雑に絡み合う障害を克服できるのが、あなたの作り出す声というわけね」

「うんうん。お母さんすごい」

「まぁ、魔力とは八百年も付き合ってきたからね。あなたみたいに声も作れないし、精霊に選ばれてもいないけど、想像はできるわ」


 今度はアカリとお母さんでちょっと盛り上がっちゃってる。

 もどかしい。


「声だけだと……例えるなら、

 音量が小さすぎて精霊界にたどり着いてもすぐに減衰して消えちゃうの。

 そこで主精霊が声を聞き取って、増幅して周りに伝えて、

 精霊達がお願いどおりに魔法をこっち側に撃ってくれるってわけ」

「うーん、とりあえず、声を作る能力と主精霊が合わさって初めて成り立つってこと?そうだよね?アカリ?」

「まぁ、うん。そこまで理解できるなら十分。

 術師本人にも分からないことはまだまだ多いし、

 あらゆる部分が普通じゃないからね」


 とりあえず、魔法について一段落したので全員休憩を挟む。

 ちょっと頭疲れたからアカリで回復しよ。


「むぐっ……」


 アカリを抱き上げて、私の上に座らせて、抱きしめた。

 頭に顔をうずめて、大きく深呼吸。


 はぁ、旋毛と耳が顔を優しく包んでくれる……

 匂いも純度百パーのがダイレクトに……


「ひ、人前でやるとか」


 セイラが、こっちをじっと見てきた。


「ほ、ほらセイラも引いてるじゃん」


 いいや、あれは獲物を見る目だ。

 アカリはやらんぞ。


「あ、あんたたち……」


 何。


「よく見ると、可愛いわね」

「は?」「ふ、ふぇぁ!?」


 なにこいつ、気持ち悪。

 お前に褒められても嬉しくないんだけど。

 てか、よく見なくてもアカリは可愛いだろ。

 出会った瞬間一目惚れするべきだし、

 惚れたら恋敵てきになるから排除する。


「え、ミオ、顔怖……そ、そんなに気に食わなかった?」

「このアカリを会って須臾の内に可愛いって気づかない時点で見る目無さすぎ」

「じゃあ、とっても仲良さそう!……とか」「良くない」

「うん、仲良いんじゃなくて、もっと深く繋がってるの」「繋がってない」


 こんな感じで、セイラにあれこれ言われて私が補足して

 アカリが否定ツンツンするというのを何度か繰り返した。

 埒が明かなくなったので、名残惜しいけど

 アカリを隣の椅子に戻して解説を再開する。


 次は剣術。二大流派として「白剣流」と「赤爪流」がある。

 どちらも天使大戦で西方に降臨した「ガブリエル」に勝利したという

 人間の男性剣士と猫獣人の女性剣士が開祖である。


 白剣流は主に人間が使うもので、伝統や心構えを重視しつつ、非力な人間でも効率よく魔物を倒せるような洗練された動きを一歩一歩身につけてゆく、まさに一つの芸道とも呼べるような剣術。いろんな意味で人間らしい。


 どんな使い手・状況でも役立つよう汎用性・互換性を第一に

 技が磨かれてきたけど、限界はどうしても存在する。

 それだけ人間というのは多様。

 だから、派生流派が大陸各地に点在している。

 例えばシャトレスの王宮騎士団は、「白剣流シャトレス派」を修める。

 元々は片手剣用の動きしか無いんだけど、大剣術や槍術にまで拡張してる。


 源流やどの派生流派にも言えるが、

 実技だけでなく座学や精神的修行も科目にあり、

 外面はもちろん内面も研鑽しなければ修められないため、

 馬鹿で落ち着きのない獣人には向かない。


 私?実技は才能で進めて、

 座学は魔法学校退学してこっちに来たアカリを吸いながら進めて、

 修行はアカリに飼われる生活やアカリとの新婚生活を考えてたら合格してた。

 アカリこそ世の真理だし、精神統一の到達点だから当然だね。


「(道場の師範が修行の時にいくら強く叩きまくっても動かなくて怖かったって言ってたけどこういうことだったのか……てか、お姉ちゃんの脳内キショすぎる)」

「最後の一文がよく分からなかったわ」

「発作みたいなもんだから気にしないで」


 セイラがなんか言ってら。

 是式も解せぬようではまだまだ精進が足らんぞ。

 白猫流の十級すらやれんな。


 はい次、赤爪流。主に獣人が使うもので、使用者の身体能力や個性フィーリングを重視して、個人によって全く異なる形になる剣術。

 良く言えば変幻自在、悪く言えば統一感ゼロな流儀ですらない何か。

 鍛錬も昇級も相手をボコボコにして進めるという、実力主義の極み。

 なので保守的な白剣流剣士に流派と名乗るべきではないと

 非難されることが時々ある。


 ほんの僅かに教えられる体術や戦闘の定石があるけど、

 人間からしたら到底無理か、ロトルが言ってたように体を壊すようなものが殆ど。

 獣人というものは基礎能力スペックと理屈抜きのセンスが優れてるからこんなんでも結構強い。逆に言えばあいつらの知能に合わせた学習と存続の仕方になるしか無かったということか。


 私?私は一級修めた白剣流使って、全攻撃に最適な処理をして返した。

 お母さんが奇跡とやらで捏ねくり回してくれたおかげか、

 私の力は獣人以上にある。膂力で負けないなら技優れてる方が勝って当然よね。

 有り余るパワーに物言わせて力の入り方とか動きが無駄だらけで、

 予備動作も垂れ流しだから、良くて三級の魔物と戦うようなもん。

 負けるほうが難しい。


 手応えあったのは準一級や一級の昇級審査で戦った奴とかだな。

 そこらへんになると白剣流との戦い方も自分なりに身につけていて、

 技を見切られたり、カウンターにカウンターしてきたり、

 隙が殆どない立ち回りをされた。

 今の白猫流に通じる技もそこで戦っている内に編み出したんだっけ。

 でも名前は……忘れた。猫獣人ということしか覚えてない。


「やっぱり獣人はここが終わってるわよね!

 シャトレスの前に何個か国回ってきたけどもう最悪!

 顔舐めてくるし引っ掻いてくるし喧嘩っ早いし、

 道歩いてたらよく分からない何かをしょっちゅう踏むし!

 あいつらは文明というものを学ぶべきよ!」

「それは大変だったね」「私もフェレスに堕ちた当初は中々慣れませんでした」

「あとガキたちがすんごくベタベタしてくるし、

 髪引っ張ったり、酷いと脚を爪とぎにされたり!

 褒められるのは見た目くらいね!」


 剣術の話ではなく、獣人の罵倒大会になっちゃってる。

 まぁ、人間の基準からしたら野性的すぎて、ストレスで体調崩しまくるだろうな。

 フェレスは老若男女美形が多いから、尚更乖離ギャップがすごい。


「えっ爪とぎ?」「ほう、あなたのとても柔らかな脚が?」

「その、咄嗟に防御力上げる技使ったら、硬さがちょうどいいとか何とかで……」


 脚で爪とぎか。今度アカリにやってみてもらおう。

 アカリの手で、私の肉体からだに爪痕を……うん、楽しみ。


「……」

「(これ碌でもない事考えてるな)」


 とうとう最後、私の使う白猫しろねこ流。

 私だけの、アカリを守るための最強の剣術。

 我流には正式な等級がつかないから一級は自称になるんだけど、

 二大流派とも一級なんだから文句ないでしょ。

 赤爪流の昇級審査でも、自分が信じられるならそれが正義だと言ってたし。


 最小限の力で最大限のダメージを与える白猫流の強み。

 自身を最大限発揮し、自分色に戦いを染め上げる赤爪流の強み。

 それらを折衷させ、「三尺さんじゃく」という銘の、片刃の直剣を振るう。


「可愛くて綺麗な剣ね!まるであいつのみたい……」

「プレゼントした時から、もう七~八年くらいかしら。

 新品にしか見えないわね。

 ちゃんと大事にしてくれてるみたいで嬉しいわ」

「アカリの魔法ならどんな汚れも落とせるし、傷も直せるからね!

 アカリすごい!」

「まぁ、うん。これくらいなら簡単だし……」


 この剣は、白剣流修了の際にアカリとお母さんからプレゼントされたもの。

 最高級の鋼を歴史ある技法と最近の魔法による物性強化・監視を併せた

 シミアスの鍛造技術で仕上げ、切れ味も耐久性もずば抜けて高く、

 硬すぎない白基調のファンシーなデザインで、刃の輝きは薄い虹色を呈す。


 名前はお母さんが生まれたところの言葉で、澄んだ輝きを持つ刀剣とか、

 猫においては幸福とかいう意味があるらしい。


「本来、人間が赤爪流を修めるのは困難だし、

 獣人が白剣流を修めるのも困難。

 だって、性質も教え方も違いすぎるからね。

 高尚な精神と強靭な肉体を両立しなければ、成し得ない。

 お母さんの奇跡とアカリへの愛があったから私は掴み取れたの」

「高尚……?」


 セイラが首を傾げた。

 なんだ、家族を守る事の何がおかしいんだ。


「愛する者を守りたいと思うのは高尚だし当然でしょ!」

「ものは言いよう。過程や動機の中身が低俗すぎるけど」


 おぅ、私の愛を一蹴して、放って……道端の布切れみたいに……♪


「こんな感じにね」

「ミオって思ったより変わった奴なのね」

「うん、あたしに何言われても喜んでる」


 そりゃあ、親愛なるアカリのお言葉ですもの。


「とりあえず、これくらい話せば流石に十分でしょ。

 思ったより長くなっちゃった。疲れたでしょ、セイラ?」

「大丈夫よ。寧ろ人類と地上の事をもっと知れて良かったわ!

 これからの調査にも役立つだろうし」

「アカリの御高説なら私は何百年でも聞けますけど!?」

「はいはい」


 紅茶を補充しつつ、次の……というか本題の邪神対策に戻る。

 話の先陣を切ったのはお母さん。


「それじゃあ、世界の平和のためにこれからの事を会議しましょう」

「大仰だなぁ」「でも実際そうよね」「私はアカリの平和のためだから!」

「さて、改めて一番重要なお願いは、

 できる限りで純半や、上位優先で精霊術師の発見と私達への加盟ね」


 うんうん。第一に戦力を集めると。


「それから、余裕があれば接敵次第邪神やその手下達の討伐。

 そして、他の地方の人たちみんなにも警告してほしい」

「本来ならアカリと仲間になれるなんていう僥倖は

 無条件で受け入れ従うのが義務だし摂理だけど、

 一見したら見知らぬ獣人の子供だろうし、

 あたし達がそんな話して真面目に取り合ってくれるんかな」

「(へぇ、客観視できたんだ……)

 お姉ちゃんの言う通り、流石に警告は無理が……てか、逆に危なくない?」

「……多分逆効果だわ」


 アカリとセイラは、最後のお願いを問題だと捉えたらしい。

 理由が気になる。


「確かお母さん、セイラ尋問してるときに

 天人は人間の信仰の影響を受けると言ったよね」

「えぇ、そうだけど」

「……その信仰ってのは、どこから含まれるの?

 崇めるとこから?それとも認識し始めたところから?

 多分、後者の時点で影響は始まるんじゃない?

 崇めなくても、一笑に付したとしても、

 聞かされた結果一瞬でもイメージして、恐れたりしたら、

 元天人である邪神に僅かだろうと力を与える事になるでしょ?」

「あたしも同感。ただでさえあたし達天使が調査で地上に干渉しているのに、

 世界の危機なんてものを一般人が想像してしまうきっかけが

 更に増えるのは良くないわ」


 淀みなくアカリとセイラが説明すると、

 お母さんも静かに頷きながら、返答する。


「どうやら、アカリやセイラちゃんのほうが

 私よりも考えが行き届いているようね。

 自身の軽率さを反省すると共に、最後のは撤回するわ。

 そういえば、セイラちゃん……

 天使様の視点から何か、してほしいことはあるかしら」

「そうね……とりあえず、他の天使とも会ってみてほしいわ。

 不甲斐ないけど、あたし達に地上の通信魔法みたいな遠隔の連絡手段は無いの。

 この件の発端に人間の被害者が存在するという事、共有しておくに越したことはない。それを伝えれば、あいつらなら力になってくれるはず。

 あぁ、刺されたりはしないと思うから安心しなさい。

 みんな、あたしなんかより物分かり良くて、優しいから……

 えっと、思いつくのはこんなところね」

「分かったわ。二人も聞いたわね?」


 他の天使。つまり、ミカエル、ガブリエル、ラファエルの三人。

 大戦時はミカエルが東方、ガブリエルが西方、ラファエルが南方に降りたらしいが、今回は恐らく違う。ウリエルセイラがフェレスに降りてる事からもそうだろう。


「それじゃあ、次は移動先を決めましょう。二人はどこにする?

 選択肢としてはシミアス、リューニア、アヴェスがあるけど」


 私達が考える前にセイラが割り込んできた。


「ねぇ、一つ情報があるわ」

「どんなの?」

「一昨日旅商人が話してるのを聞いたんだけど、

 アヴェスで何か動きがあったみたい。

 なんでも、カスアリウスの様子がおかしいとか」


 カスアリウス……って、どんなんだっけ。

 …………あー思い出した。アヴェスの中で一番の強国か。

 フェレスこっちで言う、シルヴェストリス皇国みたいな。


「あと、そっちには確かガブリエルが降りてるはず。

 フェレスで信仰されてるみたいだし、馴染みやすいんじゃない?」

「あたしたちはやってないし」「私の信仰はアカリだよ」


 現在は闘神として崇められてるガブリエル。

 記録によれば七歳の子供の体に取り憑き、自身の数倍はある大剣と氷魔法で、

 当時の西方の強者達を蹂躙したとか。

 なんだよそれ。アカリくらいの体の子供が、大剣って。脚色されてないだろうな。


 と思ったけど、セイラ見た後じゃ地上の常識なんかきっと通じないだろうし、

 多分他にも魔法で体を色々強化したりしてたのかな。

 憑かれた子供はその後どうなったんだろう。


「じゃあ、ひとまずアヴェスに向かうってことで大丈夫かしら?」

「別にどこでもいいよ」「ガブリエル……剣士としてちょっとだけ気になる」

「あいつは基本怠惰にどっかフラフラしてるけど、本気になったら手がつけられないから、命が惜しければ怒らせないように気をつけなさい」


 えっ、あんな狂った魔法を撃てるセイラが持て余すレベル?

 ちょっと怖くなってきた……

 いや、剣士なんだから私でもある程度戦えることを願おう。


「とりあえず、準備しよっかアカリ!」

「……その前に、これやっておかなきゃ」


 アカリは、隅に置いていた箱を持ってきた。

 あっそうだ。アカリが楽しみにしてた玩具。


「今からやるのね!あたしにも見せなさい!」

「フシャーーーッッッ!」

「うひゃぁ!?」


 どさくさに紛れてアカリに触れそうなほど急接近するな痴れ者め。

 私の目は誤魔化せないぞ。


「お姉ちゃん……」

「そ、そうね、ミオのものだったわね……それじゃあこうよ!」

「ふぎゅっ!」


 うわ、こいつ私にがっちり抱きつきやがった。うえぇ。

 とりあえず、離れろ……


 えまって、力強くない?

 弓使ったり鎖で縛ってきたりで雰囲気は完全に後衛の攻撃役なのに。

 これがっ神とやらの造り上げた、体っ……ぐっ……

 ほ、本気出したら解けなくは無さそうだけど、

 アカリが吹っ飛ぶかもしれんし、衝撃で広間の壁が崩れそう……


「やっぱりあんたふわふわじゃない!

 ちょうどいいからしばらくぬいぐるみになりなさい!」

「(……いい気味)」


 あっ、アカリが笑って……い、いやその目は嘲笑のそれ……!

 そんな、他人にくっつかれてるのに、ゾクゾクするぅ……


「さて中身は……

 本体のボタンが色々ついた板と、重くて小さい箱に滑らかな紐が繋がった……

 あぁ、魔力を注いでこれ用のエネルギーに変える器具かな。

 あとは、置いておく台だったり、説明書……」


 初めてとは思えないくらいにスムーズに箱を開けていく。

 そうかからずに玩具のセッティングが終わった。


「じゃ、じゃあ、動かすぞ」

「はぁあぁ楽しみぃ~」


 二人共テンションがすごい。

 てかセイラ、顔をごしごしするな、毛が乱れる。


 起動してからしばらくすると、

 板の中央が光って、何かが映し出された。


 画面の中にあるのは、地面や人と思われるもの。

 それから空中に浮かぶ四角い物体。

 壁画みたいに横から描かれた平面の世界って感じか。


 それで、板の左側にある十字のボタンで人を動かして、

 やられないように右側の先にあるゴールまでたどり着くのが目的らしい。

 説明書見た限りじゃ、何が面白いのか分からん。


「茸っぽいのとればでかくなって一回当たっても大丈夫になる。

 花みたいなの取れば……お、炎の魔弾撃てるようになった。

 んじゃこれで敵共焼いて――あっ落ちた」

「えっ、あははっどうやったらそこ落ちるのよ?

 普通に動いてればいけたじゃない」

「て、手元狂っただけだし、次は大丈夫だし」


 セイラお前アカリが一回失敗したくらいで笑いすぎだろ。

 次笑ったら殴ってやる。


「なんで巨大な金貨をレンガの塊の中に入れて、

 わざわざ空中に留めておくのかしら。

 誰が何のために……」

「左上にある得点上げる手段と物ってだけで深い意味はないでしょ」

「てか、体半分くらいあるレンガの塊をこいつ頭突きで壊してるわ。

 普通の人間は飛ぶ勢いでレンガに頭ぶつけたら死ぬわよね?

 まさか魔法で自己強化を……いや、それならあんな脆い生物に触っただけで死ぬ事に説明が……」

「だからコイン取ったり地形マップを変えたりするための要素ってだけでしょ」


 セイラはこのゲームとやらの情報をいちいち真面目に考えてるようだけど、

 アカリは別にそこは重要じゃないと思ってる。

 見ている感じ、この玩具でさせたいことってのは、人を動かして敵を倒したりいろんな地形を走破するという「アクション」みたいだから、セイラの言う部分は過程を装飾として私達の知る物事に結びつけてるだけの、あくまでも要素の一つって感じ?

 自分でもこんがらがりそうだけど、まぁ要するにそういうもの考えてもしょうがないとアカリは言いたいんだろう。


 全体的には盛り上がっていた二人を、私と両親で見ていた。

 セイラに色々言われながら、アカリは全てのステージをクリアした。

 試作品だからか、上手に動けば数分でクリアできるステージが5個くらいしかないのでそう時間はかからなかった。アカリの上達が早いのもあるだろうけど。

 次はセイラの番という事で代わったが、操作が壊滅的で2~4ステージくらいで十回弱くらい怒鳴り散らし、最後のステージがクリアできなくて最終的には拗ねてしまった。


「あの移動する台速すぎよ追いつけるわけないじゃない!

 あと、何も無いところで急に死んだのどういうこと!?」

「あんな挙動は初めて見たし不自然だから、設計に何か不具合でもあるのかも。

 こういうのを確かめるための試作品でもあるから、製品版では修正されるはず」

「ほ、本当に?それならいいんだけど……」


 一通り終わったので、ゲームを片付けた。

 本体のエネルギーの貯蔵量には上限があって、遊び続けると切れるから、

 「充電器」という、魔力を注げば「電気」に変えて供給する道具を、電気的に繋ぐため充電器から出てる「ケーブル」を本体に挿す……と。説明書にはそういう趣旨の事が書かれている。初耳の単語ばっかり。

 魔力みたいに待ってれば勝手に回復するわけじゃないのか、不便。

 充電器への魔力の補充はお母さんにやってもらった。


 アカリによればこの電気というエネルギー、

 精霊には雷だったり生命に流れている信号と同じに見えると。

 異質過ぎて、全く別世界の力でも使ってるかと思ったけどそうでもないのな。


「そういえば、セイラ。一つ聞いていい?」

「どうしたの?」

「なんであっち側にいたの?」

「あっ」


 先程の、廊下に隠れてた理由をアカリが聞いた。

 さて、どんな答えなのか。


「ご、ごめんなさい……

 扉の隙間から見えたこの広間が綺麗で、

 しばらく入って見てたらあんた達の足音が聞こえて。

 バレたらまずいと思って、こっちに隠れてやり過ごそうとしたのよ」

「ほーん…………本当に?他には、無いんだね?」

「な、何も無いわ!本当よ!かみに誓って、何も企んでない!」


 目の動きや仕草からは特に何も感じない。まぁ、大丈夫そうかな。

 お母さんも特に何も言わずに微笑みを浮かべてる。


「本来なら王宮侵入で逮捕ですが、有益な対話ができたので

 今回に限り見過ごしましょう。

 それでは、ミオ、アカリ。これから世界のため、奮闘してちょうだい。

 天使様も引き続き、よろしくお願いするわね」

「うん」「ん」「えぇ!絶対に地上は守るわ!」


 私達は遠征の準備を始めた。

 といっても特に物資や機材は必要無いんだけどね。

 アカリの精霊術で活動に必要なものは大抵その場でどうにかなるし、

 資金はお母さんから貰ってもいいけど、

 二級や一級の任務をこなせばがっぽり稼げるから必須でもない。


 移動に関しては、お母さんに持ってきてもらった地図を見る限り、

 ここからアヴェス中央まで直線だと千キロくらいか?

 道なりだと当然距離が伸びるし、ちゃんとした馬車一式で舗装路と悪路半々、

 とりあえず十キロ/日として……四ヶ月は絶対に超える。

 馬車の動力を魔法に換装すればその半分くらい。

 アヴェスの空輸業者なら数日でいけそうだけど、

 拠点が少し離れた南にあるからそこまで自分で行かなきゃだし。

 どの方式にしろそれなりの手間や時間はかかるし、早さに応じて出費も嵩む。


 そんで、これが精霊術だと……?


「ねぇねぇアカリ、精霊術なら、仮にアヴェス中央までどれくらいだと思う?」

「うーん……強く純粋な風が吹くところの風に特化した精霊で、

 水と空気でガッチガチに固めて上空と私達を隔離して、

 抵抗を限りなく減らした流線型の外殻、その上で限界まで推力を盛れば……

 一時間ちょっとかな?」

「うおぉ、すっげ!」

「もっと速くもできるけど、音の速さを超えるとあたし達と経路近くの地上の安全が心配になるからそこらが限界」


 一時間!すんばらしい!

 やっぱ精霊術最強!アカリ最強!


 移動面も大丈夫そうだし、これなら昼食食べてからでも十分間に合うかな。

 それじゃあ遠征前ということで、目一杯うちの料理を舌に焼き付けておこう。

 しばらく食べられなくなるからね。


「ねぇ、そろそろ昼食にしない?」

「ちょっと早いけどまぁいいか。

 そうだ、セイラも食べ……食べれるの?」

「えぇ!人間に偽装するためだから当然そういう機能もあるし、

 味も分かるわ!」


 食事までできるなんて、本当に人間と見分けつかなくなるな。

 アカリはまた何か興味を持ったようで、質問を続ける。


「……食べたものはちゃんと栄養になるの?」

「専用の分解回路によって全部エネルギーとか水分とかになるわ!」

「全部エネルギーに?じゃあ、出すもんは出すの?」

「ちょ、いきなりはしたないわね!

 一応人のそれに似せた器官と、それっぽいの生成する回路もあるわよ」

「小だけ?それとも大も?」

「なんでそんな食いついてくるの!?できるけど!」

「(排泄まで模倣してるなんて、本当に興味深いわね)」


 お母さんは赤面するセイラを尻目に料理長に調理を頼みに行った。


 それからしばらくして、様々な料理がテーブルに並ぶ。

 アカリのために主に穀物と肉類ばかりだけど、

 それらの絢爛さと質は疑いようもない。


 あ、昨日の鳥肉あるじゃん。

 いや、よく見たら殆どの料理に使われてる。

 今回の主役はこれになったのか。


「昨日新しい肉を娘達が見つけて、契約のための手回しもしてもらったから、

 これを主役にした一品メニューをいくつか考えてもらったわ。

 セイラちゃんの口に合うかは分からないけど、楽しんでみてね」

「あ、あんた達いつもこんな感じのを食べてるの?」

「そうだけど」「一応この国で一番偉いんだし……」


 そういや独占だの格差だの言ってたような気がする。

 地雷踏んだかな。


「この料理は、あんた達だけが食べられるの?」

「いいえ、催し物の際には王宮の料理人が国民に振る舞うし、

 オンカの余り物を一手に買い取ってるから、

 少なくとも肉に関しては上質で比較的安価なものが、

 国中に供給されてるわ」

「そ、そうなのね、それならいいのよ」


 赦されたみたい。


 そして、私達は料理達を堪能した。

 普通の鶏肉とは全然違う、甘く豊かな風味のある脂が細かく乗って、全体的に柔らかく蕩けるという特徴を生かした品の数々に舌鼓を打った。





 脳髄に沁みるような肉の余韻に浸りながら、

 ウリエルはシャトレスや周辺国への調査を再開し、

 私達はアヴェスへ向かうため風の吹く野原に着いた。


「ここらで探してみよう」


 そう言って、アカリは目を閉じ、両手を合わせて握った。

 一回、深呼吸を挟んで。


『求めるは疾駆の風。神速にして高天を貫き、我らを導く事を願う。

 求めるは優しき水。高天に耐えうる、確かな護りを願う』


 完全な詠唱……これは本気の準備だね。

 願いをより鮮明に形作り、強く詳しく響かせ、魔導術みたいに精度を上げる。


「……うん、じゃあ、お願いね」

「来てくれたんだ?」

「そう。命を預かる願いに耐えられそうな、強力な風精霊と水精霊。

 もしかしたら、下位の主精霊に成れるくらい強いかも。

 風は主に推進力と抵抗を減らす外殻や内部の空気調整、

 水は主にあたし達と外界とを遮断する殻を担当する」

「おぉ……」


 見ることも感じることもできないけど、アカリは確かにそこにいるかのように、

 目線をやり、対話をしている。

 あぁ、本当に神々しいなぁ、アカリ。


 見とれていると、水が湧き上がって球形を成した。

 これが、二人で乗り込む部分か。


「んじゃ、乗って」

「わかった……」


 二人で乗ると、入り口は完全に閉じ、より堅牢に圧縮された水となる。

 ちょっと叩くだけでその頑丈さは伝わってくる。

 完全に体感だけど、セイラでも壊せないような、そんな感じがする。

 そして、水の殻が浮いて、アヴェスと逆の方向に小さい竜巻が作られる。


「それじゃ、離陸するからしっかり備えて」

「う、うん!」


 アカリが周囲を見回して、もう一度祈りの態勢を取った時。

 二人を乗せた水の殻は、風の噴射で草原を土ごと抉りながら、

 爆音と共に、須臾にしてその場から天へと消えた。

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